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「戦闘を教えてほしい?」

 それは少し時間を遡って修道院。

 ジャックの適正について、博士から話を受けた時のことだった。

「そう、戦闘訓練を積ませたい。

 というのも、セレクトの面々はもうこの院庭では訓練に不足するほどの成績でね。

 アルやベラの適正はシミュレーションや実践が可能なんだけど、ジャックに関してはそうはいかない。

 戦闘シュミレータはあるけど……あんな過酷な訓練を少年にやらせるのはミッドナイトでもイカれた研究者だけだろうね」

 シミュレータのメニューは第一トレーニングが仮想空間での黄昏との戦闘から。

 実際に効果は高いのだろうが、そんな訓練をしていては戦士がPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる。

 仮想空間でも死ぬことは相当に心身へ負担をかけるからだ。

 仮にそれを10歳前後の少年にやらせるとすれば……そいつは人の心がないか何処かのネジが外れている。

「というわけでさ、ザイオン防衛の本部には話は通してある。今後はジャックの訓練は本部の訓練場になるよ。……ただ、訓練メニューの裁定や能力の初期調査は戦士の中でもより抜きの君にやってほしいってわけだ」

 セレクトが有用だとアピールする機会でもあるしね。と付け加えながら博士はコーヒーを一口啜った。

「わかった。ブリーフィングの後で良ければ」

 ザイオンを離れていた間にジャックがどれだけ成長したのか、私にとっても楽しみだったため、快く引き受けて博士の部屋を後にした。



 現在。モニタールーム。

「すごい……」

 モニターで多角的に録画されたジャックの動きは、見事と言う他なかった。

 両手にしっかりと握った双剣を交互に使い、チャンドラへ猛攻を仕掛ける姿は様になっており、情報職員も舌を巻いている。

「確かに、想像以上」

 ジャックはチャンドラの行動の癖を掴もうと左右へのステップを挟み、攻撃の軸となる剣を切り替えながら戦っている。

 通常、人間には利き手、利き足、利き目、利き耳などがあり、無意識下に左右どちらかに偏重した行動を取ってしまうと言われている。

 双剣使いと言うものはそれを観察から把握して攻撃を有効にする戦術を基本とした武器である。

「なんか、少し不満そうじゃないですか?」

 情報職員は驚いて私の顔を覗き込んだ。

「見てればわかるわ」

 画面の中ではチャンドラの隙を見つけたジャックが懐に飛び込んでいる。

 チャンドラの利き目は右と理解したジャックはフェイントを噛ませてチャンドラの左目下方から攻めることに決めた。

 双剣の片方で振り下ろされた杖を受けつつ転がり込むように死角をとったジャックは渾身の連撃を——。


「ああっ!!」

 職員の声が耳に刺さる。

 画面の中ではジャックが吹き飛ばされて芝の上を派手に転がっていった。

「い、今何が……?」

 職員は完全に状況を理解できなかったようで、解説を求めこちらを仰いだ。

「簡単な話で、ジャックの行動は教科書通りすぎたのよ」

 画面を少し巻き戻す。

 ジャックが剣撃を放とうとした瞬間、チャンドラのキックが腹部プロテクターに突き刺さり、そのままスローモーションの画面でジャックが転がっていった。

「……チャンドラさんには全部が読めてたってことですか……さすがですね……」

「どこがよ。普通に大人気がなさ過ぎるでしょ?」

 むす、と腕を組んで頬を膨らませる。

 どう考えても子供相手にやりすぎ。

「……イザヨイさん、弟離れ出来なさそう……」

 ぼそ、と呟いた職員をチラッと見やると、「なんでもありませーん」とふてぶてしく笑われた。

 納得いかないわ。


「それで、終わりですか?」

 モニタに振り返った職員はおお!と感嘆の声を上げる。

「立ち上がってる! アレたぶんバイクに撥ねられたくらいの衝撃があったでしょうに」

 言ってる間にもジャックは立ち上がり、口に入った人工芝をぺっぺ。と吐いている。

「タフネスありますねー」

 そしてぎらりと眼光鋭く微笑うと双剣を逆手に構え直し、獣のように駆け出したのだ。

「さっきまでとは逆。 もう教科書なんて頭に無い動きになって……どうしちゃったのかしら」

 そう、この行動が私の頭を悩ませていた。

 幼さ故に自棄になったのかと思ったが、剣筋はしっかりと……むしろさっきまでよりも鋭くなり、チャンドラにも余裕を感じさせないほどに良くなっているからだ。

 姿勢も構えも滅茶苦茶なくせに、正確な動きにチャンドラは杖を両手で構え、捌く動きも速くなっていく。

「なんか……これじゃまるで」

 黄昏みたいだ。



 いく合かの衝突の果てに跳躍したジャックの一撃がチャンドラの脳天を割ろうと振り下ろされた。

 チャンドラは余裕を持ち、杖を横に保持して受け止めようとする。

 だが、木製の杖は限界を迎えて叩き割られた。

「嘘でしょ」

 もはや引き気味の職員が声を漏らした。

 カメラはアップで獰猛に嗤うジャックを映す……が、次の瞬間、チャンドラの回し蹴りが炸裂し、ジャックは再び吹き飛んだ。

「嘘でしょお!?!?」

 職員は完全に引いている。

「そうなのよ! チャンドラのやつ! ジャックが大怪我したらどうするの!」

 結果的にはプロテクターのおかげで無傷だったが、ジャックは完全に失神してしまっていた。

 おそらくあの回し蹴りで飛んだ際に頭を打ったのだろう。

 今はチャンドラが修道院へ送り、博士からも「問題ない」と連絡をもらっているものの。

 チャンドラ、大きい子供みたいな意地の張り方でカッコ悪い。


 モニタールームは騒がしく、その後も再生してはあーだこーだと続いたのだった。



 修道院。

 ジャックを送り、診察を終えたチャンドラは最下層を歩きながら思案していた。

 あの少年の資質は並のサイバスロン、例えばザイオンの一般的な戦士をCランクとして、イザヨイをAとした時、B……いやAランクかもしくはそれ以上に至るのでは。

 そして蹴り飛ばした後に見せた豹変。

 動きはともかく、手応えはイザヨイとの模擬戦にも相当するような圧を感じた。

 特に最後の一撃などは……。


 ぞわ、と背筋を寒気が這い上がる。

 脳裏には共に戦場を駆けた父親の散ったあの日が。

 紅い眼光をこちらへ向ける「壊滅種」の姿が浮かび上がった。


「いや、まさかな」

 嫌な記憶を振り払うようにかぶりを振って、わざとらしく笑い飛ばす。


 振り返ると、黄昏時を模した夕焼け色に染まった修道院がある。

 チャンドラは一度マスクを調整し、足早にその場を後にした。



   続く

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