桜の木の下にはなにがある?
よすが 爽晴
幽霊なんていません!
佐々木あやめは知っている。
この世界にお化けなんていない事も、幽霊や妖怪は小説の世界にしかいないって事も。超能力が本当はマジックだって事も、全部全部知っている。
ぜんぶ、知っているのに。
「…………やっぱり無理、もう学校きたくない、校門通りたくない」
「ごめんって、あやめ」
「けど本当なんだよ、うちの学校、幽霊出るって」
「カナちゃん追い打ちかけないで」
進級してから三週間くらい、新しいクラスにも慣れてきたそんな日の昼休みに、私佐々木あやめは教室の隅でダンゴムシみたいに丸まっていた。耳を塞ぎながら首を横に振ったけど、もう聞いちゃった話は頭の中に残っていて、思い出すだけでさらに丸くなっちゃう。
私は怖いものなんてない。だって、幽霊はいないから。それなのに聞かされた話はあまりにもリアルで、ついダンゴムシみたいになってしまう。
「けどあやめって、なんで幽霊とかオカルト系の話が嫌いなの?」
「幽霊は物理攻撃が通じないから……」
「幽霊殴ろうとしたの?」
けど、それだけじゃない。私が幽霊を嫌がるのは、もっと他の理由があって――
「なんだあやめ、かなり参った顔してるけど」
「…………うるさい」
つい、声が低くなってしまった。
ふとどこからか聞こえたそれに、私は顔をしかめる。多分今一番聞きたくなかったその声の主は、そんな私の反応を見るなり面白そうにククッ、と喉の奥で笑っていた。
「あやめがダンゴムシになっているから、だいたいオカルト関連の話だろうけどさ」
「ダンゴムシじゃない」
これだから、こいつには今会いたくなかった。
飯塚洋太。
超がつくほどオカルト知識がある、いわばクラスのオカルトオタク。
それなのにやっているのは聞いたオカルトを作り話と見破ってしまう、天邪鬼な事だ。
そして私はそんな洋太に振り回されて、心霊スポットに行き迷子だったり野犬に追われたりと物理で散々な目に合い無事幽霊嫌いになった、哀れな幼なじみ。
「もういいよ、洋太が楽しい話じゃないから」
「え、けどあやめ、これオカルトの話じゃない」
「カナちゃんそれ言っちゃだめ」
「ほう、オカルト?」
ほら、洋太が反応した。
キラキラと目を光らした洋太は、私とカナちゃんの顔をじっと見ている。
「なんだよ、おれには聞かせてくれないのか?」
「んー、いいよ。幽霊探偵の飯塚ならなんかわかるかもだし!」
そう、私の幼なじみ洋太はその天邪鬼な行動から幽霊探偵なんて呼ばれている。
幽霊部員じゃないのだからと最初は思ったけど、本人は気に入っているみたいだしそこには触れないでいる。
「よし、じゃあこのまま頼む」
「え、私また同じ話聞くの……」
いやだ、できる事なら今すぐトイレに逃げたい。
逃げる場所もなく、私はまたダンゴムシの格好をするしかなかった。
***
カナちゃん曰く、その日は部活の練習が長くなり鍵を閉める頃には外が真っ暗になっていたらしい。カナちゃんは帰りが遅い日にお母さんが途中まで迎えにくるから、早足で帰りの準備をしていた。
鍵を職員室に返してから校門近くの桜並木の横を通った時に、ふと一本の桜の木が明るくなっているような気がする。興味本位で近づくと、そこには――夜だと言うのに、やけにはっきりとした人の影があった。
人の影が、桜の木の下でなにかを探している様子だった。
「……あの、どうかしました?」
つい、親切心で声をかけてしまう。
その影は声に反応すると、ゆっくりとこちらに顔を向けてくる。
こんな時間なのに顔は光っているようではっきり見えなくて、けれども声は聞こえて――
「わたしのからだ、しりませんか――」
***
「桜の木ねぇ……」
「終わった?」
「終わった」
洋太の少し大げさに頭を縦に動かした仕草で、耳を塞いでいた手を離す。そんな私を見て面白そうに目を細めている洋太にちょっとだけむっときたけど、さっきまで丸まっていた事は間違っていないからなにも言えなかった。あぁもう、なんか悔しい。
「ねぇ洋太、桜の木の下にそんなのないよね?」
「……あやめは聞いて大丈夫なのか?」
なに、今の少しわざとらしい間は。
少し後退りをしながら洋太の顔を見ると普段に比べて妙に真剣な顔をしているから、思わず躊躇しながらも首を縦に動かす。
「そもそも有名な桜の木の下に死体が埋まっているという話は、梶井基次郎が執筆した短編小説の『櫻の樹の下には』が語源と言われている。それは特段ホラー要素のあるものではないし、ただ綺麗な桜の下になにがあるのだろう、という話だ……ただし」
「ただし、なに……?」
「日本では江戸時代まで桜を不吉の象徴として扱ったのもまた事実だ、すぐに散ってしまう桜の木は命になぞらえ縁起が悪いと言われていたし、実際に桜は鑑賞と同時に水害対策だったとも言われている……木々が洪水とかの水はもちろん流れてきた漂流物を止める役割があったらしいけど、まぁ水害なのだから遺体も流れ着いたらしい。その証拠に、この学校の近くの川は大きいからね、堤防が決壊したら相応の被害だろう」
「つまり……?」
「いてもおかしくない」
「聞かなければよかった……」
「だから確認をしただろ」
呆れるような顔をする洋太は、カナちゃんに目線を動かしながら確認をするように一人話を続けていく。
「ちなみにそれ、昨日の話か?」
「う、うん。昨日の夜の話」
その言葉に、洋太は下を見てなにかを考えていた。ブツブツと隣にいる私でも聞こえない声で、なにをしているのだろう?
