第15話 砂辺:山奥

 つまりは、もっと上流にもう一つ、祠があるはず。中川さんの推測だとそういう事になる。

 それを聞いた兎口は、ハッとして急いで山を登り始めた。なにか思い当たるふしでもあったのだろう。僕たちもそれに続いていく。


「そんな勘違いなんて普通するか?」


 ここまでもかなりしんどかったってのに、さらに上まで行くことになって思わずボヤいてしまった。


「普段見慣れない場所だし、最初に来たときはすでに薄暗かったらしいからね。まさか似たものが二つあるなんて知らなかったら、次に急いで来たときには初めに見付けた方をそれだと思ってもしょうがないよ」


 別に兎口の弁護なんてしなくていいのに、中川さんは律儀に間違いの要因を話してくれた。

 山道はさらに険しく、歩きにくくなっていく。川沿いを歩いてるので、遭難する心配がないのだけが救いだろうか。


 しばらく行くと、さっき祠があったのと同じような滝が見えてきた。そしてその隣に、洞窟が。そうと分かって見てみれば、こっちの洞窟の周りは川の水が通ったような跡が無い。雨上がりでもしっかり見つけることが出来そうだ。

 入り口で、兎口が立ち止まっている。中に入るのを躊躇ためらっているようだ。

 後ろから中川さんが声をかける。


「ずっと待たせてたんだ。急ごう」


 そう言って洞窟に入る中川さんの背を見送る兎口。僕と坂木はその横をすり抜けて中に入る。

 中は、下の洞窟よりも少しだけ広く、奥行きもある。そして下にあったのとほとんど同じ祠があった。正面の扉の隙間から中を覗いてみる。


「……ん、無いな」

「どうしたの?」

「いや、中になんにも無いんだ」


 坂木も中を覗いてみている。確かここに、ネズミの置物があるらしい話だったと思ったんだけど。


「こっちだ。足元に気をつけて」


 中川さんが祠の後ろの方から言う。少しだけ余裕のある奥行きの突き当りに、人が一人ちょうど通れそうな穴が開いていた。正面をえぐり取る形から真下に落ちるように。

 中を覗き込もうとしたけど、暗くて全然見えない。

 ただ、山の自然の生臭さとは違う、不快な臭いが漂ってきた。

 中川さんが、リュックの中から懐中電灯を四つ取り出して、みんなに配った。おお、いつの間にか兎口も中に入ってるし。

 スイッチを入れてちゃんと点くのを確かめると、それで穴の中を照らしてみる。

 足元に注意しながら覗き込むと、真下に四、五メートルは落ち込んでいる。もし落ちたら、上から手を伸ばしてもらっても届かないだろう。

 その奥は、角度的に全体は見えないけど、どうやら学校の教室以上の広さがありそうだった。


「根塚くーん!」


 兎口が声をかけるけど、当然のように返事は帰ってこない。


「よし、降りてみよう」


 中川さんがそう言いながら、リュックの中からなにか大きな物を取り出す。


「それなに?」

「縄梯子だよ。ちょっと外の木に括り付けてくるから待ってて」


 落ちないように気をつけてね、そう言って彼は外に出ていった。


「この中に、根塚君が、落ちたの?」


 坂木の言葉に、兎口ごゆっくりと頷く。


「落ちたときに足を怪我したらしくって、上れないって。でもなんの用意もしてなかったし、もう暗くなってきてたから、次の日の朝にロープとか持って来たんだけど……」


 ここが見つけられなくて諦めたのか。


「諦めたわけじゃない! あの後もあたしだけで三回来てるんだ。それでも……でもやっと……」


 そこで中川さんが縄梯子のロープを伸ばしながら戻ってきた。

 ロープの金具にリュックを引っ掛け、穴の下に先に下ろす。その後残りのロープを全部投げ込んだ。


「俺が先に行く。あとから来るか?」


 僕たちは頷いた。

 中川さんが先に下り、次に僕が下りる。縄梯子っていっても、ロープに等間隔で金具が取り付けてあるだけだ。足をかけてみるけど、不安定で全然踏ん張れない。それでも下から中川さんがロープを張ってくれたりして、なんとか下までたどり着いた。

 続いて坂木が下りてくる間に、周りを確認する。また穴でもあったら大変だ。

 とりあえず天井は高く、頭を打つ心配はなさそうだ。足下もしっかりしている。少し歩いて確かめてみる。


「うわっ」

「どうした!」

「あ、いや、床がちょっとヌルっとしてて」


 滑りそうになった。


「もしかしたら、雨が降ったら水がしみ出してくるのかもしれないな」


 よく見たら、それっぽい地面のへこみが続いていた。


「っ! あれ見て!」


 いつの間にか下りてきていた坂木が、隅の方を照らしている。


「骨?」


 それはなにかの骨だった。大きさからして人間のものじゃなさそうだ。その先には、どうやら牛のものらしい頭の骨が埋もれていた。


「多分、昔に供え物として捧げられたものだろうね」


 兎口の下りる助けをしている中川さんが、こっちを見て言った。


「牛一頭を?」

「その代わりに村の備蓄を食べないでもらうんだから、余裕があるときはそのくらい捧げるんだろう」


 そんななのか。もっとこう、ザルに果物を盛り合わせて神棚にお供えするくらいのイメージだったんだけど。

 兎口が下りてきて、みんなで辺りを探る。懐中電灯は足下はしっかり照らせても、数メートル先はもう暗くてよく見えない。穴や段差に落ちないように気をつけないと。


「ね、根塚君?」


 兎口さんが小声で呼びかける。正直、もう三ヶ月も経っていて、まだ生きてるとは思えないけど。


『だれ?』


 突然地下空洞に声が響いた。どこから聞こえてきたのか、いまいち分からなかった。

 みんなの懐中電灯の明かりが交錯し、壁面をまだらに浮かび上がらせる。

『チチッ』

 その闇の中に、いくつかの小さな影を見つけてしまう。

 思わず身がすくむ。来るなら来いよ。踏み潰してやる。


「根塚君なの?」

『もしかして、兎口さん? 来てくれたの?』

「来たよ! どこなの! 早く帰ろう!」


 洞窟の一番奥、そこに人影があった。

 見る影もないほど、変わり果てた彼の姿が。

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