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ファルサイド13p
***
イザヨイ
戦場は苛烈な様相を呈していた。減り続ける人的資源に反比例して増え続ける敵性反応。
レーダーには無数の赤い点が蠢き、絶望的な状況を示す。
「トリアージを行い深刻なポイントを優先し包囲殲滅。ザイオンの位置だけは気取られぬように防衛しきる」
ザイオンの防衛に際して前線基地に指揮官が出張るのは珍しい。
初老の指揮官は珍しく戦闘服を纏い各地に指令を送る。
その表情は険しく、すでに尋常ではない量の煙草が灰皿に積み上げられていた。
「チャンドラ、イザヨイは遊撃ユニットとして端末に送信された攻撃地点を連戦してもらう」
こめかみを抑えつつ、補給のために戻った私たちには簡潔な指令を下す。
というか、私たちは基本的にやることが一つなのだ。
壊滅指定を受けた戦士がザイオンに2人である以上、私たちが強敵を討たなければ戦線は崩壊する。
まして今回の大発生においては防衛線を間延びした配置にせざるを得ないため、空路で危機的状況の地点を順繰りに討伐するほかない。
この状況が出撃から1週間ほど続いている。
常識的に考えて限界はいずれ来るのだが、そこは根競べ。
ヤツらがあきらめるのが先かこちらがくたばるのが先か、というシンプルな話なのだ。
銀弾を持ちえない我々に取れる手段はもとよりそう多くはないのだから。
指揮官自ら前線に赴いたのは士気を向上させるためだろう。
「イザヨイ、出発の時刻だ」
食料の補給とコンディションの調整を終え、チャンドラが声を掛けてきた。
若干老けた気もするマスクを脱いだ素面に苦笑し、分かったと応える。
私もおそらく相当ヒドイ表情をしているのだが、笑わないあたりチャンドラは紳士だ。
「チャンドラ、この戦いはどれくらいで終わると思う?」
ふざけた調子で訊く。
チャンドラは決まってこう言うからだ。
「俺たちが諦めた時だ」
ふふ、かっこいい。
そうやって茶化しつつヘリに乗り込み、激戦区をめぐる戦いが始まるのだ。
***
黄砂が舞い上がり、吸う空気が土の香りでいっぱいになる。
マスク越しの荒野が猛威を振るおうと、俺たちは一歩も退くことを許されない。
「右翼砲撃型30!! 遮蔽に隠れろ!!!」
メットの中の骨伝導型シーバーに通信が入る。
俺がいるのは右翼。つまりハズレってことらしい。
1も2もなく近くの岩陰に飛び込むと、先ほどまで居た虚空を光弾が飛んで行った。
「っは、はあっ」
息を整え言葉にならない悲鳴を上げつつライフル銃型エクステンドを構える。
おおよそ十分ではない火力の装備を赤子のように抱きしめ脇を締め、遮蔽越しに弾幕を張る。
砲撃型30!?
砲撃型30という言葉が頭を駆け巡る。
幾度かの戦場の経験が脳に嫌な予想をさせ、股間を温める。
どうやら失禁したらしいが、そんなことはどうでもよかった。
砲撃型は機動力をほぼ持たない代わり、遊撃型や突撃型、歩兵型などの機動力を持った黄昏共が押し寄せるという意味だ。
残された時間は少ない。
笑う膝を殴りつけて立ち上がる。
「やってやる、やってやる!!!」
半ば泣き声に似た悲鳴を上げつつ土煙を纏う黄昏の群れをスコープ越しに睨んだ。
クソみたいな世界だと、心の中で毒づきながら、トリガーを引く。
伏せ撃ちの弾幕が黄昏の黒い影に吸い込まれていく。
衝撃と光が脳を揺らし、知覚を麻痺させる。
仲間のこと、家族のこと、故郷のこと。
誰にも届かない声でたくさんのことを叫ぶ。
ありがとう。馬鹿野郎。金返せ。愛してる。ごめんなさい。ありがとう。
レーツェルの輝きが迫る大群を迎え撃つ。
俺だけじゃない。
たくさんの仲間が戦っているんだ。
絶望にまみれた嗚咽の中に一つの希望が生まれた気がした。
なんてったっけ、昔話にそんな話が在ったと嗤う。
「いつだって、どこかに希望が残っているものさ」
死んだばあさんが言ってたっけ。
だから、この弾丸が誰かを救う一助になると信じて。
俺たちは撃ち続けるしかない。
「うおおぉおおおお!!!」
ザイオンで見た、あのセレクトの少年を思い出す。
俺たち人類は負けない。
まだ負けていないんだと。
眼前に迫る死神の黒い影に吠えた。
***
イザヨイ
「右翼ロスト!! 猶予がありません、出撃を!」
未だ目的地店に多少の距離がある中、ヘリのパイロットが叫ぶ。
装備を携えてヘリの扉を開いてタイミングをうかがう私たちの眼下、防衛地点右翼の最前線でひときわ強い爆発が起きる。
「あれは!?」
視認しようと目を凝らし声を上げると、火柱とともに多数の黄昏が吹き飛ぶさまが見えた。
「戦士の誰かが命を燃やしたんだ。クソっ行くぞ!!」
チャンドラが怒気を孕んだ声で告げて爆炎の中へ飛び込んでいく。
遅れじと私も輸送ヘリを飛び出し大楯を構え爆発の中心へ落ちた。
「いくぞおおおおおお!! Hide the twilight――【業腕爆砕】!!!!」
チャンドラが先に地表に降り、怒りのままに戦斧を大きく振るう。
地表には多くの黄昏と、それよりも多くの戦士たちの亡骸があった。
「ありがとう、あなたたちが頑張ってくれたおかげで護り切れる」
目の端にとらえた屈強なサイバスロンの亡骸に礼を告げて、チャンドラの二の矢になって黄昏に剣を振るい弾痕や斬撃、爆発によってひるんだ黄昏にトドメを刺す。
そしてチャンドラと二人、砲撃型へ向けて進撃を始めるのだった。
続く
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