第9話  事実と小説、どっちの奇も面白ければいい

 こんな世の中ではあるが、安心できることもある。

 その一つに『超常現象を発生させるメスガキはいない』というのが挙げられる。


 イカれてるにも程があるよな。なんだよ超常現象って。

 ついに脳も心も死んだか?と自分でも思う。


 だが事実として、この世界に異能力、超能力、魔法等のファンタジー現象(洗脳、超高速催眠術等も含む)は起きてない。

 例えば念動力でS級ヒーローを張るようなトンデモ幼女はいないし、爆弾を使ってRTSに興じる少女達もいない。

 いやいたら困るが。命の危機まである。


 だからどうしたと言いたくもなる。

 が、これは俺にとって大いに安心できる事実である。




 これらはつまり子供と大人、その一番の相違点は腕力や筋力といった身体能力。

 それらを、異能による身体の拘束、精神状態への直接干渉、無意識下に取る強制行動……

 数えればキリがないが、『異能力』というたった一つの要素で抵抗の全て無に帰し、屈服させる。

 そういった心配はいらないということだ。

 いやぁ安心安心。





 ……なんで、こんなこと心配しなきゃならねぇんだよぉ!!













「一限だっりぃー」



 一限からの講義はいつでもダルい。

 隙でも無い勉強の為に朝早くに起きる、これほど辛いことはあるか?ない。


が、俺達学生の本分は勉学だ。

 バイト、遊びも楽しいが、そこを疎かにしちゃあいけない。



「はぁー……めんどくせぇー……」



 嫌なもんは嫌だが、それでも自分に言い聞かせる。

 そう、今日は必ず出席すると決めているんだ。

 講義室に到着、すぐさま俺は『いつもの席』に着席する。





 大学の講義を行う場所は様々だ。

 広い講義室で行うものもあれば、中高のころの教室と変わらない程度の広さでやることも珍しくない。場合によっては更に狭い部屋で行うこともある。


 狭い教室での講義はある程度段階が進むと、大まかに誰がどこに座るか決まってくる。

 別に固定席ってわけじゃないが、無用な席取りトラブルも避けられるし、そういうものだ。


 だが最近はこの『いつもの席』を極力避けていた。

 何故か?

