第3話 属性のカバー範囲が広いのはいい事ばかりじゃないと思う





 確かに俺は、今までなるべくメスガキと関わらないよう日常を過ごしてきた。

 じゃあそうしていたら絶対にメスガキに絡まれないのか?

 答えはノーだ。幸せは歩いてはやってこないのに、メスガキはやってくる。

 イカれてる?それ、誉め言葉じゃないね。クソがっ。


 例えばカラオケに行った時。

 何曲か歌い終わってから、飲み物を取りに行ってくるか、と席を立つこともあるだろう。


 ここで注意しなくてはならないのはそう、『他の部屋を覗きこまないこと』だ。


 何故か。そう、メスガキがいるからである。なんで?

 奴らは一人、あるいは複数人でカラオケを利用し、自分達を目撃した不特定なターゲットを部屋に引きずり込むことがある。イソギンチャクかおのれらは。

 カラオケって会員登録に年齢制限あったよな?と思ったが、ここはそういう世界。世界がメスガキに有利な決戦のバトルフィールドを提供しているとしか思えない。



『あれあれ~? お歌も歌わないでどこ見てるのぉ?♡』


『メスガキが……っ。大人をからかいやがって……!!』



 稀に覗くとこんな光景が広がっているのだから悍ましい。

 監視カメラと店員仕事してくれ。飾りとちゃうねんぞ。もっとも出禁にしたところで次から次へ同じようなのが来てるのかもしれない。


 だがそんなメスガキ達も地球上全ての場所に現れるわけじゃあない。

 『メスガキが現れない場所』は確実に存在する。







「……なんだこの課題。先行論文なんか出てねぇじゃねぇか。教授が嘘ついてるとはってねぇけど、どういうことだこれ」



 さて、今俺がいるのは大学内にある図書室。この世界における数少ないメスガキと遭遇することの無い、いわば安全地帯である。

 安全地帯の多くは年齢制限や立ち入り制限がある場合だ。居酒屋や、それこそ今俺がいる大学構内とかだな。もっとも、現時点ではだが。


 だがそういう場所は得てして長居が出来ない。

 絶対的な安全の保障など、それこそ自宅か実家くらいしかない。


 それに奴ら、恐ろしいことに大学近辺には普通に出没する。

 分かるか?なんか同じ講義で見たことあるなーってやつが、幼女に手を引かれて人目につかないような所へ連れてかれるのを見る気持ちが。

 野郎も野郎で頑なに手を振りほどかねぇの。なんなの?魂まで離してしまうからなの? 



「過去の資料を参考にしろっつってたよなぁ。なんだぁこいつぅ……訳わかんねぇ」



 一般性癖をお持ちの方々には大変申し訳ないが残念なことに、この世界の男はロリコンばかりだ。

 幼女に近づかれただけで赤面する(最大限オブラートで包んだ表現)ような男しかいない、そんな世の中。

 おかしくね?その辺歩いてるだけで「分からせてやる……!」とか聞こえてくるの。

 それより前に教授達は講義を理解らせてぇと思ってるぞ。


 大学構内は通常関係者以外立ち入り禁止だし、普通に考えるなら子供が入る余地は無い、それは確かだ。

 つまるところ安全地帯。メスガキ不可侵領域とも呼ぶべきだろう。



「あれぇ? 2年がこの時間に図書室なんかで何してるのぉ?」


「……」



 ……うわ出た。黒基調ロリータ服の幼女だ。

 大学ならメスガキはいないと思っていたのか?いるんだなぁこれがぁ! 






 ……いや、なんでいんだよッ!! 

 よりにもよってレポート詰まってる時にくんなよマジで……ッ!! 



