第11話 やり込んだ対戦ゲームは有利取りやすい

 先輩との外泊、東との邂逅を経て、俺は改めて周辺地域を改めて出歩いた。

 俺が抱いた疑念、それを確信とするために。

 その結果、大きな、大きすぎる成果を得た。


 本来メスガキの出現ポイントにはある種の法則性がある。

 電車、駅構内、公園、ゲーセン、路地裏、ファミレス、通学路……

 挙げだせばキリが無いが、とにかくそういったシチュエーションに遭遇しやすい場所というものが存在する。


 俺は可能な限りその全てに赴いた。

 その結果どうであったか。






 一度も、遭遇しなかった。


 そうッ!誰もッ!メスガキと遭遇しなかったのであるッ!








 一週間過ぎたら普通に遭遇した。


 絶望した。


 感動を返せ。




 だがこれで一つの予想が俺の中で立てられた。

 俺は今まで『メスガキ物同人世界という「パラレルワールド」にいる』と思っていた。

 だが、先輩との行動や瑠海ちゃんとの会話から鑑みるにそれは違うのではないか?


 例えるなら、俺は『平時は違うチャンネルにいて、特定の人といるときだけ元のチャンネルへ戻っている』のではないか?

 同じ場所だけど自分がいる位相だけが違うというものだ。


 テレビ的に考えるなら、本来はチャンネルAの番組に出るはずだったのに、何かの間違いでチャンネルBの番組に出ている。

 しかしAに出ている人間と関わるときだけAに出られる。

 しかしそこから離れるとまたチャンネルBに戻っている、ということ。


 俺だけメスガキのチャンネルとか世界は俺に何か恨みでもあんのか?


 だが思えば、雛ちゃんや蜜川姉妹と出会った日、その後のメスガキ事象との遭遇率は極端に低かったようにも思える。

 これまではその三人がメスガキだと思っていたから全く気付かなかった。恥ずかしい限りだ。




 さらに言うなら、瑠海ちゃんの大人(犬)遭遇事件、あれは恐らくチャンネルの混線によるものではないだろうか。

 本来Bから出られない大人(犬)がそこにいたのは、それが自然に思える。


 Aにいる蜜川姉妹、Bにいる俺、そこに発生したメスガキ事象。

 これらが呼び水となり、A側に大人(犬)が現れてしまい、俺がバッグをぶつけた衝撃で自我を取り戻した、という推測だ。

 あの大人がB側で発生した大人(犬)なのか、A側に元々存在した大人(人)なのかは定かではないが……そこは今考えても分からないことだ。


 先輩との外出経験から鑑みるに、過ごした時間に応じてAに戻って来れる時間も長引くのかもしれない。

 一日一緒にいて七日間、俺は元のチャンネルへ帰って来れるとして……


 俺が今二十歳で、日本人の平均寿命が大体80歳。

 残り60年を日数に換算すると21900日。

 これを7で割るとおよそ3129日。


 つまり俺は先輩や雛ちゃん、蜜川姉妹と生涯の内、3129日分の時間一緒にいれば一生この世界にいなくて済むということだ。




 ……ダメだ、どう考えても現実的ではない。

 そもそも9年近い時間を彼女らと過ごすなど許されるはずもない。


 4人の内複数人と一緒にいた場合、日数は人数分加算されるのか?という希望的観測もあるにはある。

 が、そもそも一日というのも泊りがけでの話だ。

 先輩はともかく、自らの保身の為に小中学生の子達と寝泊まりなどそれこそ本末転倒。

 というかキツすぎんだろ。倫理的に、良識的に。


 かといって一日一時間誰かに会えたとしても、とてもじゃないがこの時間は埋まらない。

 数分、数十分会えたとして、じゃあどうやってそれをカウントし続ける?


