第2話風紀委員会の逆襲!

 武蔵会学園のクラスは十五組まで存在する――いわゆるマンモス校だ。

 関東で初めて異能を専門に扱った教育機関なので、広く門戸を開いているのが全校生徒の多い理由である。しかしそれは表向きで、実のところ武蔵会学園ほど異能に特化した教育機関及び教育設備はないのが現状だ。


 異能を好きに使っていい。それは校則に縛られることのない、武蔵会学園唯一の自由だ。そして生徒間における『トラブル』を解決する無二の方法でもある。


 それゆえに入学式を遅刻した嵐山らせんを、風紀委員長に与えられている権限で攻撃しても、他の勢力からは一切苦情は出なかった。むしろ風紀委員会としてはごく普通の行ないである。遅刻の理由を聞かず、不意打ちに近い攻撃をしても文句などありはしない。


 だがしかし、返り討ちに遭ったとなれば、話は別である。

 風紀委員会は武蔵会学園における三大勢力の一角、『委員会連合』の中でも強い勢力を持った組織だ。その長たる者があっさりと新入生、しかも外部進学生に観衆の目の前で倒されたとなれば、彼らの面子は丸つぶれになる。


 風紀委員長がやられた借りは風紀委員会だけではなく、他の委員会にしてみれば返すべきものなのだ。別段、仲良しこよしで連合を組んでいるわけではないが、所属が一緒ならばごく僅かでも仲間意識は芽生える。


 結果として、嵐山らせんと歌川旋律は新入生でありながら、委員会連合の敵と認識されることとなった。したがって、入学してから五日後、風紀委員会副委員長の指示で、彼らは襲撃を受けることになる――



◆◇◆◇



「やべえ! ここの購買、すぐに売り切れるから、急がねえと!」


 授業を適当に聞き終えた嵐山らせんは、階段を駆け下りながら、購買部へと向かっていた。

 何故ここまでらせんが焦っているのか。それは購買部のパン――その他にも品ぞろえ豊富だ――は絶品ですぐに売り切れてしまうのだ。


 なんでも購買部のパンはプロのシェフだかパティシエだかの手作りで、普通ならお札一枚で買えないのに、購買部ではワンコインでおつりが出るほどの安値で売られている。らせんは入学当初からすっかりとりこになってしまったらしい。購買部での熾烈な買い物合戦に毎回参戦しているのだ。


 戦績は二勝三敗で、風紀委員長を倒したらせんに挑んでくる者、逆に避ける者の割合で勝率が変わっている。昨日で負け越しているので、今日こそは必ずゲットしたいとらせんは決意していた。


