第10話  距離感は人それぞれ

 僕は件の友人を連れ、学食に来た。

 掘り返さない、掘り返さないとは言ったが……少し志賀の状況を探る必要があると思う。



「今日の日替わりカレーうどんか親子丼だってよ」


「白い服だからうどんはパス。親子丼で」


「んじゃ俺カレーうどん……いややっぱアジフライ定食で」

 

「なにそのフェイント」


「なんかカレーうどんにするなっていう啓示が下った」


「なんだいそれ」



 でも実際どう切り出したものか。たまに不自然に会話かわすからなこの男は。

 なるたけ自然に、違和感が無いよう聞かないと……ん?



「……今気づいたけど、なんか肌焼けた?」


「あー、こないだ海行った。……そういや言ってなかった、最近先輩……先輩?の友達が出来て、その人と行っててよ」



 ……は?

 は???

 こいつ僕の心配をよそに海行って遊んでたんか???

 いや僕が心配してたことはどうでもいいが、元居た友人を一言も誘わず海行ってたんの!?

 いや、行けたかどうかってなると確かに話は違うけれども!それでもさぁ!



「ふぅー――ん?友達ほっぽらかして海?海行ってたんだ?へぇーーーー!」


「わりぃ……。色々あったんだよ。成り行きとか、調査とか、興味とか……」


「いくらなんでも語るに落ちてるだろそれはぁ」



 調査って言うけど成り行きと興味は絶対その場の雰囲気だよね?

 それは通らないだろぉ……君ぃ……。



「にしても先輩?なんでまた。講義中じゃないとしたら、どっから交流生まれたのさ」


「図書室でレポート書いてたら罵倒された」


「縁切った方がいいよ」



 絶対ロクでもないよその人。初手罵倒て。

 結構上背のある志賀を見て初手罵倒っていうのも中々凄い。



「なんでそんな悲しいこと言うんだよッ!何が悪ぃってんだよ!」


「客観的に聞いたからだけどっ!?初手罵倒は普通縁切るだろうがよぉ!」


「確かに」



 なんだこいつ……っ!人が心配してんのによくわからん返ししやがってぇ!

 おちょくってんのか天然なのか分からないのが腹立つ……っ!!



「つーかそれを受け入れる君も君だろ。なんなの?寛容度高すぎでしょ、そんなに気に入った人なの?」


「結構気があっちまってな。色々あったなぁ。うちにもちょいちょい来てたし、飲み行って相談事してたり」


「ほんとよくその出会いから付き合い続けられたね!?」


「そこはほら、そん時訳あって色々追い詰められてる時期だったんだよ。お前らに頼むのも……ちょっと憚られてな」


「それ言われちゃうとなぁ……むぅん」



 やっぱり彼の身に何かあったのは間違いないらしい。

 先の質問、メスガキ云々がそれに関連するのかもしれないが……

 その質問が『今も進行中』だから出た質問なのか『解決に向かっている』からなのかまでは分からないな。

 やっばい、あんまり考えたくないなこれぇ……



「……東なら、まぁ大丈夫だろ。会ってみるか?先輩に」


「え。いいの?」



 おっと急展開来たな?

 平静を装っているけど一限からこっち、展開がジェットコースターでもう僕頭おかしくなりそうだぁ。



「おう。今電話出っかな……あ、もしもし先輩、今だいじょぶっすか」


『はいはぁい。どしたのぉ?レポートダメだし食らった?ザマァみなさい?』


「お陰様で違いますぅー。仮にダメだったらあんたにも責任あるだろ」


『私は一切の責任を取らないわ。それはあなたのレポートだから』


「あんだけ手伝ってくれといて!?……ところで今暇です?ちょっと学食来てくれませんか。俺の友達いるんすけど」


『午後講義ないから……うん、いいわよ。どうせ一人だったし。ご飯食べついでに面拝んだろうじゃないの』


「強キャラか?席取ってるんで。おなしゃーす。……今来るってよ」


「まぁじでぇ?」



 ちょっと待てよぉ。

 電話の声は聞こえなかったけど、もう結構いっぱいいっぱいだよ僕ぅ。



「ちなお前がさっき食い入るように見てたレポート、あれ先輩のアドバイス込々だから」


「お礼を言わないといけないねぇ!いやぁ来るのが待ち遠しいよ!」


「現金すぎんだろ」


「道理で志賀が作ったと思えない出来だったわけだ」


「喧嘩か?喧嘩売ってんのか?買わねぇぞ」


「買わないのかよ」



 いやぁまさかまさかあんなに素晴らしいレポートを書いて下さっていただなんて。

 これあれだな、僕もなるたけ懇意にさせていただく他ないなぁ!



