第5話 坂木:公園
兎口さんの口からとんでもない言葉が飛び出した。
呪い? 殺される? しかもさっき聞いたばっかりの『スクナ様』に?
「ちょっと待って、なんでそうなるの? もうちょっとわかりやすく説明して」
兎口さんは一度視線をそらせて、考えている。
背が低くて地味な私と比べて、兎口さんは背が高く、長い髪も明るめに染めてアップに纏めていて、とってもオシャレだ。知らないおじさんが見たら派手だと言われそうな感じだ。
いつもなら明るい、というよりは少し圧の強い言い方をする兎口さんが、声を落として話すのを聞くと、事の重大さを知らされる。少なくとも、本人はそう感じているのがわかる。
「根塚、って、覚えてる?」
「うん、ゴールデンウィークくらいから来なくなっちゃった人でしょ。家出しちゃたとか聞いたけど」
「そう、その根塚。でもホントは違うの。家出なんかじゃないの」
「なにか、知ってるの?」
彼女は唇を噛みしめてから言った。
「根塚は、『スクナ様』への生贄になったかもしれない」
兎口さんの言うには、こんな流れらしい。
二年になり、新しいクラスメイトの中でそれぞれ中のいいグループが出来ていった。その中で兎口さんは、鹿島君、熊野君、猪崎君、そして根塚君とよく話すようになっていった。クラスの中、そのうち放課後や休日にも集まって遊ぶようになったそう。
そしていつか、心霊スポットを巡るようになったそうだ。
ネットで噂を調べたりして、空き家とか、死亡事故のあった踏み切りとか、そういう所にわざわざ夜中に行ったりしていたそうだ。
そして問題のゴールデンウィーク。連休中は残念ながら雨の日が続いたせいで、ほとんどどこにも行けなかったが、最終日にやっと晴れそうだった。
夜まで待ちきれなかった彼女たちは、昼過ぎから出かけた。
どうせなら自転車で少し遠出をしてみようということになって、例の『スクナ様』の山まで行ってみたそうだ。『スクナ様』については、ネットの都市伝説が集められたサイトで猪崎君が見つけたそうだ。探せば、そういうのは結構見つかるらしい。
彼女はそこで一度話を切った。ここからが本題になるのだろうか。しきりに腕を掻いている。
途中までは自転車で行けたが、アスファルトが途切れた辺りで歩くしかなくなった。しばらく川沿いを進んだ。
あの久松さんが言っていたように、雨の次の日だったためにかなり川の流れが速く、かなり気をつけながら山の奥まで入って行った。そして、そろそろ日も陰ろうかという頃、やっと小さな祠を見つけた。それはほんの二メートルくらいの、洞窟とも言えない、山肌の窪みのような所にあった。
かなり古く、一部朽ちているようなそこには、丸い石を削って作った、ネズミのような物が入っていた。
でも、それよりももっと気になる所があった。
祠より奥の壁に、大きな穴が開いていたのだ。
それは下方向にかなり大きく、深かった。懐中電灯のような明かりも持っていなかったから、奥がどうなっていたかも分からなかった。
そこに、根塚君が落ちたのだ。
穴は、その縁から真下に三メートルくらいはあったらしく、根塚君は落ちたときに足を怪我して、自力では上がれなくなってしまった。かといって、鹿島君や兎口さんも、彼を助けるための道具を持っているわけもない。しかも日が傾きかけていて、街灯も無い山の中をまたここまで来るのはかなり危ない。
彼らは根塚君に、こう言った。
「明日の朝、明るくなったまた来るから、一晩だけ待っていてくれ」
根塚君はかなり不安そうだったけど、他に方法もなく、絶対来てね、早く来てねと念をおしていた。
そしてその日は各自家に帰った。
明日は学校も始まることを考えると、かなり早く起きる必要がある。家族にも適当な理由をつけて、朝早く出ることを伝えて、夜のうちに準備をした。
といっても懐中電灯とロープくらいしか持っていける物が無かったけど、それをこっそりとカバンに入れた。
次の日、夜明けと同時に集合し、山へ向かった。
一日経ったおかげで川の水も落ち着いて、前の日よりもかなり歩きやすかった。
実際にどうやって彼を引き上げるか、そんなことを話しながら道なき道を歩く。そして再びたどり着いた祠。
この時間なら、急げば学校にも間に合いそうだ。
そう思いながら、山肌の窪みに入った。
しかし四人はそこでわけがわからなくなった。
なぜなら、祠の後ろにあった穴が、無くなっていたからだ。
どこをどう見ても、蹴っても叩いても、そこに穴なんて無かった。たった一晩で消えてしまった。あれだけ大きな穴がだ。
当然、根塚君もいない。どれだけ大声で呼んでも、返事は返ってこない。
混乱の中、辺りも探したけど、どこにもいない。当たり前だ。彼は穴の中に落ちたんだから。
そのうち誰かが、猪崎君だったか、が気付いた。
『スクナ様』の祠の中にあったあの、ネズミみたいな石が、無くなっていることに。
「根塚はスクナ様に、食べられたんだ。あの穴はスクナ様の口だったんだ。だからもう閉じちゃったんだ」
そういう話に一番詳しい猪崎君が、そう言った。
そんなわけ無い。そんなことあるわけない。今まで行った心霊スポットは、確かに薄気味悪い所はあっても、実際に怪奇現象が起こったことはなかった。熊野君がいたずらで急に大声を出して驚いたくらいだ。
でも、穴が無くなったのは事実なんだ。鼠塚君もいない。
鹿島君が腕時計を見て言った。そろそろ行かないと、学校に遅れる、と。
兎口さんは反対した。熊野君も戸惑っていた。でも今はどうしようも無い、また放課後に来ようと鹿島君は言う。猪崎君は、もう根塚はスクナ様に食べられたんだから、見つからない。そんなことを言っていた。耳障りだった。
でも、ここにずっと居てもしょうがないのも確かだった。兎口さんは、しぶしぶ一度学校へ行くことに賛成した。放課後またすぐ戻ってくるのを条件にして。
そして放課後、急いで戻ってきたものの、やはりどこにも穴はなく、根塚君もいなかった。
途方に暮れた。そのうち探し疲れた猪崎君が言い出した。もう、諦めようと。根塚も、しばらく休んで足が治れば自力で帰って来るはずだと。
その案に鹿島君たちが賛同しはじめた。兎口さんはそんなの認めたくなかったらしいけど、彼女一人で出来ることもなく。ついて帰るしかなかった。
それが三ヶ月前にあったこと。
そして、改めて根塚君を探しに行きたい。というのが彼女の願いだった。
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