第7話 みえるものまもるものつかうもの参
光陰高校はいわゆる霊能力を持つ児童・生徒の保護及び、祓師と呼ばれるバケモノと戦う
霊能力者の育成を目的とした学校法人である。幼稚舎、初等部、中等部、高等部から成り、中等部からは普通科、予言科、祓師科、式神科の4つの科に分かれる。明にはそれぞれの科がどのような特色を持っているのかはよくわからなかったが、「普通科」以外まったく聞き馴染みもない学科名だったので、普通科に編入することになって少し安心した。10月1日の朝、真新しい制服に身を包んで職員室に出向くと、先生に迎えられた。
「この後5分ほど職朝があるから、その後一緒に教室に行こう。廊下で待っててくれるかい?」
「はい」
もう生徒たちは教室にいるのか、職員室前の廊下には誰もいない。一度職員室に引っ込んだ先生が出てくるまで、ぼんやりと窓から見える校舎を眺める。
「こうして見たら、普通の学校に見えるのにな」
幼稚舎から高等部までが近い敷地内に集まっているので、小さな学園都市のような様子ではあるが、校舎自体は一般的なつくりだ。ここに来るまで、大量のお札が張り付けてあるだとか、結界みたいな図形が刻まれている壁を想像していたので、自分が今、霊能力者のための学校にいるという実感がまだ湧いていない。職員室に引っ込んできっかり5分後、先生はガラガラと扉を開けて明の前に現れた。
「田町くん待たせたね。行こうか」
手に配布物やチョークケースを持つ先生の姿も、明が今まで通っていた高校の国語の先生と何ら変わらない。しかし、彼は自分の名前を捨て、生きている。とても不思議な感じがした。明が17年間育ててきた常識から考えれば、名を捨てるということは意味が分からないし、恐ろしく思うのに、当の本人である先生が穏やかな様子なのが奇妙だった。
先を歩く先生の後をついて歩く。180㎝は超えているであろう先生と平均身長適度の明では、コンパスに差がありすぎて、最初は小走りになっていたが、途中で明の様子に気づいた先生が歩くペースを落としてくれた。ありがたいが情けない気持ちになる。
「さて、ここが2年普通科クラスだ」
教室のドアの真上に2・普通科と書かれた札があり、廊下側にぴょんっと出ていた。光陰高校は学科につき、1クラスずつしかないらしく、一組二組やA組B組といった呼び方ではなく、そのまま学科名でクラスを呼んでいるようだった。
「今は30人の生徒がいて、君が31人目になる。いい生徒たちだから安心して」
「はい」
神妙に返事をしたものの、小中学校は地元の公立校に通い、高校も同じ中学から進学する同級生がたくさんいる普通科高校に進学した明には、転入のあいさつなど初めての体験だ。何をどう言えばいいのかもわからず、テンパってわけのわからないことを口走りそうだ。そんな明の落ち着かない気持ちなど知らない先生は、すぐにガラガラとドアを開け、中に入っていく。教室に入りながら先生は明に「呼んだら入って来て」と小声で伝える。まだ廊下で待機しなくてはならないらしい。しかし、ドアについた小さめの窓から明を見つけた生徒たちは、目をキラキラと輝かせて、明と先生を交互に見つめていた。転入生が来たとき特有のハイテンションになっているのが伝わってくる。
「はい、みなさんおはようございます」
「おはようございまーす!」
教室の中から先生と生徒たちの元気なあいさつが聞こえてきた。
「まず、図書館だよりとか配りたいんだけど、君たちそれどころじゃなさそうだね」
「先生! 転入生! 転入生!」
「そうそう。そうだからあんまり興奮しないの。突然ですが、今日から普通科の生徒がひとり増えることになりました。うちの学校広いし、独特のルールも多いから、困ってたら積極的に声かけてあげて。じゃあ田町くん、入って」
ドア窓のガラス越しに先生と目が合い、小さく頷き、ドアを開ける。
「おはようございまーーーす!」
緊張を振り払うように元気にあいさつしようとしたら、自分の思っていた以上にバカでかい声が出てしまった。
「おはよーー」
自分のデカ声に頭が真っ白になっていると、1番前の席の男子生徒が大きな声であいさつを返してくれた。その声に正気を取り戻し、自己紹介を始める。
「えっと、田町明です。よろしくお願いします」
明が一礼すると、クラスの生徒たちはにこにこと笑って拍手をしてくれた。その温かい雰囲気にほっと息をつく。
「じゃあ田町くんは一番後ろの空いてる席ね」
先生が示したのは窓側から二列目の一番後ろの席だった。
「伊沢、色々教えてやってね」
「はい」
聡明そうなボブヘアの女子生徒がこくっと頷いた。隣の席に座った明に女子生徒が自己紹介をしてくれた。
「私、伊沢舞香。よろしくね」
「よろしく」
「はい、じゃあ図書だより配るよ」
新生活は不安がいっぱいだが、このクラスでよかったなと明は思った。
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