 そもそも、これは根本的な解決にはならない。

 どこまでも時間を稼いだ結果、寿命まで逃げ切っているというだけに過ぎない。


 もっと根本的な、このチャンネルから抜け出す方法というのはないのか。





 ……いや、考え方を変えよう。

 そもそも足がかりだってなかった今の状況に降って湧いた僥倖。

 一時でも安息を得られたと安堵するべきだ。


 俺は未だ、この世界から逃げられない。

 その現実は、甘んじて受け止めよう。












「あれ!?このミニゲームってこんな難しかったっけっ!?」


「想像の三倍くらい羊動きますよねぇそれ」


「あぁぁぁ!!狼っ!!お前ぇ!!狼ぃ!!」


「綺麗に柵開けて羊二匹逃がしやがった……。先輩羊に嫌われすぎじゃね?」


「もこもこ畜生風情が私に楯突くっていうのぉ!?」


「もこもこ畜生て。かわいいかよ」



 自宅。

 最近休日になるとレトロゲーに目がない先輩が入り浸るようになった。


 流石に家の中では利便性に欠けると思ったのか、今はかなりフリルが少なく、それでいて可憐なゴシックカラーなワンピースを着ている。

 先日買った一着のようで、かなりのお気に入りだそうだ。





 ……いやおかしくね?

 一人暮らしの男子大学生の家に休日入り浸る先輩の貞操観念どうなってんの?

 床にクッションも敷いてるし座椅子もあるのに、何故か先輩は俺のベッドに腰かけているしよぉ。

 無防備というか警戒心が無いというか……


 確かに休日はレポート書く以外に用事もないし、何より先輩との接触時間を得ることも出来て文句などない。

 それはそれとして俺の精神に大変よろしくないが。


 しかも先輩が帰った後、なんか部屋からいいにおいがする。

 そう考えてしまう自分のキモさがつらい。かなりつらい。



「赤上げてっ!白上げ……ないっ。赤下げないで白上げ……あぁぁぁ!」


「あれ、旗上げ?羊クリアできたんすか?」


「羊はクリアできたわ……。旗上げがなんかクリアできないぃ……」


「あー……代わります?」


「おねがーい」



 レポート作成中だったが中断。

 机から振り向いた途端、先輩にコントローラーを放られる。オンラインコントローターだから操作は問題ない。

 もうちょっと大事に扱ってくんねぇかなぁ。



「ねー後輩ぃー」


「はいはいなんでしょ先輩」



 あれ、旗上げってこんなに早かったっけ。

 昔は南海やってもできなかったって思うと、少しだけ感慨深いな。



「最近ちょいちょい敬語取れるわね」


「……嫌でした?すんません」


「ぜーんぜん。むしろそっちのがいいわぁ」


「はぁ、そういうもんすか」



 先輩の距離感は東のそれより近いからか、つい敬語が取れてしまってたらしい。

 ちょっと近すぎてどうかと思う。先輩はその辺自覚してほしい。



「ほいできました。21番ピースだから斜め揃いましたね」


「さっすがこうはぁい!頼りになるぅ~」


「褒めてもお茶菓子しか出ないんですよぉー。ほい」


「さんきゅー。おっ、いいもんもんじゃんじょん」


「せんべい喰うのはいいけど布団に零さないでくださいよー」



 またレポートに向き合う。

 悲しいけど、これ大学生の義務なんだよねぇ!


 しかし参った。レポートの進みが悪い。

 隣で楽しそうにゲームやってんのもあれだけど、レポートで詰まってる。

 教授が講義中に言ってたことがどこにも載っていない。

 これじゃレポートの出来がよろしくない。出せば単位取れるかもしれないが、もうちょっとこだわりてぇ。



「んー?なに、どっか詰まってんの?」



 座ってる俺の真後ろから先輩が声をかける。

 そのちっちゃい手を肩に置くんじゃない、好きになっちゃうだろ。


 ……いや、ちょ、近くね?

 いや近すぎるだろッ!肩に顎乗っかるくらい近いよこれ!?