 前まで一緒に座っていた友人、あいつに会いたくなかったからだ。


 今まで避けていたが、やはり一度しっかりと確かめるべきだ。

 ともすれば俺は今まで先入観で友人を疎み、避けてしまった可能性もある。

 だとしたら申し訳が立たねぇ。筋は通すべきだ。






 にしても、やはり大学構内においては『メスガキ事象』は発生しないという最初の説は正しかったのだろう。

 一ノ瀬先輩を初めて見た時は死神タイプのシャドウと遭遇した時を思い出すほどの絶望感だったことを思い出すぜ……


 ……だが、大前提として俺が『なぜメスガキもの同人世界に存在している』のか。

 これについてはまだ何も判明していないに等しい。

 『俺がどのような形で存在しているか』については推測を立てているが、そもそもこの世界に存在する根本的な理由ははっきりしていない。


 オカルト物のお約束なら怪しげな社やら池やらに粗相をした等が考えられるが。

 なにか、この世界に囚われる切っ掛けのような何かがあったはずなんだ……

 過去を思い出そうとする度に、吐き気が酷くなる。

 だがそれでも、いつまでも逃げてばっかじゃ───



「……へぇ、この席に座るのは久しぶりじゃあないかな?」



 うわ出た。

 見るからに怒ってる童顔優等生だ。



「おぉ。久しぶりだな」


「何が久しぶりだよ、顔も合わせようとしなかった癖に。言うに事欠いて……」


「悪かった悪かった。色々事情があったんだよ、あずま


「事情、事情ねぇ。そうかいそうかい、大いに結構だよ。理解してるとも、誰にだって事情はあるからねぇ」



 顔を見るや否や、眉を顰めてねちねちねちねちと小言を吐く。

 こいつこそ俺の数少ない友人『あずま 夕貴ゆうき』。

 童顔、やや低めの身長、茶髪で跳ね気味の髪、男にしては比較的高めの声。


 が、口を開けば小言が多い。

とにかく小言が多い。

付き合ってみればそれも面倒見のよさから来ているのだと分かるが、知り合った頃はちょっと敬遠してたことを思い出すな。



「一々引っかかる物言いしやがって」


「そう言わせるような態度を取ったのは誰かなぁ?ねぇ」



 こんな物言いをしているが、もちろん俺達の仲が悪いわけではない。こいつはいつもこんな感じだ。

 確かに若干嫌味な感じはあるが、言われてる俺は笑顔だし、本気で言い合っているわけではない。


 口を開けばお局様じみた嫌味な言葉を吐くが、口数の多くなったこいつを見ていると、どこか安心する。

 東は嫌味こそ言うが、機嫌がいい時ほど口数が増えるのを俺は知っている。



「まったく、僕がどれほど心配したことか本当に理解してるのかなぁ?同じ講義には出ても、僕に一言も声もかけず出ていってさぁ」


「悪かったって」


「本当に分かってるのか怪しいもんだね。学食にも来ない、講義も離れて座る、気が気じゃなかったというのに……」



 事実俺が講義を終えてさっさと出ていく時、僅かにではあるが心配そうな目で見ていたこともあった。

 当時の俺はそれすらも煩わしく、随分酷い対応だったことは記憶に新しい。

 あん時は本当に酷かった、荒れていたと言ってもいい。

距離を取ってからの罪悪感が酷かった。



「ふんっ、まぁ分かっているならいいけどね。……健康そうで何よりだ。不調だったわけではないんだろうね?」


「あぁ」


「それならいい」



 それにこれでこいつ、結構な友達想いだ。

 なんだかんだ文句は言うがバカやるときは一緒にやるし、それなりに心配もしてくれる。

 集団で取り組む作業なんかには率先して取り組む意外な面もある。


 それにこいつ、意外や意外に面白キャラでもある。

 というのも……









「……ん、ちょっと志賀ぁ、違う参考書を持ってきているぞ」


「え?んなバカな。……合ってるじゃねぇか」


「違う、僕が違う参考書を持ってきてるんだ。これ多分入れ間違えたな」


「なんだお前」



 結構バカなんだよなこいつ。

 言い方が紛らわしいんだよお前ぇ。



「しまったな……。僕としたことが、昨日トランプタワー作りに夢中になって疎かになってたらしい」


「バカだろお前。いや普通にそれはバカ」


「バカバカ言うな。傷つくだろ。そんなことも分からないのか」


「なんなのお前」



 どこかエリート然としてて近寄り難い冷たい雰囲気。

 中性的な顔立ちもあり、それがいい!背伸びしてるみたいで可愛い!という男女が後を絶たない。


 だがふたを開けてみればポンコツもポンコツ。

 いや勉強はできるんだこいつは。

 ただどこか致命的に抜けてるというか、ポンなところが垣間見える。



「……ごめん、見せてくれ。ついでにこの間のレポートも見せてくれ」


「要求増やしてんじゃねぇよ。いいけど」


「そうか、助かるっ!」



 ちゃんと笑顔でお礼言うから憎めねぇんだよなぁ……

 だいたいこんな笑顔見たらもう見捨てられねぇよ……なんで顔だけはいいんだこいつ……




 っと、そうだ肝心なことを忘れていた。

 こいつには確認しなくてはならないことがある。


 そもそもこいつに会おうと思った原因は、こいつが所謂『大人』かどうかを確かめる為だ。

 改めて考えると意味わかんねぇな……。


 東はさっきの会話で高頻度で『分かる』という単語を使っている。

 いやもう言葉狩りとか言いがかりレベルの文句であることは俺自身分かっている。

 だが、確かめずにはいられない。


 誰がまともで、誰がメスガキで、誰が大人か。

 その法則性を俺は、知りたい。



「なぁ、東。ちょっと聞いてもいいか?」


「僕にバカバカ言うくせに質問とはねぇ!いい度胸だなぁ!?」


「どんなキャラだよ、根に持ってんじゃねーよ。んで質問なんだけどよぉ……」







「メスガキって、知ってる?」










 僕は、どうすればいいんだ。

 友人が、友人があまりにアブノーマルな道に進もうとしてしまっている。



「ま、まず、どういう経緯でそれを僕に聞こうと思った……?」


「……俺もどうかと思う」



 当たり前だろっ!!

 講義開始前に唐突に「メスガキって知ってる?」とか前代未聞がすぎるぞっ!



「でも俺にとって重要な質問なんだ。答えてくれるか?」


「えぇ……。ほんとにぃ……?」


「あぁ」



 こ、この男……曇りなき眼でなんてことを言うんだ。

 ほんとなんてことを言うんだよ。



「メ、メスガキ……メスガキ……?」



 一般的な意味なら、生意気な女児を指す、男性向けのそういうあれだろうが……

 だが僕の知る限り、彼は、志賀はそういったものを好まない傾向にあると思っていたが……?