「……ふぅーん。レポートやってるのね」



 落ち着け、冷静になれ。そもそも誰なんだこの子供。

 見た目150センチ届かないくらいの背だが、教授の孫娘とかか?その可能性はあるな。

 つーか図書室なんだから本読みに来てるに決まってんだろ……



「ちょっと無視~?返事くらいしなさいよぉ、ねぇ」


「……ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」


「はぁ?だったら何よ。私が出てかなきゃいけない道理はないわよ」



 これは……マジで教授の娘説出て来たな。

 どの教授かは知らないが、娘がメスガキになったら泣いていいと思う。

 あるいは教授も犬なのか。だとしたらもう少し腰を大事にしてくれ。



「ねぇ何読んでんのぉ?」


「教授に出されたレポート課題……宿題だな」


「なんで今言い直したの?」



 そりゃ子供に難しい言葉は使っちゃいけないからな。

 いつからなんだろうな、宿題が課題に変わるのって。大学からか?

 そんな現実逃避だけが嫌に冴えわたってやがるぜ。



「レポート苦戦してるのぉ?ざっこ♡単位取るのやめちゃえばぁ?」


「苦戦っつーか……ここの教授、出席とか採点緩い癖に、期限にやたら厳しいからな。一日でも遅れると即アウトだから余裕がねぇ。先行研究……前例もなさそうでな、参考にもできねぇし」



 一つ一つの発言が腹立つが、万が一教授の内誰かの娘だったら後が怖い。

 適当にいなしてやり過ごすほかない。


 ここで役に立つのが、今までメスガキと遭遇した際に培ってきたノウハウ。

 メスガキ相手にはマジレス、素直、冷静の3つを保ち続けるのが回避のコツだ。

 ここで慌てて否定や、見得を張って「負けないが!?」とか言ってしまうとメスガキ√固定、つまりバッドエンドとなってしまう。



「それ出たの4日前でしょ?なんで出てすぐ取り掛からなかったのぉ?」


「よく知ってんな。ほらあれだ、ちょっと調子が出なくてな」


「……飲み会、サークル、ソシャゲ。あとは……バイト?」


「ヴッ」



 現実逃避から逃れることを許さない、鋭く俺を傷つける言葉の刃。

 嫌にするどいメスガキの観察眼共に繰り出されるそれはまさに致命の一撃。

 その眼は現代社会に鬱屈した青年~中高年の心情を容易く見抜き、効率的な屈服への最短経路を導くという。

 俺は屈服とは無縁だが、普通に傷つくからやめてほしい。あとソシャゲはあんまりやらねぇ。



「バイトしちゃダメとは言わないけど、それで提出遅れちゃ元も子もないでしょぉ?」


「へっ、ぐうの音も出ねぇな」


「なんでちょっと偉そうなの……。その教授、確か去年もおんなじような課題出してたし、誰かに見せてもらえばぁ? 参考になる資料探せばいくらでもあるでしょ?」


「マジ?あっ、過去の資料ってそういうことかよ今気づいた。つか、ほんとによく知ってんな嬢ちゃん。歳いくつだ?中学生くらい?」



 さては教授、結構な頻度でこの子供研究室に連れてきてんな?10代にしては妙に理知的なのもその影響か。

 大学構内は安息地帯だと思ってたが、そうでもないことが証明されてしまったな……

 これからの課題は家でやるしかねぇか。



「……ちょっと、レディに歳を聞くのはマナーがなってないんじゃないかしらぁ?」



 なに眉ピクピクさせてんだこのメスガキ。


 レディ(笑)


 マナー(爆)



「なぁに笑ってんのよぉ!!」


「いやぁ、そういうの気にするお年頃なんだなぁと思ってな。悪い悪い叩くな叩くな、悪気はねぇんだ」










「先輩に向かって言うことじゃないでしょうがぁ!!」



 ……は?

 えっ、なに、そういう属性もいるのこの世界。











 私は激怒した。かのクソ生意気な後輩をどうイビり倒してやろうかと考えていた。

 図書館で騒ぐわけにもいかないし、いい時間だったしひとまず学食まで連れてきてやったわけだけど……



「いやほんとすんませんって」


「許せないのよ……私の年と身長をバカにする奴だけは……っ!!」


「いや、馬鹿にしたわけじゃ」


「シャラップっ!!」



 言い訳など聞きたくないっ!!

