第8話 親との電話を人に聞かれるのは気恥ずかしい

 私は考える。

 あの後輩のちょっと変わった所。


 最近付き合いの始まった私の後輩。

 名前は『志賀 巧』。歳は一つ違いの大学二年。大学近辺のアパートで一人暮らし。

 部屋自体は散らかってはいないけど整ってもいない。男の一人暮らしっていうのは、こういうもんなのかな。


 普段大学にいるときは一人でいるのをよく見かける。

 友達といることもあるそうだけど、最近事情があって距離を取っている……らしい。

 なんとなく男友達が多そうな、でも女子の友達もいそうな顔なのがなんとなく気に入らない。


 ゲームが私とタメ張れるくらい上手い。レトロなものから新しめなゲームまでいろいろと幅広い。格ゲー好きなのはとても好印象。

 ゲーセンより家ゲーが好きなタイプ。ここは若干私と違うかな。

 コンシューマゲーが好きっていうより、家が好きなタイプ?


 時折口の悪さが見えるけど、悪意で言うことはほとんどない。

 悪態には本音が見えることもあるし、どちらかと言えば素が出てるというのが正しそう。そういう時、なんでだかちょっと嬉しくなる。


 顔立ちは……結構いい、と思う。

 これは私の好みもあるから何とも言えないけれど、ゆるいカジュアル系が似合ういい顔つきしてると思う。

 ちょっと目つき悪い感じがまた、いい。これがたまに緩んだときなんかはこう……グッとくる。


 そんな面白後輩だけど、時折変わった面を見せる。


 まず一つ目、特定の場所を避けて生活している。

 電車に乗りたがらなかったり、わざと遠回りをしたり、理由もなく時間帯をずらして行動したり……。

 会いたくない人でもいるのかもしれない。それにしても少し行動が大げさな気もする。


 二つ目、あまり外に出たがらない。とにかく極力外出を好まない。

 その分部屋の中は、ここだけで生活が完結しそうなほど充実している。家ゲー好きもここからきているのかも。

 その癖、夜に飲みに誘うと結構来てくれるからよくわからない。大学が終わってからも、バイトや私が誘わない限りなるべく早く帰ってるみたいだ。健全だこと。


 変わった点とは違うかもしれないけど、酷く痩せ気味。

 ちゃんと飯食べてるの?って聞いたら「母さんみてぇなこと言わないでくださいよ」と苦笑いされた。

 このことから、親元を離れる前からそんな身体だったと予想できる。

 見える範囲では普通に食事を摂っているから、ひょっとしたら改善してる途中なのかもしれない。要経過観察。


 結論。いいやつだけど、ちょっと変。

 理由を聞いたら答えてくれるかもしれないけど、聞くほどのことでもないような気はする。

 本人が言いたくなったら聞くくらいが、今はちょうどいいのかも。









 なのにどうしてこうなったっ!!どうしてこうなったのっ!?

 わっ、私ってそんな、出来たばっかりの友達、それも男と外泊するような軽い女じゃないんだけどっ!?

 ……いけないわ、冷静にならないと。ちょっと一から思い出してみましょう。

 そう、あれはまだ泳ぎ終わってすぐの頃だったかしら。



『泳ぎ疲れちゃったしお昼食べて午後はゆっくりしましょっか?』


『あんた泳いでねーでしょ。ずっと俺が引っ張ってたじゃねーか』


『えへっ♡』



 そうそう、午後は帰りに色々見て回ろうと話していたのよね。

 せっかくちょっと遠出したんだし、遊んじゃおうってなってぇ。

 歩いて行ける距離に市場があるから見に行こうとして。



『ねぇ、ちょっと見て回りましょ?』


『あの、先輩引っ張ってたからすっげぇ疲れてんすけど』


『だから?』


『……うす』



 後輩も快く引き受けてくれたのよねっ。それでまずはお昼食べに行ったのよ。

 見回ってたらテンション上がってきた後輩がノリでデカい鮭買いそうになったときは本気で焦ったけど。

 ついでにご飯もそこで済ませてきたの。



『海近くの市場で海鮮食べるのって、あれよねぇ。放牧された牛を前にして食べるステーキみたい』


『なんで俺が海鮮丼食ってる時に余計なこと言うんすか?』


『新鮮で美味しそうだなぁってぇ♡』


『ここまで食欲削いだのもはや罪だろ』



 うん、楽しく話せたわね。我ながらベストコミュニケーション。

 美味しかったなぁ、海鮮丼。なんであの魚の匂いで満ちてる場所で食べるお魚って美味しいのかしら。

 それからはぐーぜん見つけたゲーセン入ってぇー……



『〇寺あるじゃん!やりましょ!』


『おっ、いっすねぇ。んじゃスコア負けた方罰ゲームで』


『言っとくけど私これ得意よぉ?だいじょうぶぅ?泣いちゃわない?』


『お手柔らかにおねがいしゃーっす。んじゃまず……仕組太陽で』






『あぁぁぁぁ!なんっであんたそんな上手いのよっ!!』


『先輩どんな気持ちっすか?自信満々で挑んでスコア差つけられてっけどどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?』