 廊下を走ってすぐ先の角を右に曲がれば購買部だ――とらせんが思ったとき、その角からすっと女子生徒が出てきた。

 女子生徒が角から出てくるなど珍しくもない。むしろ学園内では日常に過ぎない現象だ。

 けれど、その女子生徒の手には、現代ではお目にかかれない武器――鎖鎌が握られていた。


 先に分銅が付いた鎖を右手でぶんぶん回しながら、左手の鎌をらせんに向ける。

 明らかにらせんを狙っていた。


「なんだぁ? パンを買うのにここまで妨害されるのか?」


 そんなわけがない。

 らせんのとぼけた声を無視して、女子生徒は名乗りを上げる。


「風紀委員会が副委員長――小森しばり。委員長の仇を打たせてもらう」


 小森と名乗ったその女子生徒。きちんと正しく制服を着ていて、髪は後ろで一本に止めている。つり目で厳しい顔立ち。品と知性のあるのが所作で分かった。


「えっと。マジで? 分かっています? 令和っすよ? 仇討ちが禁じられてずいぶん経ちますよ?」


 足をいったん止めておどけた顔で返すらせん。

 小森は「この学園では禁止されていない」と冷たく返した。


「それにこれは仇討ちではない。委員長がやり残した仕事を、副委員長の私がやるだけだ」

「上司の尻拭いですかぁ? おーいおいおい。令和の時代に聞きたくない言葉だなあ」


 挑発めいたことをらせんは言うが、小森は相手にしない。

 それどころか「お前の異能は知っている」と言う。


「防犯カメラに写った映像で分かる。回転に関する異能だ」

「そこは令和なんっすね。えーと、小森……パイセン?」


 おそらく上級生だとあたりをつけてらせんは会話する。

 小森はにこりともせずに「恐れるに足らない」と断言した。


「私の異能の前では無力だ」


 そう言って小森は十分に反動をつけた分銅をらせんに向かって投擲した。

 真っすぐな攻撃。これなら避けられるなとらせんは思った。


「――っ!? 嘘だろ!?」


 らせんが廊下に伏せながら横っ飛びで回避にしたのには理由があった。

 鎖が一本だけではなく、何十本も増え、分銅もそれに伴い数多くなったからだ。

 まるで何十匹の蛇の大群。らせんのいた場所に大きなクレーターができる。


「いい反応だ。だけど次は逃さない」


 小森の言葉にらせんは「くそ。ありゃなんだ?」と隠れながら思った。

 いつの間にか、鎖は一本となり小森が手元で回している。


「鎖を増やす能力? 増大でもなかったから、数を増やすのか」


 真実に近いところをかすめていたらせん。

 小森の異能は『増殖』だった。

 ほとんどノータイムで一つのものを複数に増殖させ、瞬時に元の一つに戻す。

 風紀委員長の異能の補助もできる、応用性の高い優れた異能だった。


「どうした? 自慢の異能を――委員長を倒した異能を使うがいい!」


 小森は確信していた。

 らせんの能力は直接手で触れなければ発揮できない類のものだと。

 だからこそ、この戦法だった。

 遠距離でしかも他の武器と違って手元に引き寄せられて相手にわたる必要のない鎖鎌。


 鎖鎌というのは武芸十八般に数えられるが、さほどメジャーではない。

 それは弱いからではなく、刀や槍と違って習得が難しいからである。

 裏を返せば習得してしまえばそれらに並ぶ武器とも言える。


 鎖鎌の特色は分銅が付いた鎖にある。

 勢いよく投げられた分銅は凄まじい威力を発揮し、当たり所が悪ければ即死だ。

 また相手の得物に絡まれば引き寄せて奪うこともできる。


 小森はこの武器こそが自身の能力――増殖と最も相性がいいと確信していた。

 異能の中には銃を無力化するものもある。

 いささか古風ではあるが、これが使いやすいのだ。


「まったくよう。あぶねえことしやがる……だけど浅はかだったな。ていうかなんでって疑問に思うレベルだぜ」


 ぶつぶつと呟きながららせんは懐から野球ボールを取り出す。


「回転の異能を持っているって分かっているんだろう? だったら推測できるじゃん。俺が――どっちかと言うと遠距離攻撃のほうが得意だって!」


 らせんは素早く廊下の真ん中に出て、小森と向き合う。

 その距離は十五メートル――小森の間合いだった。


「観念したのか?」

「いいや。今度は俺の番ってやつさ」


 らせんはボールを見せて、にやにや笑った。

 小森は怪訝な顔になる。いったい何を――


「あんたのボス、風紀委員長は確か――野球好きだったよな!」


 野球の投法、オーバースローよりも身体を捻り、背中まで見せるほど――そこから一気にボールを投げる!

 身体に無理なく、空気抵抗が極力かからないように『回転をかけた』ボールは、まるで風紀委員長の異能である『ストレート』よろしく、真っすぐに小森のほうへ投げられた。


 迫りくるボール。

 時速は二百キロを優に超えている。

 鎖を増殖させて――いや、間に合わない!


 ボールは小森の顔すれすれに横切って、後ろの壁にたたきつけるようにめり込んだ。

 ぎゅるぎゅると壁に挟まっても回転は続いている。

 小森は無言でそのまま膝をついた。

 数センチ逸れて無かったら、顔面が吹き飛んでいたという恐怖で、全身がガタガタ震える。


「おーい。大丈夫かよ? 安心しろって。わざと外したんだから」


 小森は目の前に立っているらせんに、攻撃などできなかった。

 本気で死ぬ思いをしたのに、平然といられる女子高校生など、あまりいない。

 ましてや今まで風紀委員として狩る立場だった彼女が――


「そんじゃ、俺行くわ。もしまた絡んだら、今度はマジでぶつけるから」


 そう言い残して小森の元から去っていくらせん。

 しばらく呆然としていたが、スマホに着信が来たのに気づき、なんとか通話した。


「も、もしもし……」

『副委員長! 大変です! 歌川旋律の件ですが――』


 小森はらせんよりも旋律のほうを優先していた。

 つまり風紀委員会の中でも選りすぐりの委員を五名、向かわせていたのだ。


「どうしたんだ……?」

『五名ともやられました! 全滅です! 副委員長、どうすればよろしいですか!?』



◆◇◆◇



「あーあ。やっぱり売り切れだよ」


 がっくりと肩を落としながら自分の教室へ戻るらせん。

 その背中に「らせんくん。買えなかったみたいだね」と旋律が声をかけた。


「せんちゃん……なんか変なのに絡まれてさ」

「あっそ。だと思ったからこれあげる」


 旋律は購買部の商品の中でも一番人気な『照り焼きチキンサンド』をらせんに渡した。

 らせんは「マジで!? ありがとう!」と手放しで喜んだ。


「やっぱ持つべきものは友達だよなあ!」

「もちろん、タダじゃないからね」

「分かっているよ! ……あれ? 頬に血が付いてね?」


 らせんの指摘に旋律は頬を指でこする。

 そして顔をしかめた。


「ああこれ。返り血だ」

「食う前にトイレ行って洗って来いよ」

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