 悪かったわね、背が伸びなくてっ!ちんちくりんでっ!

 ここ十年で背が伸びた気がまったくしない身が恨めしいわっ!!



「ケッ、どうせ私はチビですよーだ……新歓に出れば補導確定の女ですよーだ」


「そりゃご愁傷様っすねー……」



 しかしこいつ、この後輩。1学年離れてるとはいえほんとに私のこと知らなかったのか。

 非常に、ひっっっじょーに不本意だが、私結構有名だと思ってたんだけどな。

 ゴスロリ着たチビなんて滅多なことじゃいないし。



「ねーほんとに私のこと構内で見たことないの?すっごい目立つと自分でも思ってるんだけど」


「あー……なんででしょーね。不思議っすねー」



 露骨に目を逸らしたなこいつ。

 なんか怪しいけど……まーそういう生徒もいるのか。

 ボッチ貫いてたのかな。そう思うと可愛く見えてこなくもない。



「今すっげー失礼なこと考えませんでした?」


「いやぁ?別にぃ?まぁいいわ。これもなんかの縁だし、レポート手伝ってあげよっか?」


「いや結構です」


「凄い早口で言い切ったわね!?なんで!?」


「いや、出来るだけ関わりたくないんで……」



 そこまで言わなくてよくないっ!?

 一応先輩よ私っ!?



「いやほんとマジで勘弁してください。ほんと想像するだけで吐きそうなんで……」


「泣くわよ!?チヤホヤされて生きてきたからそういう反応されるとまじで泣くわよっ!?」



 吐くほどって何よ!?顔!?顔なの!?

 顔はいい自信あるわよ私!だからと言って人生イージーだったかって言われるとそうでもないけど。



「私あんたになんかした!?初対面で吐きそうってどゆことよマジでっ!?」


「……存在が」


「あんたの親でも殺したの私……っ!?」


「いや、先輩が悪い訳じゃないんすけどね……。世界が悪いっつーか……」


「世界とはまた大きく出たわねっ!?」



 嘘でしょ、初対面で存在否定されることある? 

 二十二年生きてて可愛い私に妬みつらみはあっても、こんな罵倒されたの初めてなんだけど!?



「……まぁなんだっていいわ。食べ終わったらさっさとレポート終わらせちゃいなさいよ。なんかの縁だし手伝ったげるから」


「え。いや悪いですし、いっすよ」


「過去レポ探すことすら思いついてなかったのに遠慮なんかすんじゃないわよ」


「ヴッ……」



 別に嫌われてる……ってわけじゃなさそう。私の見た目とか接し方が苦手とか?

 その割にさっきの初対面の時は普通な感じだったし、やっぱり外見に原因があるっぽいわね。ゴスロリが原因なら変えないけど。


 にしてもこいつのやってるレポート、あたしも苦戦したっけなぁ……懐かしい。

 教授も分かってて言ってんのよね、過去の資料を参考に書けって。

 色々楽委になるから先輩方とコミュニケーション取っとけよーって暗に言ってるのよね。いやらしいったらありゃしない。



「それね、えらそーなこと言ったけど私も先輩に手伝ってもらったのよ。だから、まぁ、ね」


「……なら、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」


「それでいいの。さっ、さっさと食べて終わらしちゃうわよ」



 ファーストコンタクトはよくなかったけど、こういう出会いもまぁ悪いもんじゃないわね。

 新しくできた後輩に、ほんの少し手を貸してあげるとしましょうか。


 ……にしてもなんでこいつ、私と頑なに目ぇ合わせないのかしらね……? 



「……とりあえず、経過観察ってことで、よろしくです」


「あたしは術後患者かなにか!?」


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