家族と神秘技術

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 イザヨイ姉さんが防衛任務でまた行ってしまった。

 修道院の長男、アルフレッドは見送りの帰りに考え事にふけっていた。

 今日は自分以外の修道院の家族たちがみな用事で出かけている日だったので、その一日の使い方について。

「何をしよう」

 アルフレッドはその年にしては高い洞察力と異常によい視力と聴力そもった少年だった。

 それゆえに自身の住む修道院にいても、どこか一人になる時間というものがなく、若干思い悩んだりしていたのである。

 一度修道院に戻っては見たものの、妙に落ち着かない時間に、読み古した本を開く。

 

 ゲオルギウスの経典 12章 【永劫】

 はらりとめくったページに描かれている文章に指をすべらせる。

 ロードによる宗教書のなかに、ゲオルギウスの経典、というものがある。

 ゲオルギウスが起こした奇跡や、それに付随するエピソードをまとめたもので、これらは落陽の世界が始まってからの数年間に起きた史実だと言われているのだけど……。

「この章とか、どうにも人間技には思えないんだよ……」

 挿絵とともにつづられた小話は、こんなものだ。


 ゲオルギウスはある時、「私は死んだとき、星になるだろう」と言った。

 それは比喩ではなく、星のように輝く遺産を残し、その身が散ったという意味だった。

 最後の戦いを終えたとき、ゲオルギウスの放った燐光は各地へ降り注ぎ、それが今の生存領域になったのだ。

 そしてその光こそが、我々を守り我々の戦う力となっている。


 大幅に要約こそしたものの、あらすじはこう。

「ゲオルギウスの燐光ってなに……?」

 ロードの教えには、ゲオルギウスは実在した英雄的サイバスロンということになっており、あくまで強化改造手術を受けた人間であるとされているのだが、このエピソードにおける燐光は、サイバスロンの扱う動力源【神秘機関】(レーツェル)のことだと考えられる。

 レーツェルは、黄昏の死骸からエネルギー源となる部位を摘出、加工・圧縮したもので、ゲオルギウスとなんの関係性があるのか見えてこないのだ。

 レーツェルがなければサイバスロンにはなれない。始まりのサイバスロン、ゲオルギウスの遺産がレーツェルの技術……?

 鶏が先か、卵が先か。

 この関係性には矛盾がある。


「ゲオルギウス様って、何?」

 腕を組み、頭をひねる。

 ゲオルギウスがレーツェルの基礎理論を作った科学者などであれば、つじつまが合う。

 だが、そのような記述は文献にはない。

 この疑問は、もう数週間アルの頭の中でぐるぐると巡っていた。

 博士に聞いたときは、「ゲオルギウス様っていうのは、教会のほうに大きい像があるだろう? あの人のことさ」と言った。

 本を持って修道院を出て、教会へと歩いて向かう。

 ゲオルギウス様の像とは教会の中にも、外にもある白い像のことだ。

 いつでも淡くライトアップされた像をじっくりと眺める。

 『英雄ゲオルギウス』

 金のプレートに彫り込まれた文字を掌で撫ぜ、自身の体躯の何倍もある像をじっくりと見つめた。

 素材は金属、削り出しの加工をきれいに研磨した白くまばゆい青年のような勇猛な戦士と、その背後に舞う巨龍。

 英雄ゲオルギウスの像は決まってこの構図をとられ、各地の教会に立っているらしい。

 ぼう、と眺めながらアルは素朴に疑問を感じた。

「この龍は、誰?」

 はらりはらりとページをめくっても、ゲオルギウスの経典に龍はでてこない。

 挿絵にはいつも、この巨龍がいるのに。

 アルはまた思案する。

 そして、ルナの言葉に行き着いた。

『――理知と狂暴を兼ね備えた、怪物ではないかと』

 なぜか思考がぐらつくその言葉は、アルの信じるものを揺らがせる力を持っていた。

 

 その日、初めてアル……僕は家出をした。

 というよりも、初めて自分で答えを探したくなった。

 自分がどこからきて、どこへ行けばいいのか。

 自分で探したくなったんだ。




   ***


 きっと、僕の知りたいことを。そのヒントを知ってる人がいる。

 リュックに必要そうなものを手当たり次第に詰め込んで、僕は修道院の外に駆け出した。

 ザイオンの最下層で、ある人を探すために。

 研究所には入ることを許されていないため、ほとんど潜入のように。

 抜き足差し足で緑あふれる教会区を抜けると、ザイオンの地下というのは冷たい白色の世界だった。

「すみません、『ミカ』って人を探してるんですけど……!」

 中庭のような空間で白衣を着た研究員の一人を呼び止める。

 すこし明るい髪にパーマをかけたメガネの男性研究者。

「……君は」




   ***


 ルナが上層の教会での仕事から戻ると、修道院には博士が待っていた。

「あれ? ルナ、アルと一緒じゃないのかい?」

「いえ……今日は昼から一人で留守番をしていると……」

 博士曰く、夕方に差し掛かるころ博士が帰ってくると、すでに誰もいなかったという。

 うろうろと玄関をあっちへこっちへと歩き回る博士は、ルナと一緒に行ったのだろうと思っていたのだ。

「アルは頭のいい子だから、変な所へ言ったりはしないと思うけど、ザイオンも一枚岩じゃない……変な人につれていかれたら」

 口に手を当て、あわあわとよくない想像を口から駄々洩れにする博士。

 対してルナはぼう、と博士のほうともとれる方を見ている。

「ただいま~!」

 静寂を破ったのはベラだった。

 戦闘訓練の一環で技術シミュレーションを行い、ご機嫌に帰ってきたベラは、異様な空気にびくっと固まった。

「なによ、どういう状況……!?」

 鞄を取り落とすほどに困惑しながら訊くベラに、博士が飛びつく。

「聞いてくれベラ! アルが……アルが家出してしまった~!!」

 相変わらず、虚空を見つめるぼんやりした姉と、慌てふためく博士、ゆすられる肩。

 ベラは意味不明な状況に声にならない声で悲鳴をあげた。




   続く

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