第4話 甘いものはいつだって心のオアシス
年上好きの俺にとって地獄みたいな世界ではあるが、決して全ての女子児童がメスガキの法則に当てはまるという訳ではない。
メスガキの法則ってなんだよ。助けてくれよ。
例えば、学校に通う年齢の女子が全員メスガキのそれか?
これはノーだ。当然だ、そんなことになったら日本はもう終わりだ。潔く滅んでくれ。
全ての男性……ここでいう男性は主に成人している男性を指すが、それらが全員腰へこ犬か?
これもノーだ。そうなったら社会的生物の定義ぶち壊れるわ。
そもそもの話、人間が産まれてる以上、男女間におけるメスガキを介さない関係性は確実にあるはずなんだ。
残念ながら俺が周囲の違和感に気づいてからでは、両親以外では今のところ観測されていない。なんでぇ?
『ぷぷ~♡かわいそ~♡』
『くっ……今に見てろ……』
『ほらっ♡どうして欲しいか言ってみなさいよっ♡言えっ♡』
『うぅ……ごめんなさい……』
俺の周りで観測できるのはこんなのばっかりだ。不純物過ぎる。
誰も助けちゃくれない。俺は一人だ。そこで頑張っても絶対にチャンスは来ない。来るのはメスガキだけだ。
これらを踏まえて推測するに、全ての子供や大人がそうなのではなく、必要なのは恐らくきっかけなんじゃあないか?
予想の域を出ないが、この世界の人間には『因子』のようなものがある。名前を付けるなら『大人因子』と『メスガキ因子』だろうか。
これらの因子を持った人間が『出会う』というトリガーを踏み、相対することで『メスガキ物同人展開』というものは発生する、と予想している。
何言ってんだこいつ。
さて、講義も終わり今は帰路。
時間帯にしておよそ午後4時。夕飯には早いし、しかしちょっと小腹が空いたような。そんな時間。
バイトもないし本当なら友人を誘って遊びにでも……と思っていたのだが、諸事情で今は友人とは距離を置いている。
「帰ってゲームって気分でもねぇし……」
先輩は……そもそも関わりを持ち続けるべきか悩んでいる。
メスガキとも違うような気がする。がしかし普通とも言えない。
なんなんだあれ。合法ロリでいいのか?でもそれはメスガキではないという決定的な証拠にはならない。
やはり要観察だろう。
話は逸れたが、複数人で行動していると声を掛けづらいためか、メスガキと遭遇する危険性は多少低くなる……っぽい。
確実だと言えないのは、それでも出会う時は出会うからだ。熊か何か?
どちらにせよそれって根本的な解決にはならないよな?という疑問もある。
まっすぐ家に帰るのも何だか味気ないし、ならばやるべきことは一つ。
「買い食いしてから帰るか」
行き先は家から程近い商店街。
大学に来てからというもの、暇があるとつい寄ってしまう。
規模はそこまで大きくないのだが、ここはいつも人で賑わっている。
学校帰りの学生から夕飯の買い出しに来た主婦、暇でおしゃべりに来た年配の人。
大きなショッピングセンターが近くにないのも理由の一端だろうか、夕方近くになると多くの人が集まる。
何が言いたいか分かるだろうか。
つまりこの場所はメスガキとの遭遇率が非常に、非常に低いということだ。
人目が多いこの場所は必然、法や倫理に触れるようなことは起きにくい。
いくらなんでも人目の多いこの場所でおっぱじめようなんてことは起きないという心理をついたってわけだ。
……こんな当たり前のことに安堵しなきゃいけない現実に、涙が出そうだ。
人混みを避けて歩きつつ、まっすぐ俺が向かう場所。
それは商店街の中ほどにある一軒の和菓子屋。
「こんちはー」
「いらっしゃい!あら、久しぶりねっ!」
それがここ『安城』という店だ。
和菓子をメインに取り扱っている店で、その味は最高の一言に尽きる。
中でも個数限定で販売しているたい焼きとカステラ。
しっとりと舌触りのいい餡を使ったたい焼き。ふわふわとした見た目から驚く程しっかりとした触感にざらめがクセになるカステラ。これがまた美味いんだ。
そして何より大切なこと。
「すみません寧さん、最近バイトとかレポートで忙しくって」
「ふふっ、気にしないで。私も最近喫茶店の方に顔出せてないしね」
店員のお姉さん、『安城 寧』さんっていうんだけどな。
もう超ッ絶可愛いんだよこれが……!!
いやな?こういう店ってお婆さんがやってるイメージあったけど、いやもうほんとすげぇ美人なんだよっ!
