第16話 閑話休題 クリスマス弐

 さすがにチキンとケーキをホール食いしたら、健康な男子高校生とはいえ、腹いっぱいで動けなくなった。だらしがないと思いつつ、俺と明はそれぞれソファーに寝転んで、スマホをいじったりぽつぽつとそれぞれの学校生活について話をしたりした。

「こんなクリスマス初めてだわ」

 俺が言うと、明は「俺も」と返してくる。

「俺、いっつも家族とクリスマスイブにホームパーティーっていうかそういうのやってたから、友達とクリスマス過ごすのは初めて」

 お前のなかで俺って友達認定されてたんだな。心の中で驚きつつ、こいつが今まで送ってきたであろう幸せそうなクリスマスに思いをはせる。俺のことはいけ好かないと思ってそうだし、妙にツンツンした態度をとってくるが、明は基本的にいい奴なんだろう。そしてそれは、家族や友達に愛されてきて育った証にも思える。

「明日も学校あるし、そろそろ事務所閉めて、寮に帰るか」

 時計はもう既に21時を回っている。

「そうだな」

 俺の提案に明も頷いて、のそりのそりと動きながら片付けを始めた。俺も掃除機を物置から取って来て床を掃除する。15分程で粗方片付いて、明日所長が来ても文句を言われなさそうなくらいにはなった。

「よし、明帰ろう」

 鞄から事務所の鍵を取り出して明を呼ぶ。明は奥の仮眠室や給湯室の照明を消してから荷物を持ち、やってきた。最後に全体の電気を消し、鍵をかけて、事務所がある2階から階段を下りて地上に出る。びゅうっと冷たい風が吹き付け、マフラーがないことを思い出す。

「寒いな」

 明も目を細めて風を顔で受けていた。

「ああ、寒い」

 明に肯定の言葉を返すと、明が「あ、やべ、忘れてた」と鞄の中に手を突っ込んだ。

「どうした? 事務所戻るか?」

「ううん、そうじゃない」

 首を振った明が「はい」と紙の包装紙に包まれたものを俺に渡してきた。

「え、なに」

「プレゼント。クリスマスだろ?」

 予想外の答えに「え」としか返せない。「開けてみろよ」という明の言葉で、暗い夜道に突っ立ったまま、紙の包装紙をびりびりと破く。中からグレーの布が出てきた。

「え」

「マフラー」

 紙の包装紙を自分の鞄に突っ込んで、プレゼントを広げる。

「こないだ、バケモノ祓いに行ったときに無くなったって言ってただろ? だから」

「何だそれ……」

「は? 嫌なのかよ」

 思わず漏れた俺の言葉に、明がムッとしたように眉をしかめる。

「ちがう、そうじゃない」

 また冷たい風が俺たちに吹いて、俺は自分の手にあるグレーのマフラーをすぐ首に巻いた。

「プレゼント、初めてもらった」

「え?」

「クリスマスプレゼント、もらうのはじめて」

 なるべく明の目を見て、言葉を紡ぐ。

「うれしい、ありがと」

 幼稚舎から光陰で寮生活をしていたから、特別家族と不仲というわけじゃないが、クリスマスみたいなイベント事とは無縁だった。それを不幸だとも辛いとも思ったことはないけど、このマフラーが俺にとって特別なものになる予感がした。

「……久斗、正月は実家に帰るのか?」

「いいや? 年末年始みたいな人が動くときはバケモノもウゴキがちだからね。元日はハレだから暇だろうけど、年末年始は事務所にいる」

「正月は寿司にするからお前も金だせよ」

 明はそれだけ言って、前を向き歩き出す。その後ろを少し離れて歩いてみる。

 執着など持たずに生きてきた。その方が生き残りやすいと知っている。

 でも明は、自分が意識を失うくらいの力で俺を守ってくれた。そんな彼を眩しく思うし、少し愛おしくも思っているのかもしれない。正月も明と寿司が食べたいな。できれば来年のクリスマスもお互い無事で、またチキンをむさぼりたい。俺は自分の生まれた揺らめく欲求を受け入れる心境になったのだった。

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