第15話 閑話休題 クリスマス壱

 祓師には世の中のカレンダーは関係ない。街がいくらクリスマスに浮かれていようと、俺には関係ない。学校終わりに制服のまま、イルミネーションで光るクリスマスイブの街を足早に歩く。先週仕事中にバケモノにマフラーをクワレテしまったので、首元が寒い。はやく新しいものを買わなければと思っているが、冬は繫忙期なので機会を逃している。

 寒い中歩いて、シノノメ探偵社に辿り着く。明日は終業式だからしばらく終日仕事をすることになる。いつも通りドアを開けると、思ってもみなかった奴が中にいて驚いた。

「明」

 事務所のソファーに座った明が机の上に冬課題を広げて問題を解いていた。俺たち祓師科と違って、明の所属する普通科は冬休みに出される課題もそこそこあるのだろう。大変だなと思いつつ、向かいのソファーに座った。

「久斗、遅かったな」

「担任と話してた。明、今日木曜だけどどうした?」

 普通科の明は俺と違って金曜日だけ、インターンに来るはずだ。ユメグイのときみたいに案件があるならともかく、今日は来る予定はなかったと思う。

「今日は何の日か知ってるか?」

「え、お前の誕生日?」

 全く心当たりがなく、適当に答える。

「ぶぶー」

 課題から視線を上げた明が口をとがらせて声を発する。……不覚にも可愛いなどと思ってしまった。最近だめだ。ユメグイに遭遇して、明に助けられてから、……俺を助けて、参日目を覚まさなかった明の顔を見続けた時から、明に対する庇護欲のような感情が湧いているのだ。情には薄い方だという自覚があるのに、おかしい。

「じゃあ、何の日だよ」

「クリスマスイブ」

 明から示された答えは、あまりにも当たり前で拍子抜けしてしまった。

「で? クリスマスイブだから事務所に来たってこと? 関係なくない?」

 すると、机の上に広げた課題をざっと一か所に集めた明が、そのまま立ち上がり、給湯室へ向かった。そして戻ってきた明の手には、チキンやポテトが入っているであろうボックスがあった。

「お前がクリスマスイブなのに事務所で寂しくインターンするって所長に聞いたから、買ってきてやった」

 うまそうなチキンの匂いに食欲が刺激される。

「どうせクリスマスイブにバケモノの話持ってくる人なんていないだろ? クリスマスパーティーしようぜ」 

 明は給湯室の冷蔵庫で冷やしていたのか、コーラの2Lペットボトルとグラスふたつも持ってきた。

 ……なんだこいつ。何が目的でこんなことをしているんだ。

 わけがわからず黙ってみていたら、先にチキンにかぶりついた明が、怪訝な顔でこっちを見る。

「何だよ、食わねぇのかよ」

「いや、食べる」

 チキンを手にとり、食べる。うまい。ジャンキーな味を舌が喜んでいるのがわかる。そのままコーラを一口飲んで、ポテトにも手を伸ばす。少し前に買ってきてくれたのだろう。決して熱々ではないが、しんなりしたポテトもうまかった。

「うまいな」

「だろ?」

 独り言のようにこぼした俺に、明が笑いかける。

「っ」

 声にならない声が出た。

「ケーキも買ってるんだぜ? あ、スイーツとか嫌いか?」

「いや……食うけど」

「よかった」

 また笑う。

 なんだよ。

 なんだよ、田町明。

 嬉しいような気もするし、無性に苛立つような気もする。ある程度感情のコントロールを訓練してきた自分が、こんな風に思考を揺らすことに対して、整理がつかなくて、とりあえずチキンに手を伸ばした。明はチキンをかなり多めに買ってきてくれたみたいで、高校生男子ふたりで食べても、満足感のある量だった。

 そのあと、小ぶりなショートケーキがホールで出てくる。チョコレートでできた板には、MerryChristmasと書かれている。

「切り分けようかとも思ったけど、残してもしょうがないし、ホール食いしようぜ」

 そういって明にフォークを渡される。

「まだ食べれるか?」

「勿論」

 ぐさりとケーキにフォークを突き刺した。口に入れると甘いスポンジとクリーム、苺の酸味のバランスが広がる。うまい。

「うまいな、このケーキ」

「だろ? 伊沢に教えてもらった」

「ふーん」

 その後は二人とも無言でひたすらケーキを食べ続けた。

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