 じゃ、じゃあ左背中のやーらかいのはあれか。

 ふよんって、そんな漫画みたいなことあるか?



「どこどこ……っと、あぁその教科ねぇ」



 あんのかよぉ……!!

 ほんと先輩もうちょっと距離取ってくれぇ……!!



「ここなんすけど。講義中に教授の言ってたこと、参考書に載ってねぇんすよ」


「どれどれ。……ほーん、ここね。この解説、確か教授の出してる本には書いてないわよ」


「えっ?マジです?」


「マジマジー。確か……あっ、そっち。その本。それに書いてあるからそっち見なさい」


「別科目の本じゃん……」


「よくあるよくある。多角的に捉えなさーい」



 クスクスと笑う先輩はこういう時すっげぇ頼りになる。

 縦のつながりが薄い俺にとってこれほどまでにありがたい人もいない。


 ただほんと距離近いの勘弁してほしい。

 背中の熱源が俺の心臓を爆走させててほんとキツい。



「一つの教科やってそれだけーってんなら楽だけどね。教授はそういうの言葉にしないで教えてくれてるのよ?」


「そりゃあタメになるんでしょーけどねー。もうちょっと手心ほしいなぁってのが学生心ってもんでしょ」


「うるさい」


「弾圧が雑」



 あっ、漸く離れてくれた。

 めちゃめちゃ焦ったし、何より先輩がその辺気にしてなさそうなのがまたよぉ……



「友達に教えてもらったりしないのぉ?あっ……ごめん」


「ガチトーンやめろ。東は色々あって聞くに聞けねぇんですよ」


「それ以外に友達いないのぉ?」


「……うっせぇ!」



 いや男の知り合いがいないわけじゃねぇんだよ。ほんとに。

 ただ、友達かって言うと……ちょっと遠くね?みたいなやつが多いだけで。

 あいつらだって、いつメスガキに手を引かれていなくなっちまうの……か……?



「どしたの?」


「あいや、なんでも、ねっすけど……」



 あ?なんだ?今、すっげぇ嫌な感じがした。

 言語化できない、凄まじい不快感。



「……ちょっと調べ直さなきゃいけねぇな」


「へ?なんでぇ?今教えてあげたじゃない」


「あ、いや、レポートのことじゃないです。ちょっと個人的なあれです」



 今俺は『手を引かれていなくなっちまう』と考えたよな。

 そういえば、路地裏だの駅だので手を引かれていった同じ大学のあいつら。






あれから大学で見かけたか?






「ちょ、ちょっと、なに?怒ってんのぉ?友達煽りしたことなら謝るわよぉ……」


「怒って、ないです。いえ、本当に。怒ってないです」


「絶対怒ってるやつじゃんっ!!」



 ……考えすぎか。

 同じ大学とはいえ、髪型も服装も変われば見覚えなんてなくなる。

 一回見かけた程度の相手だ、印象だって薄い。

 そういうもんだ、きっと。









「……っし、レポートひと段落しましたし、俺もなんかゲームすっか。なんかあります?」


「おっ、剣世界やる?」


「二人でTRPGはキツくね?おっ、リモダンあるじゃないっすか。こいつで対戦しましょ」


「それも大概古いでしょ。私のトルーンズに震えなさぁい?」



 後輩のレポートがひと段落し、私の隣に腰かける。

 ここまでやってるゲームが被ってるとやりがいがあるわねぇ。



「ちょちょちょ、なにそれなにそれっ!?1ダメも与えられず負けたんですけどぉ!?」


「二連パンチと横フックに怯みがあるんすよ。蹴りも早いし、横フック連発できる、咆哮も構えがクソ早いガチ強ロボですよこいつ。なんも言わねーからいいのかとは思ったんすけど」


「いやいやいや横向きでビームスカるの細すぎでしょぉ……!!」


「この時期のゲームは大味っすよねぇ……。強さとか設定とか」



 ……前から思っていたけど、この後輩の距離感おかしくないっ!?