『ゲーセンニカップルデクンナヨ…』

『アレカップルカ?シンチョウサヤバクナイ?』

『ノンノン』

『ジブンガタイヨウノナカニハイッテイクンダナァ』



『クッソ、負けるもんか……っ!次はエレクリよぉ!後ろのベガ立ち連中ごとド肝抜いてやるわぁっ!!』


『やるだけ無駄だって教えてやりますよ』


『ぬかせぇ!』









『リオン、リオンの続編ってなんだっけなぁ……』


『ライザーよ。縦スクSTGの一般常識でしょうが』


『STGやんねぇからさっぱり分かんねっす』





『カップルデクイズゲークンナヨ…』

『ナンデヒザノアイダニスワッテンノ??』

『ガメンミヤスイカラダッテ……』

『シニテェ……』



 ギャラリーもいてめっちゃ盛り上がったわねぇ。あいつ家ゲー好きなくせに音ゲーうまいのなんなん?

 結局あいつに勝ち越されたけど、まぁ次勝てばいいわねっ。

 それで、二人でプリ撮ったら服見に行きたくなっちゃってぇ……



『先輩マジで勘弁してください俺外で待ちますんで。女物の服売り場に俺がいるのはマズいんですって』


『いいから付き合いなさぁい?男目線で意見して私の可愛さを褒めて♡』


『それは意見とは言わねぇただの自演だ離せぇー!』


『たまには普通の私服も見ておこーっとー♪』



 後輩を振り回すのは楽しかったわぁ!

 いやもちろん本気で嫌がるようならしないけど、あれは恥ずかしがってるだけって感じだったし。

 問題は何一つない。私はそう判断しちゃった。



『どぉ?』


『フリルが多い服しか着れない縛りの人生だったりします?』


『うるさい私の趣味よ。感想を言え感想をぉ!』


『背が低い』


『背は関係ねぇでしょうがぁー!!』


『……ん、まぁ、可愛いと思います。やっぱちょいフリルが多いとは思いますが』


『そう?ふふん、まぁ当然だけどねっ!』


『……ちょっと線が出すぎじゃねぇかなって……思わなくもねぇすけど』


『え?なに?聞こえない』


『うるせぇ園児服でも着ててください』


『どうしてそういうこと言うのぉっ!?』



 たまには普通の服を見に行くのも楽しいわよね。

 でもほとんど着ないから、買ってもタンスの肥やしなのが悲しい所よね。

 あとなんであいつ逆ギレしたの?







 ……で、確かその後……



『んー、結構いい時間だしぃ。そろそろ帰りましょっかー』


『先輩』


『なに?』


『温泉とか行きたくないっすか』


『めっちゃ行きたい』



 そうそう、海上がってからどーも潮の感じしてたから、温泉行きたいなーって思ってたのよね。

 でも流石に時間も遅めだし、男友達と泊まりはなーって……



『んー、でも泊まりになっちゃうでしょ?流石にそれはねぇ』


『……先輩』


『んー?どしたの───』







『もうちょっとだけ、一緒にいたいんすけど……ダメっすか……?』


『……………………ほぇ』



 そうそう、ちょっとバツの悪そうな顔もかわいいなって思って……






 ……そっからの記憶が無いんだけどぉっ!!??


 えっ、うそっ、私私どんな顔してたの私ぃ!!

 ぽーっとしてたの!?ねぇ!!満更でもないって顔しちゃってたのぉ!?


 っていうかなんでホイホイついて来ちゃったのよ!?

 男なんて皆薄皮一枚剝ぎ取れば狼っ!

 そんな危険なことをどうして私は乙女面して進んでしちゃってんのよぉ!!



「今日はすんません、わがままに付き合ってもらっちゃって」


「へっ、い、いや!別にいいのよっ!?先輩だしっ!」



 お、おおおお落ち着きなさい私。

 BE COOL、私は冷静よ。ひとまず今の状況を整理しましょう。



「それにしてもいい湯でした。海から上がった後だからってのもあるでしょうが、格別でしたねぇ」


「そう、ね?すごく良かった、と思う……」


「湯上りご膳、すっげぇ美味かったなぁ……また来てぇや」



 そう、今は温泉も入り終わって、夕飯も食べて、お布団敷いて寝ましょうって段階。

 後輩は隣に布団敷いてる。

 つまり、一つ年下の顔が良くて仲のいい男と同じ部屋で寝泊まりしている……ってワケ。





 あれ、これって結構ヤバい?

