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 何が正しいかわからなくなると、透明な何かに首を絞められているような感覚を覚える。

 冷静に閉塞した現実を理解してしまう自分が嫌だな。

「つまり、僕にはどうしたって未来はなくて、闘ったところで枯れて朽ちるか爆ぜて散るかの二択しかないんだって」

 自嘲しつつこぼした独り言が脳でリフレインする。

 僕は人生に何を求めれば良い?

 また透明な手の首を絞める力が強くなった気がした。


「アル、少し手伝って」

 書斎で膝を抱える僕をルナ姉さんが呼ぶ。

 カスカスの声で返事をして立ち上がった。

 どう言う状況であれ生活は続く。精神の状態を選ばない世界を少し呪う。

「まだ無理だって……」

 くらくらと揺らぐ思考を支えて中庭で洗濯物を干す姉さんの元へ向かう。

 真っ白のシーツをクリップに挟んで選択紐に吊るす姉さんを見れば、そこだけが光のドームのように輝いて見える。

 ルナ姉さんはぼんやりとした雰囲気が常人離れした印象を与える。ザイオンの聖女と一部で呼ばれているのも納得できる。

「アル、シーツの向こう側を持ってくれる?」

 くすくすと微笑みながら大きなシーツの対角の辺を持つように指示して姉さんが歩み寄ってくる。

 洗剤の匂いが鼻腔をくすぐる。

「ああ、うん」

 差し出された白布をつかみ、タイミングを合わせてぱんぱんと伸ばす。

 ルナ姉さんと居ると、この時間が永遠に続くとさえ感じる……、だけど。

「姉さんは、もし自分が近い将来死んでしまうとしたら……」

 気が緩んだのか、考えすぎて頭が緩んだのか。

 無意識に出た言葉で僕は姉さんに質問をしていた。

「うん…、どうしたの?」

 はっとして二の句が継げないでいると、姉さんに訊き返された。

 もう半分言ってしまったようなものだ。いっそ相談してしまいたい。

「姉さんは、もしあと数年で絶対に自分が……もしかしたらみんなが死んでしまうとしたら、どうやって生きる……?」

 セレクトは僕だけじゃない。

 ベラだって、ジャックだって同じくらいで死んでしまう危険がある。

 そんな中で、僕だけが知っているというのは苦しすぎた。

「……難しいことを聞かれちゃった」

 ルナ姉さんも顎に指を当てて「うーん」と思案している。

 ルナ姉さんにも知らないことがあったんだ、と若干の驚きがあって僕も唾を飲む。

 僕にとっての姉さんはなんでも知っていて、悩むことなんかあるのかって思ってたから。


「うん……私だったら「最後まで幸せに生きる」ために全力で頑張る……かも」

 少しの逡巡の後に首を傾げながらルナ姉さんがこぼす言葉は普段と違って妙に人間臭くて。

「それに、自分がいつ死ぬかなんて他人に決められるのはいやじゃない? でしょ?」

 ふにゃ、と笑って髪を撫でられる。

 やっぱりルナ姉さんの見てるものは僕には見えない。

「アル、お姉ちゃんはさ……アルがどんな選択をしてもいいと思うよ」

 ぎゅっと抱きしめられて耳元にささやかれる。

 気恥ずかしさからいつもは早めに離れるけれど、今日は存分に甘えておきたい気持ちだったので、されるがままになってみた。

 暖かさと反して急速に脳の芯が再構成されていく感覚が目の奥を絞る。

 視野角が広がるような感覚が見えないものを見ようと研ぎ澄まされていく。


「っ姉さん!!」

 ここ数か月で一番デカい声が出た。

「わっぷい」

 姉さんも驚いた声を上げて腕を離す。

 なにかが開いた感覚を持ったまま、へにゃと笑う姿にすべてを吐き出したくなる。

「僕は今から……間違える!」

 なんでかわからないけれど、この時の僕は多分。




   ***


 研究室の扉が乱暴に開かれる。

 こんな開け方をするのは決まってジャックだ。

 また訓練用の武器でも壊したのか、と振り返るとそこには。

「博士……」

 息を切らして、肩を上下に荒げたアルが満面の笑みで立っていた。

「どうしたんだいアル、そんなに慌てて」

 席を立ってアルのもとに歩み寄るとアルは白衣の腕をつかんでまっすぐ私の眼鏡の奥、目を覗き込む。

 その奥に宿る野性的な……というか狂暴なまなざしに一瞬息をのんだ。

「博士、僕はもう知ってるんです。 だから、僕に間違うことを許可してください!」

 「あ、ああ」勢いに気圧されてさっき立った椅子にしりもちをついた。

 アルはもともととても冷静な子だった。

 訓練の成績は良好だが、戦闘よりも技術や座学のほうが好みのようだった。

 この子が最初のセレクトでよかったと初めて会ったころに思ったもの。

「あるんじゃないですか……? 僕らが戦うための手段が」

 ただ、こういうときに先回りをされてしまうのは、ルナといいアルといい、大人の面目がないよ……。

「はぁ……うん、あるよ。僕としてはセレクトが心身を正しく成長させるまで待つつもりだったんだが……」

 まあ親の思う通りに子供が育たないなんて聞いた。

 どうすればいい?と棚の上にあるフォトフレームに目をやる。

 毎日変わらないあの日の君が笑っている。

 君が言うだろう正しいセリフを脳内でイメージする。

『やってみたいならやらせてあげてみたらいいよ。 君がセキニンを取ってあげるんだ』

 朗らかに笑う彼女に頷く。

 

 

「アル、君に手段を与えるよ」



   続く。

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