クルクルクルル!!
橋本洋一
第1話入学式に遅刻するな!
少年は己を責めた。
少女は彼を赦した。
血に濡れて倒れる少女を抱きながら、少年は自らの軽率な行動を悔やんだ。
時が巻き戻ればいいのに。
子供らしい自分本位な空想。
だけど、現実は甘くない。
少年が少女を殺めた事実は変わらないのだ。
◆◇◆◇
異能が世界で当たり前となって五十年が経った。
手から炎を出したり、触れることなく水を操れるようになったりと人類は少しだけ進化した。
しかし、大いなる力は人類同士を傷つけることがある。
必要なことは抑制ではなく、調節である。力は抑えようとして収まるものではない。むしろ暴走を招く。そう考えた世界中の政府と機関は、次の世代を担う子供たちを教育で異能をコントロールさせようとした。
異能先進国に名を連ねる日本では早くから異能教育に力を入れていた。結果として、異能による犯罪は世界でも少ない。
日本政府が先駆けとなり、異能を調節する術を学ばせる教育機関を創ったのは四十年前。そして、東京都内で創立した『武蔵会学園』は三十五年の歴史を誇る。かの学園は日本で二番目に古い異能専門の学校だった。
武蔵会学園は大学付属の中高一貫校で、内部進学が中心である。外部受験で高等部から入学する生徒は珍しい。それゆえ、よほど学業で優秀なのか、はたまた異能が異常なのかと色眼鏡で見られる。
加えて三十五年とはいえ、異能専門機関として伝統があり、数々の高名な卒業生を輩出している名門校だ。その厳格な校風だからか、遅刻などしたら罰せられる。
ましてや、外部受験生にとって大事な入学式に遅刻するなんて、通常なら考えられないことである――
「ああもう! 急がば回れって言うけどさ! 回るより急いだほうがいいって!」
訳の分からないことを喚きながら、武蔵会学園高等部の校門を走り抜けようとしている少年――嵐山らせん。真っ赤に染めた短い短髪が印象的で、入学式だというのにブレザーの制服を着崩している。ぱっちりと開いた眼は白目のほうが大きい。哺乳類より爬虫類のような顔つきだ。身長はさほど高くなく、高校一年生の平均をやや下げるぐらい小さい。
これからの三年間の門出に相応しい、どこまでも透き通るような青空の下、地面に落ちた桜の花びらを巻き散らして、らせんは物凄い勢いで校門を抜けた――
「……待てよ、新入生」
まるでリニアモーターカーのように速く真っすぐ――らせんの制服の右手の袖を鉄の棒が打ち抜く。
鉄の棒と言ってもボールペンぐらいの長さと細さだ。しかしその一本の棒はらせんの動きを止めた。警察の手錠のようにらせんを拘束したのだ。
「あっぶねえ!? なんだこりゃあ!?」
「入学式早々、遅刻をした生徒がいると聞けば。全身まるで校則違反ではないか」
らせんが声の主を見た。
ぴっちりとした七三分けに銀縁眼鏡。細身で目も細い。よく言えば真面目な優等生。悪く言えば陰険ながり勉という雰囲気だ。
右手には四本、左手には五本の鉄の棒を、指の間に挟んで持っている。
「えっとぉ。あんた誰?」
「武蔵会学園の風紀委員長の
らせんは恐れ入ったとばかり左手を挙げた。
おどけているようだった。
「入学当日に大物と出会えるなんて、俺びっくり」
「違った意味で俺は驚いている……こんな違反だらけの大物を捕まえるとはな」
風紀委員長の須部は、左手の鉄の棒を三本投げつける。
ずとん! と音を立ててらせんの制服は壁を縫い付けられた。
らせんは内心、どんな異能なのかと考えている。
「ちょっと遅刻しただけで、意地悪しないでくださいよ、須部パイセン!」
「入学式への遅刻、無許可の染髪、そして制服の着崩れ。スリーアウトだ」
「あ、野球好きなんっすか? なら試合は九回まで続くんで。見逃して――」
「見逃し三振ほど、見苦しいものはない」
須部は右手の四本を見せびらかしながら「風紀委員長権限で貴様を処分する」と告げた。
「安心しろ。ほんの少し再起不能になってもらうだけだ」
「再起不能に少しもくそもない気が……」
「――さらばだ」
須部が異能を以って、らせんを攻撃しようとした――しかし一転して須部はその場から回避する。
三つの岩。丸っこい岩と一直線の岩、そして二つに分かれた岩がそれぞれ須部がいた場所に物凄い勢いで転がっている。
らせんは安堵の表情を浮かべた。武蔵会学園の校舎――多くの生徒が覗き見ていた――のほうからゆっくりと歩いてくる男子生徒に「助かったよ!」と大声で感謝した。