 私、食べられちゃう的なあれなの?


 いいいいいいいやいやいや、後輩はそういうんじゃないから!

 そういう目で見るタイプのあれじゃないから!

 で、でも見た目は?まぁ?結構タイプだけど?

 私そんな出会ってすぐの男に体許すような軽い女じゃないしぃ?


 ……で、でも、後輩が、その、どうしてもって言うなら……考えて、あげなくも───



「それじゃ、電気消しますよー」


「あっ、うん」


「んじゃ先輩、おやすみなさい」


「おっ、おやすみなさい……」



 言うや否や後輩、布団に潜り込んでしまった。



「……」



 ……えっ、なにこれ。










「……………」



 多分、体感30分くらい経ったわね。


 ……いや眠れるわけなくないっ!?

 年頃の男女が一緒の部屋でっ、隣で寝ててっ、そんなっ!!

 普通なくないっ!?いろんな意味でっ!!ねぇ!?


 つか後輩も後輩でなんなのっ!?

 あんな犬みたいな顔で……このっ、私が犬好きでよかったわねっ!(?)。

 後輩も後輩で動く音すら聞こえないし、ほんとこの……後輩ぃ!!



「……」



 あ、後輩が起きた音がする。

 窓の開くカラカラした音……テラスに行ったのかしら?



「もしもし。……いやごめん、連絡忘れて寝そうになってた」



 あっ、電話しにいったのね。

 ……これ聞いちゃまずいかしら。

 かといって耳を塞ぐようなことしたらなんか気ぃ使わせちゃうかもだし……どうしたらっ!?



「いやもう1時ったってどうせお袋起きてるだろ。どうせ親父もそこにいんだろ?」



 親御さんとの電話かぁ……。

 いやこれほんとどうすんのが正解!?

 だ、誰か助けてよぉ!?



「ん、こっちは元気でやってる。お袋は自分のことを……っていらねぇ心配か」


「こっちぃ?……心配いらねって。親父にもそう言っといて。……いや酒飲んでるなら後でいいから。泣き上戸の相手すんの大変っしょ」


「え?いや普通に飯食ってるよ。バリバリ食ってる。最近は調子いいし」



 家族大事にしてんのねぇ。声色で分かるわぁ。

 ……ちょっと待って『最近』調子いい?

 調子よくなったのが、最近、ってことなの?



「え、なんでって……なんとなく?……いや秒で当てんなよ。なんで一発で分かんだよ。当たってっけど


「……うん、最近、結構いいことあった」


「自分でも驚いてる。いいことって続くもんだな」



 ……ひょ、ひょっとしてだけど。

 その『結構いいこと』って、私のこと……だったりして。

 ちょ、ちょっと図々しいっ?先輩ちょっと図々しいかしらっ?



「別に女じゃ……いや女だけども。いや違うから、そういう意味じゃねぇから。おい親父に言うなマジでやめて」



 ほっ、ほんとに私っ!?

 でもでもっ、最近できた女の友達って私……いやどうなんだろっ!?

 これで違ったら恥ずかしすぎんっ!?



「別にそういうんじゃねぇってっ。……おい親父の声聞こえてんだけど。さてはスピーカーにしてんな?」


「うるせぇよ春じゃねぇよ。友達だって言ってん……夜に連絡返すんじゃかった……」



 えぇぇぇぇぇ!!うそぉーっ!?

 え、なに?私知らない間に結構好感度稼いじゃってた感じっ?



「……ん、大丈夫。元気だから、ほんと」


「近い内にでも顔出すよ。もうすぐ夏休みだし」


「あぁ、楽しみにしてる。じゃまた」



 じゃ、じゃあ!?後輩はご両親に私の存在を匂わせてる……ってコト!?

 ゆくゆくはご紹介……ってコトぉ!?



「……先輩、なに足バタバタしてんすか」


「ぴぇあぁっ!!??おっ、おおお起きてたのねっ!?」


「今更?いや、まぁ別になんも聞かねぇっすけど。てかぴぇあってなんすか。萌えキャラかよ」


「う、うっさいっ!私はいつだって可愛いし萌えキャラだけどぉっ!?」


「萌えキャラが誉め言葉かは時と場合に寄らね?」



 びびびびびびびっくりしたっ!!

 心臓止まるかと思ったっ!!

 えっ、いつからっ!?いつからっ!!??



「いやなんでそんな顔赤ぇんすか。」


「お酒飲んじゃったからっ!?」


「俺に聞かれても……つか今日は飲んでねぇっしょ」


「そ、そうねっ!?今日はお酒飲んでないわねっ!?」


「マジでなに?」



 よ、よし。ひとまず冷静になれたわ。

 だからどうしたってわけでもないけど……冷静になれたわねっ!



