第2話 砂辺:教室

猪崎いのざき君の死因、聞いた?」

「え? 知らない。急だったから心不全とかそうゆうのだったんじゃないの?」


 昼休憩、弁当を食べたあと、机に突っ伏して寝ていた僕の耳にそんな会話が聞こえてきた。猪崎というのはクラスメイトの一人で、夏休み明けすぐだというのに、不幸にも亡くなってしまったのだ。葬式が一昨日執り行われ、今日もまだその話でもちきりだった。


「それがさぁ、なんか、内臓が溶けて無くなってたらしいよ」

「え? うそぉ、なにそれこわっ」


 女子生徒達がそんな話をしていると。


「くだんねー話してんじゃねーよ!」


 バンッと机を叩き、熊野が大声を出した。話をしていた女子生徒は静かになった。


「ナオ、もういいよ。ほっとけ」


 熊野をナオと呼んだ、隣にいた鹿島が彼をなだめた。

 この鹿島と熊野、死んだ猪崎、そして今ここにはいないが、兎口という女子生徒が、いつも一緒につるんでいるメンバーだった。彼らは、端的に表すならいわゆる不良グループだ。仲間の死を面白おかしくネタにされるのは気分のいいものではないだろうし、なにより不謹慎だ。教室に気まずい空気が流れる。

 予鈴よれいのチャイムが鳴った。あと五分で昼休憩が終わる。午後の授業の準備をしないと。確かこの後は、特別授業で、この町の歴史とか言い伝えみたいなものの話を聞くんだったかな。

 昼休憩を思い思いに過ごしていたクラスメイトが、次々と戻ってくる。不良グループの兎口と、一緒に砂原が戻ってくる。砂原は僕の幼馴染だ。

 しばらくすると本鈴ほんれいが鳴り、先生と特別講師の人が入って来た。


「今日は久松さんにこの町の話をしてもらう。静かに聞くように」


 先生が、久松と呼ばれた男の人に教壇を譲り、促す。


「皆さんこんにちは。私は久松といいます。普段は公民館で働いています。今日は皆さんに少しでもこの町のことを知ってもらうためにね、話をしに来ました。よろしくお願いしますね」


 久松さんは、白髪をキレイに整えたおじさんだ。話は町の歴史から始まり、主な産業につながる。ノートにまとめてはいるが、正直あまり興味は無かった。だけど後半、町に伝わる伝承のようなものの話になると、少しだけ興味が湧いてきた。


「この辺りに昔から伝わる伝承に、ある神様が出てくるのですが、知っている人はいますか?」


 久松さんがクラスを見回すが、手を挙げる人はいない。


「もしかしたら聞いたことがある人もいるかもしれませんが、『スクナ様』という名前を聞いたことはありませんか?」

「リョウメンスクナですか?」


 誰かがそう言った。


「リョウメンスクナ。これはまたずいぶんマイナーな神様を知ってるんですね」


 久松さんは驚いていたが、最近は漫画なんかで出てきたりする名前だった。


「でも違うんですねぇ。はっきりとした由来は分かっていないんですが、おそらくスクナヒコナという神様が近いんじゃないかと言われています。なぜなら、どちらも小さい神様だからです」


 スクナヒコナ。聞いたことはあるなぁ。確かなにかのゲームに出てきたような。


「『スクナ様』は山や森に住んでいる、小さな動物を司る神様と言われています。ネズミ、ヘビ、リス、トカゲなんかがそうですね。昔はそういう小さな動物が、生活を左右する事もあったんですねぇ」


 昔はヘビに噛まれて死ぬ人がいたり穀物の貯蓄をネズミに食べられたりと、どちらかというと被害にあうことが多かったという。


「なので、あそこに見える御少ミスクナ山に祠を作って、お供え物を奉納していました」


 久松さんは、窓の外を指して言う。そっちには田舎の風景を越えた先に、木々の生い茂る山があった。実際に自分で自転車をこいで行ったこともあるけど、舗装された道路はすぐになくなり、それ以上登りたかったら獣道を進むしかない。そんな山だ。


「ただね、『スクナ様』は小さいし、普段は山のどこにいるのか分からないんだよね。でも雨が降ったら祠に帰って来るらしいんだ。だからお供えの儀式をするときには、雨の降った後にしてたそうだよ」


 ふぅん。そんな儀式とかあるんだ。


「久松さんは行ったことありますか?」


 誰かがそう聞いた。


「その祠に? あるよ。川沿いに登って行くとわかりやすいね」

「雨の後にですか?」

「いや、雨の後に川沿いを行くのは危ないからね、私が行ったときは晴れてるときに行ったよ。うん。皆さんも行くなら晴れてて明るいうちにね。増水した川は危ないからね」


 行ってみる? 行かないよ、どこかもわかんないし。クラスのざわめきの中にそんな声が聞こえる。

 そんなところになんて行くわけないよ。ホントに神様がいるわけでもないんだし。


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