「…………うん、そうだな」
しばらくして、頭の中のなにかがまとまったらしい洋太と目が合った。どうしたのかなと思っていると、突然あやめ、と名前を呼ばれる。
「あやめはこれ、どう思う」
「どうって、言われても……」
もちろん、このままカナちゃんの見間違いであるという事を洋太に言ってほしい。それをどうやって伝えようか考えていると、私の表情でなにを言いたいかわかったのか洋太がそうだな、と言葉を続けてきた。よかった、じゃあ今回の件は、このままカナちゃんの見間違いで――
「カナが見たのが幽霊だったのかそれとも別のなにかだったのか――俺とあやめで解決してやろう!」
「なんで私も?」
急に話を振られて、なんと返すべきかわからなかった。
気が動転したままの私を置いて洋太は話を進めるし、カナちゃんはもうその気だし。
「あやめ、俺達で今回の事が桜の幽霊である事を証明しよう!」
「いや逆、幽霊じゃない事を証明してよ!」
***
授業が終わった廊下は、生徒達でどの階も溢れている。
そんな生徒の流れに逆らうように、私と洋太は職員室へと向かっていた。
「ねぇ洋太、なんでわざわざ職員室に」
「今回の件について、あらかた桜の下の幽霊はわかっているからな」
「え……!?」
なにそれ、そんな事さっきは言わなかったじゃん。
「確証がまだないからな……確証がない以上、まだ幽霊の可能性のが高い」
いや、目星がついているならそれはもう人間のしわざだと思う。
そんな私の視線には気づいていないのか、洋太は職員室にノックもせず入り誰かを探している様子だった。この学校は生徒の出入りが多いから先生達も気にしていないけど、なんだか悪い事をしている気分で頭を下げながら私も洋太の後に続く。
「あ、いたいた所沢先生」
「なんだ飯塚と佐々木、どうした?」
洋太の目的は私達の去年の担任、所沢先生。
階も違うから久々に会ったけど、相変わらずジャージでラフな格好をしていた。
「先生は確かここの出身でしたよね、桜の木の下の怪談はご存じかと思い」
「ちょっと洋太、そんな突然先生になにを」
そもそも、桜の木の下の怪談ってなんだろう。
聞いた事もない言葉に首をかしげると、先生はなにかを思い出したようにあぁ、と頷いていた。
「そんな話もあったなぁ……桜の木の下に幽霊が出る話だろ」
「え……?」
私達はカナちゃんの話で知ったけど、この幽霊話はかなり前からあったものらしい。
一回り上の所沢先生も知っていた事に驚いていると、その横で洋太が話を進めていく。
「ちょっと興味がありまして、どんな話でしたか?」
「俺も田原先生……今の教頭から聞いた話だけどな」
教頭と言えば、私達生徒の中ではカツラ疑惑が出ている花ノ木中学の名物教師の一人。元々ここの先生だったとは知っていたけど、所沢先生は教え子だったらしい。
「お、あやめダンゴムシになった方がいいぞ」
「言われなくてもなっている」
***
花ノ木中学ができる前、ここには大きなお屋敷があったらしい。
そこに暮らしていた娘は、この桜が大好きだった。しかし日本は戦争真っただ中、大きく攻撃の目印になりかねない桜の木を処分する話になった。それを娘は拒否し、木を守ろうとした。それでも大人達の意思はわからず、木を燃やす事になる。
その日娘は桜の木の前から離れる事なく――大量の花びらと共に姿を消してしまったのだ。
***
「まぁあの人もこういった話が好きだったからな」
懐かしむように話す所沢先生を横目に洋太へ目線を向けると、今の話でなにかわかった事があるのかまた俯きながらブツブツとなにかを呟いていた。
「……洋太、どう? なにかわかった?」
「んん……まだ確証がないから幽霊だな」
それなら一刻も早く確証を見つけてほしい、主に私のために。
職員室の中で推理を始めてしまった洋太をなんとか動かそうとしていると、所沢先生は今から会議なのかせっせと書類をまとめていた。
「ほら、二人もさっさと今日は帰れよ、明日は卒業生がタイムカプセル掘り起こしにくるとかで準備があるんだ。本当は教頭がまとめていた話だけど急病で一昨日から休んでいてね」
「はい、お話ありがとうございました、洋太帰るよ!」
「わ、お、おう」
無理やり洋太を引っ張りながら、職員室を出る。
洋太の方は少しだけ不服そうだったけど、ここで洋太の話を聞いたら一生帰れない気がしたから無視をする。
「ねぇ洋太、今日はもう帰ろうよ」
「あぁじゃあ、最後に実際の桜の木を見たい」
「…………本気?」
思わず、顔が引きつった。