「……なぁ、先輩さぁ」


「はいっ!?」



 声がぁ!裏返ったぁ!

 さっきから私の行動全てが不審っ!



「なんで敬語。……実はこの世にはパラレルワールドってのがあるんです。んで俺はある日目が覚めたら世界の常識がおかしくなってた……って言ったら、信じます?」


「……えぇー。急に言われてもぉ。……まぁ、そうねぇ」



 ちょっと何言ってるかわかんない。

 でも、パラレルワールド転移っていうことなら、これだけは聞いておきたい。







「あんたが主人公なら、私は物静かな読書家っ?それともお金持ちの御令嬢っ?」


「学祭でナンパ目論んでた男ですかね」


「ヒロインの学校教えてフェードアウトしたじゃんっ!!」



 ちくしょーっ!!なんでよぉ!?

 こんなにかわいくてもヒロインの座にはたどり着けないってワケぇ!?



「いやほんと嘘は全然言ってねぇんだけど……ハァ、まぁいいや。大したことじゃねーし、忘れてくらっさい」


「異世界に転移したってカミングアウトは大したことだと思うけど……」


「冗談っすよ、異世界転生ジョーク。そいじゃ、明日も早いですし寝ましょー」


「……うん。はぁ、喉乾いた。お水飲も……」



 にしたってなんか引っかかるわねぇ。

 この後輩、なんのかんの言って律儀だし。

 言いづらいことを、何か遠まわしに言ってる……っていうのは考えすぎかしら。



『もうちょっとだけ、一緒にいたいんすけど……ダメっすか……?』



 私を泊まりに誘った時の言葉は、どういう感情だったの?

 あの時の後輩はほっといたらそのまま、足元から崩れていっちゃうんじゃないかって思っちゃって。

 後輩を見ているとたまにそう言うときがあり、いつも不安になっちゃう。



「そんじゃ改めて、おやすみなさい」


「……ねぇ、志賀。ちょっとそこに座ってくれない?」


「なんすか急に。もう寝てぇんすけど」



 だから、今私にできることは、これくらい。

 ……ぷっ、ちょっと頭撫でたげてるだけなのに、変な顔。



「辛い事とか苦しい事とかあったら、言いなさいね。ちゃんと助けてあげるから」


「……私はあなたの先輩で、友達だもん」



友達の気持ちが、少しでも楽になりますように。

















「……私はあなたの先輩で、友達だもん」



 ごめん、なんの話???


 えっ、待って?マジでなんの話だよ!?

 くる、え?苦しい事?別に何も苦しくねぇけど!?



「えへへ……いい子いい子……♡」


「は、はぁ」



 わ、悪い気はしねぇけど……けどそんなこと言ってらんねぇ。

 親父助けて!!

 このままだと俺、先輩を好きになっちまう!!



『……』


『いんじゃね?』



 いいわけあるか脳内クソ親父熟考してそれか役に立たねぇなぁ!!

 つか何より視線が……!!しゃがんで頭下げてっから目線が、先輩の、先輩のたわわに目がぁ!!



「んふふふ~。後輩ぃ~、撫で心地がいいわぁ♡」


「そっすか、早く寝た方がいいと思います」



 なんだこの人……酔ってんのかこのチビ先輩……

 ……あ?待て、そいやさっきなんか飲んでたな。


 近くのテーブルの上……あれ俺がテラスで一人チビチビ飲もうと思ってたやつじゃねぇかっ!!

 しかも結構いいとこの日本酒ッ。ちくしょうっ、ちょっと見栄張って月見酒でも、とか思った俺がバカだったってのか……っ!



「はいはい、そろそろ寝ましょーね。明日午前中には帰るんすからね」


「ふふっ、はいはい。おやすみっ」



 なんでこの状況でもちょっと上からなんだよ泥酔デカ幼女。

 どこがデカいかは言わねぇけど。











 俺が見つけた『糸口』。

 それは、今俺が置かれている状況への打開策になるかも知れねぇ。


 今日先輩と出かけて分かったが、まったくメスガキとエンカウントしなかった。

 そう、一日通して一度もだ。

 これはもはや天文学的確率を超越していると言ってもいい。


 こんなにも楽しい日々が送れると思わず、つい名残惜しさから先輩を引き止めてしまうくらいには信じられなかった。


 だってメスガキが現れなかったんだぞッ!!??


 やっと見つけた安全地帯、誰だって離れたくねぇじゃんッ!?



 ……なんにせよ、今日の結果に一つの光明を見た。

 その検証の為に、明日からしばらく様子を見る必要があるだろう。


 そして、その結果次第で、俺は行動に起こそうと思う。

 結果次第ではともすれば、俺は……





 俺は、この世界から解放されるかもしれない。

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