第11話 砂辺:鹿島の家
猪崎の家を出てから、鹿島の家に向かった。
根塚といつも一緒にいたメンバーであり、根塚が穴に落ちた時に居合わせた人は、あとは兎口と鹿島だけだ。彼にもなにか異変が起きている可能性がある。一緒に協力して生き残る方法を考えれば、なにか解決法を思いつくかもしれない。
道すがら、中川さんに話しかける。
「本当にスクナ様の呪いなんだとしたら、どうしたらいいんだと思う?」
「そもそもスクナ様って、なんの神様なんだ?」
「聞いた話によると、たしか小動物の神様だったかな。収穫した食料を食べられないようにお願いしてたとか」
僕は、授業で聞いた話を掻い摘んで話した。
「ふうん。それでなんで兎口さんたちが殺されるんだ?」
「だからそれは、根塚が穴に落ちたのを見捨てたから……」
「だったら、その根塚君の呪いなんじゃないか?」
んん? まあそれは、そうなのかな?
「その根塚君が落ちたのが捧げ物を入れる穴なんだとしたら、スクナ様は人を襲わなくなるんじゃないか?」
「でも、根塚君の……普通の人間の恨みで人が死んでたら、人類なんてすぐ滅亡するよ? だから例えばほら、根塚君がスクナ様にお願いしたとか」
「神様ってそんなに便利なものだと思う?」
坂木が会話に割って入る。
「でも実際、ネズミが襲ってくるなんて事で人が死んでるんですよ?」
「たまたまだったりしない? 他にもネズミの大量発生で死んでる人がいるかも」
「聞いたことあります?」
「無いね」
そんなことを話しながら歩いていると、鹿島の家まで着いた。
普通の一軒家だ。兎口さんがチャイムのボタンを押す。
『……はい』
お母さんらしき人の声が返ってきた。
「あの、兎口といいますが、鹿島君、いますか?」
『ああ、兎口ちゃん。ちょっと待ってて』
いつも一緒に遊んでるだけあって、お母さんとも顔見知りなのか。
ドアが開いて鹿島のお母さんが顔を出す。兎口さんだけかと思ったら、知らない顔が何人もいるのを見て、一瞬怪訝な顔をする。
「おばさん、鹿島君は?」
「それがね、様子がおかしいのよ。学校でなにかあったの?」
鹿島のお母さんが、扉を開いて中へ促す。
お邪魔しますと挨拶しながらみんな家に上がる。
「カツヤ、兎口ちゃんが来てくれたよ。いい加減に出てきなさい」
「うるさい! それどころじゃないんだよ!」
そう言う声が聞こえたのは、どうやらお風呂からのようだ。なんだか声が響いている。
「ね、家に帰ってから、ずっとこうなのよ。わけわかんないでしょ?」
兎口さんがお風呂に向かって声をかける。中からはシャワーを流している音が聞こえる。
「ねえ、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「……なんだよ」
「こっちに出て来ない?」
「無理だ。いつアレに襲われるかわからないんだぞ。そっちこそ、よく平気でいられるよな」
お風呂場なら安全だと思っているのか? 確かに狭くて密閉されてそうな場所だから、襲われないようにするにはいいのかもしれないけど。
「多分、雨の代わりなんじゃないかな」
中川さんが言う。
「ほら、スクナ様は雨が嫌いだから、雨上がりの時に祠で会えるんだろ?」
……なるほど? スクナ様を寄せ付けない方法か。それは気づかなかったなあ。
その後もしばらく兎口さんが話していたけど、彼を出すのは難しいようだ。
とりあえず今日相談するのは諦めて、また明日にでも話そうかという流れになった。
玄関で、お母さんが見送ってくれる。
「ごめんなさいね、せっかく来てもらったのに」
「いえ、こちらこそ、お力になれず」
兎口さんに続けて、中川さんが話す。
「お母さん、彼のこと、よく気にしてあげてください。実は今日もまた彼のクラスメイトに亡くなられた方がいて、精神的にかなりショックを受けているようなので」
「え!? ホントに? ちょっと前にも猪崎君が亡くなったでしょう? なにが起こってるの?」
「それは……」
なんと説明しようか、言い淀んだ時だった。
「うわあああああああ!」
家の中、お風呂場の方から叫び声が聞こえた。中川さんがお母さんを押しのけるようにしてお風呂場へ急ぐ。お風呂場の中では、バタバタと音がしている。大丈夫ですかと声をかけながら、返事を待たずに扉を開け放つ。
「キャアアアアアア!」
響いたのは、中を見たお母さんの悲鳴。僕らは少しだけ、心構えが出来ていた。
中では、鹿島の体中にネズミが群がっていた。チチッチチッと、まるで小鳥が合唱しているかのような鳴き声がやたら耳に障る。鹿島はのたうち回りながら、ネズミを払おうとしていた。中川さんが駆け寄り、ネズミを叩いて追い払おうとする。僕もその後ろでネズミを踏みつけていく。
ネズミたちは、あっけないほどに突然散らばっていった。それらは家の中へ逃げるものや、排水口へと逃げ込んだ。逃げ出し始めれば、あっという間にいなくなってしまった。
「カツヤ!」
お母さんが倒れた鹿島を抱き上げる。うめき声をあげているところを見ると、まだ生きているようだ。鹿島は学校の制服のシャツを着ていたが、ネズミに噛みちぎられてボロボロになっている。そしてその下の体、むき出しの腕や顔はさらに酷い。ネズミに噛まれて皮膚がぐちゃぐちゃになっていた。噛み跡の色は、当然のように紫色だ。
「お母さんは救急車を呼んでください。俺では住所がわからないので」
中川さんの言葉で、お母さんは慌てて電話をかけに行く。
待っている間、僕らは鹿島の様子を見ていた。
中川さんが彼の顔を見ながら言う。
「あれだけの事になっても、青くなってるだけで出血も無いし、噛まれた傷も酷いものはなさそうだな」
僕は言葉を疑った。
「えぇ!? これが酷くない!? こんなの、いつ死んだっておかしくないよ!」
「もしかして、君たちには、もっと酷い傷痕に見えるのか?」
僕と坂木さん、兎口さんは顔を見合わせ、頷く。
「体中齧られて、顔なんかもう誰だかわかんないくらい」
「そんなにか……」
中川さんは観察し、兎口さんは必死に呼びかけている。鹿島の体はビクビクと痙攣するように動いている。廊下の奥ではお母さんが救急車を呼んでいる声が聞こえるが、正直それまで持ちそうに無く思える。医者に見せても、正確な診断が出来るのかどうかも疑わしい。
そうこうしているうちに救急車のサイレンが近づいて来た。
救急隊員が慌ただしく入ってた。
「大丈夫ですか! 聞こえますか!」
声をかけるが、やはり反応はない……かと思ったが。
「ね……ねず……。なん……なん……か、に」
ほとんどうめき声にしか聞こえなかった。なにが言いたかったのか。
その後、急にぐったりと脱力した。
「うわああぁ」
救急隊員が急に声を上げる。
中川さんも、声こそ出さなかったけど、大きく目を見開いて驚いていた。
どうやら鹿島が死んだことで、ネズミの噛み跡が見えるようになったみたいだ。
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