第3話

「アイラ、今日の予定は?」

 ご主人様は多忙で、一週間先まで予定が入っている。

「本日は教会で奉仕活動です。9時から11時まで回復魔法で治癒活動、11時から13時まで炊き出しの配膳、休憩を挟み15時から18時まで再び回復魔法での治癒活動です」

 今日の予定を聞いたご主人様は顔を顰め、ため息を吐く。

「またなの? 教会にこびを売る必要なんてないのに、お父様もよく引き受けるわね。まあいいわ。準備しなさい」

「はい」

 準備をするといっても教会に行くだけなので用意するものは少ない。境界まで移動するために必要な日傘や少々の現金を用意するだけでいい。

 5分とかからずに用意を終え、待たせてしまったご主人様に頭を下げる。

「お待たせしました」

「行くわよ。面倒だけど遅れるのはよくないからね」

 ご主人様のキレイな肌を守るように傘をさし、教会へ移動する。

 教会に到着すると司教がご主人様を出迎えた。

 50代の中肉中背の老人は実年齢より少し若く見える。

 司教はニッコリと笑いご主人様に声をかけた。

「本日はお越しいただきありがとうございます、エリーゼ様」

 お嬢様も先ほどまで出ていた退屈さを笑顔の後ろに隠し、応える。

「ええ、ポルコ司教もお出迎え有難うございます」

 時間は9時少し前、教会前には少し人だかりができている。

 ご主人様は人だかりに視線をやり教会の中へ入っていく。

 教会で活動するからといってご主人様はシスター服に着替えることはない。教会の人間ではないためその義務が存在しない。教会が支給するシスター服は質が低くご主人様が着るような品物ではないということも理由に含まれる。どちらかというと後者のの理由が大きいと思う。憶測でしかないけど、ご主人様は自身の所属よりも自分が身に付けるものなどを重視する傾向があるので間違い無いと思う。

 教会の医務室に移動し、ご主人様の後ろに控える。

 しばらくすると時間になり、患者が入ってきた。

 最初の患者は初老の男性。農家なのか野菜を抱えている。農家にしては痩せているので零細農家なのだろう。

 ご主人様が聖女の笑顔で男性に尋ねる。

「おはようございます。本日はどちらの調子が良く無いですか?」

 初老の男性は胸を押さえて応える。

「はい。実は、最近胸が痛むんです」

 ご主人様は男性の言葉の意味がわからず首を傾げる。そんな仕草がいちいち可愛らしい。私もよく分からず、内心首を傾げる。

 首は傾げたが、表情に出さなかったご主人様は笑顔のまま再び男性に尋ねた。

「どのように胸が痛むのですか? できるだけ具体的に教えてくれますか?」

「…… 最近、突然胸から背にかけて突き抜けるような痛みを感じるんです。今はなんとも無いんですが、ときどきズキンと」

 ご主人様は真剣に男性の話を聞いている。私は医学の心得がないのでどのような病の症状かわからないが、ご主人様の魔法なら余裕で治すことができるだろう。

 ご主人様も私と同じ考えなのか男性の胸に手をかざし、回復魔法をかける。

「これで良くなったと思います。もしまた胸が痛むことがありましたらもう一度教会を訪ねてください。教会はいつでも歓迎しますよ」

 ご主人様に治癒された男性は深々と頭を下げ、ご主人様に持ってきた野菜を手渡した。

「ありがとうございます、ありがとうございます。これは、お礼です。聖女様の口に合うか分かりませんが、受け取ってください」

「ありがとうございます。美味しくいただきますね」

 笑顔で初老の男性を見送ると、ご主人様が私に野菜を渡す。

「適当に処理しておきなさい」

「見たところご主人様の口に入れるようなものではありませんので、料理長に渡して使用人たちの賄いにしてもらいます」

「分かったわ」

 会話が終わると医務室の扉が開き新しい患者が入ってくる。ご主人様は一瞬で笑顔に切り替え、患者を歓迎した。


 11時になると助祭がご主人様を呼びにきた。

 ご主人を呼ぶというのに助祭とはやはり教会はクソだ。教会内で助祭がどれほどの地位にいるかわからないが、助という字が入っている時点で司教や司祭よりも下の地位にいることは確かだ。この教会では司教が一番ということはなんとなくだが分かっているので、下っ端である助祭をご主人様に寄越すとは全くもってふざけている。本来なら聖職者など教皇でなければご主人様に合うことができないが、教皇は王都の教会にいるので司教で妥協している。しかし、助祭は許せない。

 そんな私の心情を察知したのか、ご主人様は私の手を握る。ハッとし、助祭を見る。顔には出ていなかったようで助祭はご主人様の行動に首を傾げている。

 ご主人様に頭を下げる。

「早く案内してください」

 ご主人様に促された助祭は教会前の炊き出しスペースに案内する。

 すでに炊き出しは始まっており、教会の前には最初に見た時以上の人だかりができている。ご主人様は聖女と謳われているので真ん中の寸胴鍋に案内される。

 私は、ご主人様の補助としてすぐに護ることのできる位置に立つ。

「どうぞ」

 聖女と言われているご主人様は人気で、他の列の二倍はある。

 ご主人様が聖女の笑みを崩していないのに私が表情を崩すわけにはいかない。正直、ご主人様以外に笑顔を見せるなんてしたくないが、仕方がない。物心ついた時からご主人様付きのメイド長に鍛えられた笑みを貼り付ける。

 ご主人様の慈悲に感激しながらご主人様の補助をしていると面倒な炊き出しが終わった。ご主人様の素晴らしい試合を見ることができるのは素晴らしいと思うが、やはり面倒だ。


 炊き出しを終えると休憩だ。

 教会から食事を用意されるが、やはりいいものではない。というか、先ほどの炊き出しで出されたものと同じものをご主人様に出すなど、やはり教会はふざけている。

 そんな粗食だが、ご主人様は嫌な顔ひとつせず完食した。素敵です、ご主人様。

 休憩を終え、午後の診療も何事もなく終えるとようやく館に帰ることができた。

「しばらくは教会に行かないとお父様に伝えておいて」

「分かりました」

 自室に入ってすぐ、ご主人様は私に言った。教会に行った後は必ず言っているが、今日は特に言うのが早かった。それに、基本的にはご自身で両親に言われるので非常に珍しい。やはり、あの昼食がいけなかったのだろう。ご主人様の愛の奴隷である私ですらあり得ないと思ったのだ。エバンス家の使用人以下の食事を出されたのだからご主人様の怒りは私には想像できない。

 それでも、やはり私はご主人様が素晴らしい人間だと思う。私なら二度と教会に行かないという。

…… 

ご主人様との日課であるSMプレイは普段よりも過激で素晴らしかった。

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