第13話 ユメグイ参

 あの屋敷で出会ったバケモノ以来、そういったものに触れてこなかった明は、目の前にしたバケモノのような男の姿に、自分の身体が固くなっているのがわかった。どうすればいいのかまったくわからず、久斗と繋いだままの手が自分の命綱のように思えた。

『明、聞こえるか』

 突然、久斗の声が頭に響いた。しかし久斗は声を発していない。

『簡単に言うとテレパシーみたいなものだ。明、ユメグイは習ったか?』

 頭に響く声にどう返事をしていいかわからないが、明は頭の中で「ああ」と肯定した。

『そうそう、テレパシー使えてるぞ。上手だ』

 どうやら明の声も久斗に聞こえているらしい。

『ユメグイを知ってるなら話がはやい。たぶんだけど、所長が繋いでくれてる夢の出入り口がユメグイに遮断された。ただ、所長もそのことには気づいているはずだ。だから別の場所の出口から脱出する。俺が手を離したら、明はその出口を探せ』

 お前はどうするんだの意味を込めて、明は久斗の手を握る力もぎゅっと強めた。しかし、明の問いには答えず、久斗がパッと手を離した。その瞬間、ユメグイの周りで空気が爆発した。

「走れ!」

 一瞬立ち尽くした明だったが、久斗に強く身体を押され、わけもわからず走り出す。誰もいない赤松の夢の中のビルの廊下を一心不乱に駆けていった。



 一方、明がいなくなったエレベーターホールで、久斗は自分がこのユメグイと戦わなくてはならないだろうことを覚悟していた。今までもシノノメ探偵社での仕事で何度かユメグイと遭遇したことはあったが、今回のユメグイはかなり最終段階に近くなっていた。おそらく数人の魂は食っているだろう。赤松の魂を食べれば完全にバケモノに成るのかもしれない。今まで討伐したユメグイはサクッと捕獲して祓師協会に渡していたが、今回はそう簡単にはいかなさそうだ。幸いなことに赤松の姿はこの辺りになく、守りながら戦う必要はない。ユメグイがエレベーターホールにいたということは赤松はエレベーターに乗っているのかもしれない。さっさと場所を移動して、戦おうと考える。

「何故、こんなことをしている?」

 対峙するユメグイに言葉を投げると、ユメグイのオーラがぐにゃりと歪み、禍々しさを濃くした。

「わからないだろう。お前らのような元から強いやつは! 力が欲しい。それだけだ!」

 ユメグイは叫ぶと久斗の方へ襲い掛かってきた。久斗も持ってきたお守り刀を抜いて攻撃を流し、応戦する。ただ、そのまま戦うよりはエレベーターホールから離れることを優先して、走り出した。

「まてっ」

 待てと言われて待つ奴もいないよなと思いながら、暗い廊下を走る。階段に突き当たって、下に下る。どうやら最初に転移した場所は最上階だったようだ。エレベーターが上に上がって来ていたようだったから、なるべく下の階に移動した方が良さそうだと考えて、ひたすら階段を下った。



 久斗と分かれた明は、必死に出口を探していた。建物の外に繋がりそうな扉や窓を片っ端から開いてみる。しかし、大抵は別の空間に繋がっていたり、開かなかったりした。不気味なリノリウムの床を蹴りながら、諦めず出口を探す。分かれた久斗のことが気がかりだったが、久斗ならきっと大丈夫だと自分に言い聞かせて、自分のやるべきことをやろうと心の中で念じた。

 様々なドアを開けていると、何度も同じ場所に出たり、階段を通ったわけでもないのに階を移動したりしていることに気づく。不気味だが、ここが赤松の夢の世界だと考えれば、通常あり得ない建物の構造もそういうものだと思うことができた。

 明は今いる階の突き当りにある観音開きのドアを勢いよく開いて、そのまま走りこんだ。

「あきらっ!」

 突然名前を呼ばれて足が止まる。

 運悪く明が開いた扉は、久斗とユメグイのいるフロアへ繋がっていた。

 互いに得物を持って、対峙していた久斗とユメグイのちょうど間に、明は飛び出してしまっていた。ユメグイの視線が久斗から明に移る。ユメグイは明のことを品定めするように、嘗め回すように見つめた。

「こっちをクウのが効率がいいか?」

「明っ」

 ユメグイが明に勢いよく掴みかかろうとした。その瞬間、明は右手を強く握られ、ぐっと強く後ろに引っ張られた。明の身体が後ろへ飛び、ユメグイと明の間に久斗が身体を滑り込ませた。明の魂を食らおうとしたユメグイが勢いそのままに、久斗の魂を食らおうとする。その瞬間が明にはスローモーションに見えた。咄嗟に久斗は何か術を放ったが、ユメグイも諦め悪く、久斗の魂の欠片を掴んだ。普段は明には魂なんて見えないが、そのとき久斗の身体から引き離される魂の欠片が明の目にハッキリと映った。魂が何なのか明にはわからない。しかし、その欠片が大切なもので、久斗から奪われてはならないものだということはよくわかった。何より、このままでは、久斗も明も魂を食われ、赤松も同じ末路を辿ることになる。

 このとき、明の頭は真っ白に塗りつぶされた。


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