 と、とにかく、ここは慎重に言葉を選ばねばならないだろう。



「う、うぅむ……メス、ガキ……むぅん……」


「……」



 まず前提としてこの男、子供を性的対象に見るような男ではない。

 それは断言できる。

 まだ付き合いが生まれて一年程度ではあるが、それは分かる。


 だからこそ分からない。

 なぜ唐突にこんな質問をぉ……!?

 さ、最適解はなんだっ!?



「……うぐぐ……」


「……」



 最近になってそういう性的な癖を自覚した?

 いや、だとしたらこんな聞き方はしないだろう。

 志賀のことだ、万が一そうなったら自責の念で苦しむ姿が目に見える。

 それくらいありえない。



「……うぅ……」



 今までメスガキという言葉を知らなくて、誰かに吹き込まれた?

 可能性としては高いだろうけど、志賀のことを多少知っていればそんなことするやつはいない。

 たまたまネットで見かけた?それならその場で調べるだろう。


 ダメだ、意図が分からない、分からねば。いや何もわからない。

 どう答えたらいいのか、どう反応すればいいのか。

 こうして答えに窮しているのが一番よくないのではないか。








 ……そもそも、なんでそんなこと僕に言うの?

 なんで僕がこんなこと考えないといけないの?

 どうして僕はこんな目に会ってるの?

 わかんない、なんも分かんないよ。






「……ぐずっ……えうぅ……」


「やべぇ、東の感情のキャパ限界の低さ完全に忘れてた」



 それもこれも志賀が悪いんだ……っ!

 こんな、よくわかんない質問する君がぁ……!



「おおおおお落ち着け東。そうだよな急に言われても分かんないよなもうキャパいっぱいいっぱいだよな?すまんすまんさっきの質問は忘れてくれ。ほんと気にしないでくれ。なっ!なっ!?」


「だってぇ……!急に言われたってわがんないよぉ……!!」


「もう大丈夫、大丈夫だから!ごめんて!やべぇ周りの視線が死ぬほどいてぇ……!」



 思えばこの男はいつもそうなのだ。

 いつも気だるげな顔して、めんどくさがりで、出不精で……


 その癖気配り屋で、ミスした後フォロー回るの早いの気に入らないし……!

 でもねぇ……!一番気に入らないのはねぇ……!!








「なっ、今度またどっか遊びに行こうぜっ?野郎同士で気兼ねなく!なっ!」



 こいつまだ僕を男だと思ってやがるよぉ!!

 僕は『女』だっていうのに全然気づいてないっ!!

 一年友達やってんだからいい加減気づけよぉ!!



「……ぐずっ、はぁ、もういい。ダサいとこ見せたね」


「俺も急に変なこと聞いてほんと悪かった。気にしねぇでくれっと助かる。いや助けてくれ」


「分かった、分かったから。もう堀り返さないよ」



 確かに僕も悪いと思う。

 初対面で男だと思われてからというもの、いつになったら気づくかなーと面白がって中性的な服ばかり着るようになったからね。

 それは反省してる。


 ……でも一年間だよ一年間!?

 ここ最近あんまり顔合わせてなかったとはいえ、普通気づかないなんてことあるっ!?

 漫画かよ!「おっ、お前女だったのかよ!」的な展開でも世界は望んでんのっ!?


 ね───よっ!!







 ……ただ、友人の精神状態に関して、少し心配になったのは事実だ。

 今現在、志賀がことは分かった。


 それくらい、彼が女児に対して劣情を抱くことはないという信頼がある。

 それ自体がまずありえないことなのだからね。


 他の友人達へ共有……は、今の所しなくてもいいだろう。

 あまり騒ぎ立てるべきではないかもしれない。

 志賀もデリケートな話を吹聴されるのは好きじゃないだろうし、ここは僕の胸の内に留めるのがいいだろう。







 僕は知っている。

 今はどうなのか分からないが、彼はかつて子供に対し異常な警戒心と、ある種の恐怖心を持っていた。

 子供が、身動きが取れなくなる程に。

 そんな志賀が、いったいなんでそんなことを……?





「……まだ、分かんねぇ。様子見だな」


「そういえば何で付き合い悪くなってたの?彼女でもできた?」


「え?あぁ、そんなわけねーだろ。色々調べもんしてたんだよ」


「調べものねぇ。……まぁ深くは聞かないけどさぁ」


「つか、出来てたらお前らに即マウント取りにいくわ」


「君ぃ、そういうとこだぞ」



 別に心配しなくてよくないかこれ。

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