第10話 砂辺:猪崎の家の前

「兄ちゃんはもういないよ。死んじゃったから」


 そう言ったのは、小学四年生の猪崎の弟だ。


「それは知ってるんだけど、お兄さんのこと、分かるとこだけでもいいから、教えてくれないかな?」

「え、うん、いいけど」


 中川さんが聞くと、なんだか胡散臭そうな顔をしながらも、頷いてくれた。

 僕たちは、まず最初の犠牲者である、猪崎のことを聞きに来ていた。根塚君の、ひいてはスクナ様の呪いがいつから、どういう理由で始まったのか。それを確かめるためだ。


「お兄さんが無くなった日、どこかに出かけてたって聞いたんだけど、どこに行ってたか知らない?」

「あー。友達とまた山に行くって言ってた。川に気をつけないとって」

「友達? 知ってる人?」


 兎口さんに心当たりがない以上、少なくともいつものメンバーじゃないことは確かだ。


「小学校の頃の友達だって言ってた」


 彼は腰の後ろや腕を掻きながら答えた。

 僕はハッとして、その腕を掴んだ。


「痒いの? 怪我とかしてない?」


 彼は特に驚くでもなく、腕の一部を指さした。


「蚊に刺されて痒いんだよ」


 見ると、確かに小さく膨らんでいる。そこに爪でバツ印の型がつけられていた。よく見れば、他にもいくつか同じような虫さされの跡がついている。特に色が変わっているということは無いようだ。


「帰って来たときはどうだった?」

「すぐ寝ちゃった。そしたら、夜になっても起きなくて、そのまま」

「直接の原因がなんだか知ってる?」


 そんなど真ん中なことを聞いて大丈夫かと思ったが、本人はまどあまり実感がわかないのか、それほど傷ついた風でもなく答えてくれた。


「なんか、お腹に小さい穴が開いて、中身が無くなってたんだって。お医者さんにも理由はわかんないらしいんだけど、原因は絶対それだって」


 とはいえ、流石に少し声が小さくなっている。


「他になにか、例えば、ヘビとかネズミとか、小さい動物の話を聞かなかった?」


 その質問には、少し考えて答えた。


「んー、そういえば、お腹の穴は小動物に噛まれた痕みたいだった。なんか紫色で」

「やっちゃん、ちゃんと準備しなさい」


 家の中から猪崎のお母さんの声がする。


「あら、兎口さん、来てたの。他のお友達も?」


 僕たちは頭を下げて挨拶した。

 お母さんは見てわかるほど憔悴した様子だった。息子が不審死してからまだ数日しか経っていないのだから当然ともいえる。


「どうぞ上がってって。お線香をあげてくれる?」


 僕たちは家に上がり、クラスメイトのため、仏壇に手を合わせた。


「兄ちゃん、なんで死んだんだろ」


 背中を掻きながらそういう弟君のつぶやきが、胸に爪跡を残すようだった。

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