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   ***

   ジャック


 防衛本部での訓練を終えてクタクタの体を引き摺り修道院へ帰る。

 チャンドラさんから託されたメニューは今までのカリキュラムよりも格段に辛い。

 でもその分、強くなってる実感もある。

「アルもベラも驚くぞ……!」

 修道院のドアを開くと、そこには葬式のような空気で夕ご飯を食べるみんなの姿があった。

「た、ただいま〜!?」

 どうしたんだろう、と思いつつ食堂に入る。

 博士は鼻ですんすんと音を立てているし、ベラは無言でパンをちぎり貪っている。

 アルは……顔色悪く控えめな量で食事を止めていた。


「ちょ、ルナねーちゃん……! なにがあったの」

 スープを飲みつつもしゃもしゃとパンを食べる姉に声をかける。

「んく……ジャック、おかえりなさい〜。パンいま温めるから、スープをお願いできる?」

 ほにゃ、と笑いながら席を立つルナねーちゃん。

「あ、うん……いやそうじゃなくて、なにこの空気、なにがあったの」

 聞く相手を間違えた気がするけど、他に聞けそうな相手もいないので、追求をせざるを得ない。

 というか、どう考えてもアルとベラのどっちかなんだけど。

「今日はアルがプチ家出をしてね」

 パンをトースターに入れ、つまみを回す姉が淡々と説明をする。

「へえ、アルが家出ねえ……アルが家出ぇ!?」

 その自然な言い方に一瞬反応が遅れ、スープを入れる手がぶれる。

 危うくこぼすところだった。

「ってちょっと待ってよ、あのバカ真面目なアルが家出って……どういうこと?」

 スープを淹れた器を持ってキッチンから食堂へ戻る。

 なるほど、博士ははちゃめちゃに心配したようで、鼻が真っ赤である。

 そしてベラも目の周りが赤い感じがする。アレは多分メイクじゃない。

 ……アルはもうなにを考えてるのかわからないくらいの「無」の表情。

「えっと、アル。怪我とかない?」

 無の表情でスープの水面を見つめるアルに声をかける。

「ジャック……いや、大丈夫。 怪我はないよ」

 ものすごく無理をした顔で空元気の笑顔を見せてきた。

 血の匂いとかはしないから、本当に怪我はしてない気がするけど。

「ベラは」

 ベラに話を振ろうと目を向けると、食い気味に「ご馳走様」と言い席を立ってしまった。

「なあアル……兄ちゃん、ベラにはちゃんと謝っておきなよ……?」

 今日は説教のある日じゃなくてよかった……。

 しみじみとそう思いながらルナねーちゃんの持ってきたほかほかのパンを頬張った。




   ***

   アル


 夕ご飯を食べ終わって、自室に戻る。

 門限をやぶったのも、無断で修道院を出たのも初めてのことだった。

 あれほどきつく言われていた言いつけを破ったのに、博士もベラも怒ってはいなくて。

 帰ってから何度も博士は「よかった」と言っていたし、ベラも拗ねてはいたけど怒ってなかった気がする。

 心配をかけてしまった……。

 それなのに、僕の求めていた答えは決して良いものではなかった。


『君の体には黄昏の因子が混ざっている』

『セレクトというのは黄昏により近い性質を持った子供のことなんだ』


 僕の両親はミッドナイトのサイバスロンだったらしい。

 1歳か2歳のころに死んでしまったらしいけれど、残された僕は両親が体に埋め込んだ『レーツェル』によって汚染されている、らしい。

『君たちの異常な身体能力はその副作用、ってわけだ』

 パーマの研究員はため息を交えながら採血で取ったデータを普通の人間と比べながら話していた。

『それが、ゲオルギウス様となんの関係があるっていうんですか』

 核心を避けたような話運びに業を煮やした僕が聞いた。

 そこまでの話も初耳だったけれど、僕はそれが知りたかったから。

『これはロードの信仰の根源に迫る話だから、あんまり大声では言えないんだ』

 なるほど、だから場所を慌てて移したのか。


『ゲオルギウスは黄昏なんだよ』


 つまり、どういうことなんだろう。

 思考が一瞬停止する、脳が理解しない。

『やっぱり』

 なにもかもがわからないはずなのに、僕の心は落ち着いていた。

 全く知らない、全く教わっていないはずなのにどうしても疑えない。

 それが真実だと、僕の中の何かが知っている。

『おそらく、君の中の黄昏がその答えに導いたか、その答えに侵食されたか』

 手が震える。

 今までの全てを否定されたような気持ちになって、探していたはずの答えに足元を砕かれたみたいだ。

『……今言うことじゃないのかもしれないのだけど、今しか言うタイミング無さそうだから』

 そしてパーマの研究員はこう言った。

『君はあと5年以内に死んでしまうよ』


 それから、何杯かお茶を飲んで、汚い言葉も使って研究員と口論をして。

 カラカラの喉で言葉を尽くした後、やっと現実だと受け入れられた気がした。

「あと5年……?」

 右手を開いて見つめる。

 ベラとジャック、博士とイザヨイ姉さんとルナ姉さん。

 指折り大事な家族のことを思い浮かべる。

 僕は何のために生きればいいんだろう。

 信じるべきものと憎むべきものがひとつになってしまって、自分の中にもその悪魔が宿っていて。

 それが僕を内側から食い破るという。

「どうすればいいんだよ……」

 頭をかきむしってベッドに臥す。

 ふわりとおひさまの匂いがして、すこし花の匂いがする。

 言われようもない暖かさが苦しくて、何故だか涙が溢れてきて。




   続く

   

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