「ふっふっふ……!」


「……どーせ頭の悪いこと考えてんだろうなぁ。なんで頭いいのにやることが微妙に変なんだお前は」



 ふむ、来るのにまだ少しかかりそうだし……

 折角だから今まで出てきた情報から『先輩』への考察をしてみようかな。


 さっきの志賀の声色からかなり親し気。

 つまり上下関係を気にしない、おおらかな人かな?しかも志賀との仲はかなり良さげ。

 電話の声は聞こえなかったけど、志賀を見た限り悪い人とかではないだろう。



「あれ?こうはぁい?後輩どこー?」


「おっ、思ってたより早ぇな。せんぱーい。こっちこっち」



 ただ割と最近に付き合いが始まり、それで海に行ってた訳だよね?

 ってことはバリバリ陽キャのコミュ力極振り人間って可能性もある。

 レポートの助言から始まったと予想するに、その線はかなりある。



「あっ、いたいた。荷物お願いしていい?」


「うーっす、どぞー」


「ご飯取ってからまた来るわねぇ」



 そうだとしたら正直、ちょっと、かなりキツい。

 真面目系ならともかくウェイ系だったら僕無理かも。

 志賀が影響されやすいタイプだったらそれもすぐ分かるだろうけど、そんなことないしなぁ。



「お待たせー。よいしょっと」


「親子丼っすか。誘っといてなんですけど、先輩普段弁当作ってませんでしたっけ」



 考えられるのは親切なノリのいい優男系、あるいは兄貴肌で頼りがいのある男前。

 これは間違いないだろう。そうであってほしい。僕の眼の保養の為にも。



「昨日飲み行ったじゃない?寝坊したわ」


「すんません」


「次の日に引きずる飲み方した私も悪いしー」



 志賀も確かに顔はいいけどややダウナー系だし、なら尚更似たもの同士なら陽気に海に出たりはしないよね。

 やはり陽キャ系に間違いはない、それにきっと背は志賀より高くて……



「……」


「あっ、やっと思考の海から帰って来たな。紹介しとくぞ。この人が俺の先輩兼ゲーマー兼何か」


「何かって何?私は都市伝説かなにか?……一ノ瀬愛佳でぇすっ♡よろしくねぇ♡」


「うわキツ」


「表出ろや」



 ちっちゃい。



「ちっちゃい」


「おい後輩。あんたの友達可愛い顔で初手ライン超えたわよ」


「大学生で先輩の身イン超えない人間いねぇんすよ。身長も言動も」


「分かってるわよんなこたぁ!!」



 ちっちゃくて、なんか可愛い。え、かわ、かわいい。なにこれ、ドレス?ロリィタって言うんだっけ?

 え、可愛すぎじゃない?志賀はこれと旅行行ったの?羨ましすぎるんだけど。

 代われよ。



「けっ、やってられないわね。後輩ちょっとそれ取って」


「ほい七味。まーまーそう言わず。つかそれはもうしゃーねーっすよ」


「可愛いと小さいは言われ飽きてんのよこっちは。もっと違うとこ褒めて欲しいわ。はいこれ」


「あざーす。褒められ飽きてるとかウケますね。わがままか」



 待て待て待てそれよりさらっと志賀の隣座ってるその可愛い子だれ?

 さらっとやってるけど『それ』で会話が成立してるし。



「す、すみません。東 夕貴と申します」


「あらご丁寧に。さっきも言ったけど一ノ瀬 愛佳よぉ。よろしくねっ」


「ちょっと、口んとこついてますよ。ほらこっち向いてください」


「むぅー」



 えぇ……

 すっごい自然に口拭いてる……!?



「あ、あの、一ノ瀬先輩……?」


「んー?なにぃ?」


「唐突ですみません。その、ふ、二人は付き合ってらっしゃる……?」


「「……」」







「「いいや?」」


「嘘でしょ」



 嘘でしょ。

 それは絶対嘘。



「なんで?いやおかしいでしょ。その距離感は絶対おかしい」


「友達だしそういうもんじゃねぇの?」



 何言ってんだこいつ。

 異性で友達が成立云々は置いといたとしてもその行動はおかしいだろ。

 いや場合に寄っちゃ恋人でもしないだろぉ!?



