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夜が明ける。
ほとんど一睡も出来なかったものの、兎にも角にも1日が始まってしまうのでのそのそと布団から這い出る。
ぐわんぐわんと揺れる視界を抑えつつ顔を洗いに洗面台へと乱れた足取りで向かった。
「……おはよう」
当然だが、修道院の洗面所は一つ。洗面台こそ3つあるが、朝の時間にベラと鉢合わせることは予想できた。
それを計算できなかったのは僕の意識がそこに向いてなかったからだ。
「おはよう」
つん、と顔を僕から背けるベラ。
なんだかんだで昨日の一件を謝れていないから、仕方もない。
謝ったほうがいいとジャックの声が脳で反響する。
わかってはいるけど、ベラやジャックに打ち明けずになにを謝るって言うんだ。
そんな表面上の謝罪をしたら、それこそベラは怒りそうだし……。
「顔、洗わないの」
洗面台に手をついて様々逡巡していると、タオルで顔を覆いながらベラが話しかけてきた。
意地でも顔は合わせないつもりだ。もごもごとこもった声にはやはりすこし棘がある。
「……洗うよ」
つい気のない返事をしてしまう。
こういうところが僕のよくないところだ。
ベラやジャックによく言われるのにな、と後頭部を掻いた。
「あっそ」
ベラは冷たく言い捨てて洗面所を出て行く。
背中になにも声をかけられず、もやつく頭を冷やすように水を顔にぶつける。
なにをやっているんだ僕は。
***
ジャック
「どうだった?」
洗面所からベラが出てくる。
いつもより鋭い目つきで(メイク前だからとは関係なく)こちらを見てため息をつくベラ。
「どうもこうもない」
そうこぼすと、眉尻を下げて困ったようにぶつぶつと文句を言い始めた。
「まったく、どういうつもりなのかしら」
「さあね。 ただ、アルがあんなに悩むってなにがあったんだろう」
一晩経って、アルの表情は好転するかと考えていたけれど。
僕は寝れば大体の悩みは忘れてしまうのでアルの気持ちが読めない。
「決まってるでしょ、私たち「セレクト」に関することよ」
ふん、と鼻を鳴らして勝ち気な表情のベラが言い切った。
なるほど。
アルが悩むワケも簡単に言い出さないワケもわかった。
アルらしい。
***
博士
私はバン。一応そこそこに長い本名があるけれど普段は「博士」や「神父」と呼ばれている。
ザイオンで「セレクト」に関する研究と実験の責任者とかをやっているミッドナイト技研の研究者だ。
「なるほど……すみません、ご迷惑を……」
今は内線通信の先にいる同僚へ平謝りをしている。
どうやら、アルは昨日その同僚のところへ行ったらしい。
そして私が隠していた事実を知った、と。
『いい加減、センチメンタルで実験を延期するのは辞めたらどうなんですか?』
電話口でパーマの彼が嘆息する。
ミッドナイト技研は非情な組織だ。本来であれば研究対象に対して専用の建物や環境を用意することなどない。
それもこれも私が研究成果を盾にゴネたからここにある。
「いやはや……おっしゃる通りなんですが……」
とはいえ、私はあの子たちを実験動物のように扱いたくなかったのだ。
家族も、愛情も知らない戦士や兵器はいずれ暴走し、要らない悲劇を生む。
これは私が黄昏の研究を始める際、当時の嫁に言われた言葉だ。
護るものを映さない剣に人類の命運を託してはいけない。
そう信じてこれまでやってきたのだが……アルの様子から見ても、限界は近いのかも知れない。
添付されたデータに示される残り時間が刻一刻と近づくのは嫌でもわかる。
「上からの催促、ですか……。 一つの奇跡が悪戯に欲望と野望を呼び覚ます……」
資料によると、若干十数歳の少年がレーツェルへの適合、圧倒的な適正を以て「厄災種」を撃破したという。
……にわかには信じがたい。資料によればかなりの損害を出したとあるが「厄災」とは黄昏の中でも最悪の「終焉種」に次ぐ脅威である。
黄昏の脅威度は「一般種」「壊滅種」「災害種」「厄災種」「終焉種」と5段階に分けられているが、その中でも災害種以上の黄昏は到底人間に対処できるものではない。
文字通りの「災害」「厄災」「終焉」なのだ。
それをセレクトと変わらない齢の少年が……?
「プロパガンダ……とするのはこの話が上から来た時点で疑うべきではないですね……」
また深いため息を吐く。
できれば私はセレクトが、ルナが、イザヨイが。
このザイオンの誰にも死んでほしくはない。
アルはいずれ良しにせよ悪しきにせよ力を求めるでしょう。
その時に備え、私は私にできることを。
続く
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