背がちょっと高めで、髪が黒いロングで艶々してて、和服姿の美しいこと!
指の細さとか正しく嫋やかって言葉がぴったり当てはまるような……っ!
しかもちょいちょいバイト先に顔出してくれる。女神か?女神だったわ。
見栄張って忙しいなどと言ったがとんでもない。
この人に会えるなら秒で課題終わらして会いに行くわ。
「お、これ新商品です?」
「お目が高いわねぇ。信玄餅って言うの、美味しいわよ~」
和やかに世間話をしつつ、いくつか美味しそうな和菓子を見繕ってもらう。
俺は俺で普段洋菓子も扱うバイト、菓子の話にはついつい興が乗ってしまう。
「はいっ、お待ちどうさま!また来てね!」
「あざすっ!」
夢見心地と言ってもいい時間はあっという間に過ぎ、手には少し大きめの和菓子の入った紙袋。
寧さんの紹介の仕方が上手く、日持ちするからという売りもあって毎回ついつい買いすぎてしまう。
なにより日々メスガキへの対策を考え、メンタルを削られている身にとって、これほどまでに安らげるような場所はない。
本当に、いい店を見つけたなぁおい……!
商店街の中には休憩スペースのようなものがある。
四人掛けの丸テーブルに椅子、花壇に沿うように配置されたベンチのある、買い物後に一休みできる場所が設けられている。
自販機も傍にあり、まさに小休止に相応しい場所だ。
そこに足を運ぶと、時間を持て余した爺さん婆さん達がたむろしてたり、俺の様にお菓子や総菜屋で思い思いに買い物をした育ちざかりの学生たちで賑わっている。
四人掛けを使うのも少し憚られ、隅のベンチに腰掛けて独り言ちる。
紙袋の口を軽く開けて中を覗くと、そこには色とりどりの魅力的な和菓子が詰まっている。
───一つ二つ食べて、後は家に持ち帰ろう。
そう思って取り出そうとした時、見覚えのある顔が傍を通る。
「……!お、お兄さん!?」
「あれ、雛ちゃん?」
うわ出た。知り合いの幼女だ。
知り合いの幼女ってなんだよ、普通に近所の小学生だよ。
どうやら下校途中に鉢合わせてしまったらしい。
「珍しいね、商店街にいるのは。というかここじゃ初めて会った?」
「そ、そーかな?たまに来る、けど……」
商店街で会うとは考えてなかったから虚を突かれ、完全に気が抜けていた。
というより、商店街は子供一人で歩くには些か危ないのでは?と一瞬思う。
が、この世界の法則において大人が幼児に危害を加えられることはまずない。嫌な信頼だなぁ!
「……そうだっ。ねね、今暇?」
「んー、まぁ暇……っちゃ暇か」
参ったな、普段はなんやかんや忙しいからと煙に巻いてしまっていたが、この状況で『遊び』を断るのは難しい。
メスガキかもしれない相手にみすみす隙を与えたくはない。
でもどう考えてもお菓子で一服しようってとこだよこれ、もう逃げ場ねぇよ。
逃げる方法をシミュレーションし続けるも、しかし俺の予想は裏切られることになる。
「お話しよっ!」
「……ん?遊びじゃなくていいの?」
「いいのっ!」
……まぁ、話くらいなら構わないだろう。
それに、おしゃべりがしたい子供を無視して家に帰る、というのも非常に後味が悪い。
どうせ家に帰ってもレポートやるか休むと称してダラダラするだけだし、少しくらい、な。
「───それでねっ、ちっちゃいけど豆電球がキラキラーって!」
「うわなっついなぁ!あれでしょ、屋上で太陽光パネルかざすやつ!」
「そうそうっ!何人かでグループ組んでやったんだけど、凄かったっ!」
お兄さんは楽しそうに、私の話を聞いてくれる。
こんなに誰かと楽しいお話が出来たのは、いつ振りくらいだろう。
「じゃああれやった?音叉使って振動させるやつ」
「おんさ?おんさって何?」
「……えっ、ひょっとして今使われてない?Uの形した金属の棒みたいなやつ」
「知らなーい」
「マ、マジか……カルチャーショック……」
その日学校であったこととか、楽しかったこととか、誰かに話したことが無かったから、つい浮かれちゃってたんだと思う。
でも、他のみんなはきっと、毎日そうしてる。
私だけが、違う。
「こないだテストねー、私100点だった!しかも5教科中4教科!」
「おぉ!雛ちゃん凄いなぁ、やるじゃん!」
「ふふん!そうでしょー!しかもね、算数の最後の問題がひっかけ問題で、解いた人は先生が褒めてくれてね!」