「志賀だしそういうもんじゃないの?」


「普段からそういうもんなの!?」



 この人はこの人で変な毒され方してるな!?

 いや確かに志賀は距離感近いとこあったけど、僕はこんな近く無かったよ!?

 差別か?いや僕が男で、先輩が女の子だからって仲良くしてるわけじゃないはず。

 ないよね?



「でもさっき、家に来たり飲みに行ったりしてるって」


「おう」


「おかげで不審者も声かけてこないし、こいつの家ゲームいっぱいあるし?」


「あぁもう僕限界」



 考えるのやーめた。

 これ以上は僕がバカになるわぁ!



「心配して損したよクソバカ野郎が」


「そこまで言うことなくねぇか!?」


「そうよそうよ。確かにこいつはバカだけどそこまで言うことないじゃない」


「ロリ先輩も何言ってんすか!?」


「今ロリっつったわねっ!?しばき倒すわよっ!?」



 今日一日で得た情報量が多すぎるんだよ。

 友達はメスガキがどうこう言いだすし、連れてきた先輩はなんか……そういう可愛い生き物だし。


 ……あーでも、なんか読めてきた。

 多分誰かが志賀の前で、この人のことメスガキって呼んだんだ。

 んでメスガキってなに?って本人に聞くわけにもいかなくて僕に聞いたとか。


 子供に近寄りたがらないのに、一ノ瀬先輩と知り合えたのは構内で出会ったからかな?

 にしては距離感近いな?いやそこはあまり突っ込むべきじゃないかもな……


 そうすると残す疑問はここ最近、距離を取ってた悩みってことだけなんだけど……



「アジフライちょっとちょうだい」


「んじゃ親子丼一口ください」


「やだ」


「は?」



 ……もう解決してんじゃないかなこれ。

 いや、表に出してないだけかもしれないけどさぁ。



「せめて等価交換守ってくれません?」


「私からのお礼で等価でしょ?」


「ハッ」


「鼻で笑いやがったわねぇ!?」



 というか何で僕がこんなに悩んでんのにこいつらイチャついてんの?

 馬鹿なの?死ぬの?

 思考回路絶賛混線中だが?



「……ハァ」


「おっ、どした東。ため息つくとなんか色々あれらしいぞ」


「君のせいだよ」


「ひどくね?そう思いませんか先輩」


「残当」


「クソがっ」



 それとなく目をやりつつ、なんかあったら手を貸せばいっか。

 それ以上は望んでないだろうし、先輩に悪い。


 いや明らかにこれはもう好きあってるでしょ。

 割り込むなんて無粋無粋。



「ねぇ、東ちゃん……で合ってる?」


「は、はぁ。東ですが」



 え、なに?めっちゃ笑顔で声かけてきた。

 恐い。あ、圧が怖い!

 人のもんに手ぇ出すな焼き入れるわよ的なあれなの!?



「んーん、そういうんじゃなくてぇ……東、ちゃん、よね?」


「……? あ、あーそういう!はい、そうです」



 うっそ、やばっ、一発で女って見抜かれたの?

 この聞き方、絶対確信持って聞いてきてるじゃん。



「やっぱり?ふふん、これでも服装にはちょっと覚えがあるのよっ!」


「あの、あれですよ?別になんか意図があってってわけじゃ……」


「ん?なにが?着たい物を着ればいいじゃないの」


「その服で大学に来てる先輩が言うとすごい説得力ですね」


「でしょ?」



 ほんと凄い説得力。

 めっちゃ見られてるのに微塵も気にしちゃいないその胆力、見習いたいよ。



「なに、なんの話?先輩と東にしか分かんねぇこと?」


「黙れ。……ねっ、今度お茶しながらお話しましょ?連絡先もらっていい?」


「も、もちろん、全然いいですけど」


「やったっ」


「俺の扱い酷くねぇ?」



 いやもう君はそれでいいよ。

 むしろずっとそのままでいて欲しい。







 でも、志賀がこの人と仲良くなった理由がちょっと分かった。

 何か、凄く自然に『この人とは合う』って感じたんだ。

 あるいは、この人には何か、そういう惹かれる何かがあるのかもしれない。

 確信はないけど、長い付き合いになりそうな気がするねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る