「危うく死ぬところだった! ありがとう――せんちゃん!」
「……あのなあ。何度も言ったじゃないか。絶対に遅刻するなって。僕何度も何度も言ったよね!」
せんちゃんと呼ばれた生徒――折り目正しく制服を着ている――は呆れた顔でらせんに言う。
黒髪を伸ばした、青白い肌を持つ根暗のような容貌をしている。けれど女子に人気がありそうな顔立ちをしている。ジュニアモデルでも成り立つだろう。
彼は髪をかき上げながら「らせんくんには困ったものだよ」と愚痴を言う。
「それで、そこの人は?」
「今、せんちゃんが攻撃した人? 風紀委員長だ」
「はあ。穏やかな学園生活がめちゃくちゃになりそうだ……」
溜息をつく様も絵になる男子生徒。
体勢を立て直した須部は「貴様は、
「……まさか、新入生も含めて全校生徒の名前を記憶しているんですか?」
「そうでなければ、風紀委員長など務まらん」
男子生徒――歌川旋律はやれやれとばかりに肩をすくめた。
それから「確認するけどさ」とらせんに問う。
「その風紀委員長様はらせんくんの敵なの?」
「ああ。ばりっばりの敵だぜ」
「ふうん。そうか……」
旋律は両手を拳に変えて、腰に添える。まるで正拳突きをするような形。
その後足を踏ん張って仁王立ちになった。
「だったら、僕の敵でもあるね」
「……いい度胸だ! 二人まとめて相手してやる!」
血の気の多い風紀委員長だなとらせんと旋律は思ったが――旋律はノータイムで攻撃を仕掛ける。
『おはよう!』
旋律が叫ぶと、彼の正面に岩が発生して――須部に向かっていく!
須部は舌打ちしながら避ける。岩の硬度が恐ろしく高いことは先ほど触って確かめていた。
どどん! と校庭に岩が突き刺さる。須部はそれらをよく観察した。
「なるほど。文字の具現化か」
「わあお。一発で分かるなんて。流石、風紀委員長だ」
手放しで褒めた旋律だったが、次に『こんにちは!』と叫んだ。
次々と岩が投げ飛ばされる。
その上、消えないところを見ると持続性もあるらしい。
須部はまず、らせんを始末しようとした――いつの間にかいない。
「抜けられるほど、浅く打ち込んだわけではないのだが……」
視力が弱いせいか、あるいは旋律の猛攻のせいか、須部は気づかなかった。
鉄の棒を打ち込んだ先が『丸く繰りぬかれている』ことを。
「……ふう。このくらいでいいかな」
旋律の声の方向に鉄の棒を打ち込もうとして――止まった。
校庭中に文字の岩が埋め尽くされている。
文字の岩による、岩林と言えばいいのだろうか。
遮蔽物が多すぎて――須部の異能と相性が悪い。
「――くっ!? これでは!」
どこから攻撃してくるのか分からなければ、須部の異能である『ストレート』は発揮できない。
彼の『ストレート』は物体に直線運動を与える能力だ。速度は最速で時速二百キロは出せる。
しかし物体の強度自体は変わらない。鉄の硬度と同じ文字の岩を貫通することは不可能だ。
こつんと音がした。
須部はほとんど反射的に振り向く。
小石が文字の岩にぶつかっただけだった。
その隙を、赤頭の新入生は見逃さない。
「ゲームセット、だぜ――須部パイセン!」
らせんの声――反応が遅れた須部の顔にらせんは思いっきり殴った。
すると須部は自分が上下逆さまになっている――いや、戻った――また逆さまだ!
「うおおおおおおおお!?」
須部はくるくると回転しながら後方に吹き飛び、文字の岩に背中からぶつかった。
目が回ったのか、それとも衝撃が強かったのか、須部は伸びてしまった。
「へっ。あんたも焼きが回ったようだな」
嵐山らせんの異能。
それは物体に回転を与える能力だ。
異能を以って鉄の棒を外し、須部を回転させて倒したのだった。
らせんの言葉に「終わったようだね」とひょっこり出てくる旋律。
「ああ。ナイス連携プレイだぜ。ていうか、せんちゃんだけでも勝てたんじゃねえの?」
「相性は良かったけどね。らせんくんに花を持たせたんだよ」
二人は喋りながら、戦いの一部始終を見て生徒がざわついている、武蔵会学園の校舎へと向かう。
彼らは知らない。
武蔵会学園の三大勢力の一角、『委員会連合』を敵に回したことを。
いくら回転の異能を持っていても、決して運命の歯車は止まらない。
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