「雛ちゃん頑張ってんだなぁ。俺も見習わねぇとなぁ」
それでも今だけは、本当に楽しかった。
この時間が、ずっと続いて欲しかった。
叶わないとは思うけど、一人ぼっちでいるよりずっとずっと幸せな時間だったと思う。
「でもお兄さんは私よりずっとずっと頭いいじゃん」
「いやいや、勉強する姿勢っつーの?俺勉強したくねぇしなぁ……」
できるなら、お母さんやお父さん、お姉ちゃんともこうやって、過ごしてみたいなぁ。
お話するだけの時間が欲しい、って思うのは、ぜいたくかな。
「……っと、悪い電話だ。出てもいい?」
「えー!?……しょうがないなぁ」
ちょっといやだったけど、でもわがまま言って迷惑をかけたくなかった。
でも、やっぱりもうちょっとお話してほしかった。
「悪ぃね。……なんだ先輩か。もしもーし」
『出たわね。今時間ある?』
「大丈夫です。なんか用です?」
『こないだ伝え忘れてたわ。使ったサイトのURL、特にデータとか載ってるやつはちゃんと参考文献に載せなさいね』
「あー……そういや書いてねっす」
普段私に見せてくれるような明るい顔じゃなく、どっちかというと嫌そうな顔。
私が見たことない表情。
私には見せてくれない、顔。
『やっぱりね。あの教授、本だとなんも言わないけど、ネットの情報になった途端すっごい厳しいわよ。根拠薄いって判断したら即減点だから』
「……マジです?」
『マジマジ。見てたサイトのURLメッセージで送るから後で足しときなさいよ。よかったわねぇ♡頼りになる先輩がいてぇ♡』
「うっざ……」
『えっ、今先輩にうざいって言った?ねぇちょっと!!今あんたうざいって言ったぁ!?』
話してる人の声は聞こえないけど……
今のお兄さん、凄く、楽しそうにお話してる。
笑ってる。
「うっさ」
『あんた後輩の自覚ある?レポートのミス指摘して罵倒とかなんなの?バカなの?死ぬの?』
「ご指摘あざまーす」
『か、感謝が羽根の様に軽いっ!……まぁいいわ。そんなことよりあんた、今度の土曜空いてる?』
「ん……まぁ一応」
私、やっぱり迷惑になっちゃってるのかな。
ずっとおしゃべりばっかりで、いやな子だと思われてないかな……
『明日講義終わったら飲み行くわよ。私一人だと門前払いからの通報コンボ食らうから付き合いなさい』
「いやです。じゃ、お疲れ様ーっす」
『せめて断り文句はもうちょい捻れ───っ!』
「うるさっ。分かりました分かりました、また連絡しますんで。……ごめん雛ちゃん、お待たせ……雛ちゃん?」
……なんか、もやもやする。
家にいるときと、同じ感じがする。
悲しいような、苦しいような、寂しいような。
「おーい?だいじょぶ?」
「へ?あっ、うっ、うん!」
「そう?ならいいけど」
そう言うとお兄さんは立ち上がって、こっちを見てまた笑顔になる。
さっきまでのもやもやが、ちょっぴり無くなったような気がした。
「雛ちゃんこれから帰りだろ?」
「え?う、うんっ」
「送ってくぜ。帰り道一人じゃ危ねぇだろ」
嬉しいけど、迷惑じゃないかな。
お兄さんは優しいから、ほんとは嫌なの、我慢してないのかな。
「いいの?」
「おう。ほら、これ食いながら帰ろうぜ」
まるで私がもっとお話ししたかったのを分かってたみたいにそう言ってくれるお兄さんがかっこよくて。
また私は、お兄さんに甘えちゃうんだ。
「わっ、これ安城さんのとこのお饅頭?」
「家で食べてたら親御さんに怒られるかもだし、歩いて話しながら食べちゃおう」
学校帰りに買い物したり、食べながら歩くのはすっごくお行儀が悪いのに。
そんなことを楽しそうに誘うお兄さんは、やっぱりいい人にしか見えないの。
「たまには悪いことしような。その方が楽しいぜ」
「うんっ!」
だから、ありがとう。
次会ったら、ちゃんと言わなきゃ。
(……あーくそ。訳分かんなくなってきた。なんで俺はこんなことしてんだ。関わりたくねぇ)
(そうだ、関わりたくねぇ、はずなんだ。なのに……)
(なんであの子が、あんなに寂しそうに見えたんだ。なんで俺はこの子と一緒にいるんだよ)
(訳わかんねぇよ……)
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