 床にクッションとかあるのに、わざわざ私の隣に!

 しかも肩が触れそうなくらい近いとこによぉっ!?



「くそっ、思ったより私のやりこみ度が浅かったかぁ」


「流石禁止カード。トルーンズも強ロボなのは間違いないっすけどねー」


「他に何かゲームないかしら……私が優位に立てて一方的にボコせるゲーム……」


「ゲームの選び方が不純極まりねぇ」



 ほんっとさぁ、この緊張に耐えながらゲームしてる私を誰か褒めて欲しいくらいよマジで。

 ……いや、別に、緊張してるとかそういうんじゃないけどねっ?

 意識してるとかそういうんじゃないけどねっ!?



「っと、お茶切れた。ちょっと取ってきます」


「はぁーい、いってらー」


「麦茶残ってたかなー」



 キッチンに向けて歩く後輩を見やりつつ、なんとなしにベッドに横たわる。

 お、後輩結構いい枕使ってるわね。


 ……こうして横になってみると、色々意識しちゃうわね……

 そっかぁ、同い年くらいの男ってこういう匂いなんだ。





 ……私、ひょっとしてかなーり変態的なことをしている?

 いやいや、セーフセーフ。

 まだベッドに寝っ転がってるだけだからセーフ。

 呼吸したら偶然匂いとか嗅いじゃっただけだから。バレてないから。







 ……い、一回だけ、一回だけだから……

 すぅーってするだけだから……!!









「……ぁー……」



 これヤバいわ……

 温かさとか匂いとか、安心する……

 癖になりそぉー……













「ほんっっっっと先輩さぁ……!!」



 ついでに茶菓子でも持ってくかーと少し待たせたら先輩が寝ている。

 俺のベッドで。


 いやありえなくねぇ!?

 一人暮らしの男の家で寝てるって、無防備ってレベルじゃねーぞっ!

 まじでR指定漫画の導入じゃねぇんだからさぁ……!!



「ッ……ハァー……」



 すぅすぅと眠る先輩に、ひとまずタオルケットをかけておく。

 せっかく遊びに来てくれたのに、風邪でも引かれたらことだ。

 クーラーもついてるしな。


 ……これは、俺の邪推なのか。

 眠る先輩が、枕に顔埋めてるように見えてすっげぇ恥ずかしい。



「……すぅ……」


「……あぁぁぁくそぉぉぉ……先輩ぃ……!」



 恥ずかしさとむず痒さでどうにかなりそうだクソぉ……っ。

 ひとまず寝てる先輩を背後に、レポートの文字数を増やす作業に取り掛かる。

 ゲームしてもいいけど騒いで先輩を起こすのも気が引けるしな。


 ……先輩が帰った後、横になろうとか考えてねぇから。

 考えてねぇったらねぇんだ。集中してレポート終わらせねぇと。



「んぅ……」



 やめろ悩ましい声を出すなぁ!

 マジで気が狂いそうになるわこんなんッ!!



 その時だった。

 寝返りを打ったのか、先輩は横向きから仰向けになっていた。

 俺はそれを見るべきじゃなかった。


 先輩が寝息を起こす度に上下する胸が、何故か俺に罪悪感を抱かせる。

 なんでだろう、見てはいけないものを見ているような、なのに目が離せない魔性というか……!!


 これが背徳感、なのか。あんまり知りたくなかった。

 よりにもよって先輩でかよぉ……!!


 集中ッ!

 とにもかくにもレポート終わらせなきゃ遊ぶもクソも無いんだっつーの!



「……俺が悪い奴だったらどうすんだよ」


「えへへぇ……♡」



 気の合う人で、趣味も合って、俺の心を救ってくれた。

 東と話すきっかけだって、元をたどればこの人のお陰。

 世界が怖くて閉じこもってたこの部屋で、一緒に過ごしてくれる人。


 どうせなら、この時間がずっと続けばいいのに。

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