正直あんな話を聞いた後でその場所に行くのは嫌だったけど、こう言い出した時の洋太は納得するまで話を聞いてくれない。付き合わなくてもいいとはわかっているけど、そこは幼なじみの性というもので一緒に行ってしまう。
洋太に連れられて、職員室から見てすぐの校門近くに歩く。スリッパのままだったけど気にしないで、コンクリートの上にうっすら積もった砂利の上を歩いて行く。
「これか」
たくさんある桜の中でも、一際大きい木。
これが、問題の桜らしい。ひらひらと舞っている花びらは綺麗だけど、これが昔の人には不吉なものだったらしい。
「しかし、幽霊に関係しそうなのはないな……なにかを埋めたような後ないし」
「洒落にならない事言わないでよ」
ちょっとぞわっときたじゃん、心なし肌寒さもあるし。
なんだか嫌な感じがして早く帰りたかった私は、洋太に合わせるように桜に目を向けた――その時だった。
「二人とも、探し物?」
聞いた事がない声が、背後からかけられる。
突然の事で誰かわからず顔を上げると、髪の長い臙脂色の校章をつけた女子生徒がそこにいた。不思議そうに首をかしげていたけど、確かに今の私達はスリッパで桜の周りを見ている変な人かもしれない。
「あぁ、少し宝物をな」
その宝物、洋太限定だと思うけど。
「あ、宝物かどうかはわかりませんけど……あそこ」
そんな私と洋太の話を聞いた女子生徒は、思い出したように桜の木を指さす。
そこにあったのは――
***
日も落ちた、生徒はおろか先生もほとんどが帰った時間。
桜の木の下は、不気味な光を放っていた。ガサガサと辺りでなにかを探しているのか、その姿はカナちゃんから聞いていた通りだ。
けど、本当は幽霊なんかじゃない――
「こんな時間になにしているんですか――教頭先生?」
「っ!?」
洋太がライトで照らした先にいたのは――私達が知っている姿よりは少し髪が薄い、教頭先生だった。
「き、君達、どうしてこんな時間に!」
「許可なら所沢先生にいただいております」
まぁ、許可と言っても理由は適当に言った嘘だったけど。
動揺を隠しきれない教頭先生に洋太は近づくと、あるものを取り出す。
「先生の探し物は、これですよね?」
「それは……!」
洋太が手に持っていたそれは――カツラだった。
「所沢先生の話でわかった事です。まず教頭先生は卒業生対応の大切な時期にお休みをされていると聞きましたが……これはおそらくお休みではなく出勤はしながらカツラを探していたのでしょう。そのまま卒業生に会うわけにはいきませんからね。カナの話にあった光というのは、今回のようにライトで照らしていたから」
「え、けどからだって」
「からだじゃなくて、多分カツラだな。時間も時間だったからてっきり学年主任とか事情を知っている先生がきたと勘違いをしたんだろう」
「……」
教頭先生はなにも言わないから、全部その通りらしい。
「明日くる生徒は、私の教え子でね……所沢先生の同級生達なんだ。カツラなしで会うのは恥ずかしくて」
「けど私、教頭先生の今の髪型も素敵だと思いますよ?」
「っ……」
別にお世辞ではないけど、本当に思ったから。
私はよくわからないけど、教頭先生だってカツラがなくてもじゅうぶんかっこいいし、私は悪くないと思っている。
「君、ありがとう……!」
「あやめは本当に誰にでも優しくするよな」
「物理で話ができる相手にはね」
「相変わらず判定が物理で攻撃できるかできないかなんだな」
あぁけど、これですっきりした。今回も幽霊が正体ではなかったし、これで安心して寝る事ができる。
一方で洋太はまた見当外れだった事に対して、少し寂しそうだった。
「しかし、今回も幽霊ではなかったか」
「あの女子生徒がいなければわからなかったから、感謝しかないね」
「生徒?」
「はい、臙脂色の校章を付けていて。彼女がカツラの場所を教えてくれたんです。そこにあるよって」
「…………臙脂色?」
その言葉に、教頭先生の顔色が曇った。どうしたのだろう?
「うちの中学に、もう臙脂色の校章を付けている生徒はいないはずだ…………それは、もう十年ほど前に卒業した生徒で廃止したのだから」
「え、じゃあ、それって」
さっと、血の気が引いていくのがわかる。
一方そんな私の様子を見ていた洋太は嬉しそうにニヤニヤとしながら、そういう事だなぁと呟いていた。
「ほ、本物の――!?」
「いや、案外桜の妖精かもしれないぞ?」
「どっちも嫌だ――!!」
桜の木の下にはなにがある? よすが 爽晴 @souha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます