第17話 根塚:回想2

 目が覚めた。

 自分が落ちてきた穴の辺りがうっすら明るくなっているのを見ると、すでに日が昇っているみたいだった。

 助けはいつ来るのだろうか。そればかり考え、少しでも物音が聞こえたら「助けて! ここにいるよ!」と叫んでみる。

 しかし、いくら待っても助けは来なかった。


 朝が過ぎ、昼を越え、夕方が終わっても来なかった。

 次の日も、その次の日も、いっこうに助けの来る気配はなかった。

 食べ物はもとより、水がないのがキツかった。あの湧き水は、雨の日しか出てこないのか、いつの間にか出てこなくなっていた。

 空腹と脱水症状で意識が朦朧とするなか、気配を感じた。


 ネズミだ。


 どこかにネズミが通れる小さい穴でもあるのだろう。チョロチョロと何匹かのネズミがうろついている。

 ネズミは病気を運ぶともいうし、気をつけないと。

 そんなことより、あいつ等はどうして助けに来ないんだ? もう三日も過ぎてるんだぞ。体中がまだ痛いけど、足は逆に痛すぎて感覚がなくなってきた。あとはお腹が空きすぎて、意識が朦朧としてきた。水すら飲んでないし、多分脱水症状になってると思う。



 ハッとして気が付いた。気を失っていたらしい。なんだか足元がモゾモゾする感触で目が冷めた。

 ネズミが、足の上まで上がってきていた。他のネズミはつま先の臭いを嗅いでいる。こいつらも餌を探しているんだろうか。

 お腹の辺りにまで上がってきたネズミを反射的に捕まえた。あまり人間に対して警戒心がないのか、意外と簡単に捕まえられた。片手の平にちょうど収まる大きさ。色は茶に黒のまだら。手から逃れようと必死にもがいている。よく見ると、ネズミの口元が血で汚れている。

 まさか、僕の足をかじったのか? それでなくても食べ物も水も無いんだ。返して、もらわないと。

でも、どうすれば?


 その時、ネズミがボクの指に噛み付いた。

 流れる自分の血と、指の肉をかじるネズミを見て、反射的にそのネズミを口に入れ、噛み砕いた。味など考えている余裕は無かった。硬い骨以外はまるごと食べた。ただ、小さなネズミでは、逆に空腹感を刺激するだけだった。なにかもっと食べられそうなものは?

 見回すと、さっき食べ残して捨てたネズミの骨に、他のネズミが寄ってきていた。

 指先からにじみ出る血をネズミ向ける。しばらくすると、ネズミが寄ってきた。それを捕まえた。

 それからは、何匹もネズミを捕まえ、喰った。途中もしかしたらネズミじゃないモノも食べていたかもしれない。まあ、喰えればなんでもいいや。あいつらだって、ボクの動かない足の先を齧っているんだ。お互い様だろ。


 それから何日経っただろうか。

 ボクがネズミを食べ、ネズミがボクを食べる。その歪んだ循環のなか、時間の感覚も分からなくなっていた。

 傍らに水が流れている。雨が降ったのだろう。

声が聞こえた。その中の一つは、聞き覚えのある声。猪崎の声だ。やっと助けに来てくれたのか。

 しかし、彼らはここには来なかった。入り口まで来ただけで、戻って行くようだ。


 待てよ、それはないだろ。ボクはここにいるのに。

 ボクの足は動きそうにない。声を出すことも出来ない。でも諦められない。なんとかしてボクのことを伝えないと。

 そう願うと、なぜか入り口の様子がわかるようになった。ずいぶん下からの視線だが、移動もできるようだ。

 猪崎と、知らない人がいる。ボクは彼らを引き止めることはできなかったけど、なんとか猪崎のフクの中に隠れることができた。それで、猪崎の家まで付いていったんだ。

 他にも熊野の家や鹿島の家にもいった。


 どうしてもお腹が空いて、ちょっと食べさせてもらったけど。

 それくらい良いよね。コイツらはもっといっぱい食べたんだもの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る