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 修道院の朝は、全員が朝の支度に忙しくするところから始まる。私は蒸した芋の皮をむきながら、家族の様子を眺めていた。それぞれが役割を果たしている姿が微笑ましい。博士は低血圧にこめかみを押さえながらふらふらと花壇に水をやり、ジャックとベラは花籠を抱えて教会の飾り付けに向かっている。アルは食堂の掃除をし、「ゲオルギウス」の像への捧げ物を用意していた。花とパン、果物を職人のように慎重に配置するその姿は、すっかり慣れた手つきだ。


「みんな頼りになるわね」

 スープをことこと煮込むルナがくすっと笑う。

「本当にね」

 私は外を見ながら頷くが、博士が水を引っ掛けて慌てて走り去る姿に、思わず笑みをこぼした。花弁が風に舞い、庭に散っていく。


「あと2年もしたら、アルもサイバスロンとして戦うのね……」

 ルナが感慨深そうに呟く。そうか、もうそんな歳になるのか。ふとアルの姿を見ると、額に汗を浮かべ、オレンジ色の果実をまるで爆弾のように慎重に扱っている。その姿が妙にシュールで、私は思わずくすっと笑ってしまった。

「私がビシッと鍛えてやるわ」

 ルナと私は目を合わせ、笑い合った。朝食の準備が整い、ルナが声をかける。

「みんな、朝ご飯ですよ!」

 その呼びかけに応じ、家族たちが集まってくる。この瞬間が、私にとって一番幸せな時間だ。これが私の日常、私の家族。




 その後、ザイオンの防衛本部に向かう途中、私はジャックを連れていた。彼に少しでも社会見学の機会を与えようと思ったのだが、道中でチャンドラと鉢合わせた。


「で、それはなんだ」

 チャンドラが私とジャックを見下ろし、冷ややかな目を向ける。

「ジャック。うちの末っ子よ」

「こんにちは!」

 ジャックは元気よく挨拶するが、チャンドラは顔をそむけ、ゴツい足音で先にブリーフィングルームへと向かってしまった。彼は子供が苦手なのだ。それでも、私はジャックの肩に手を置き、慰めようとした。彼が傷ついたのではないかと心配したのだが、ジャックの反応は予想外だった。


「かっ……!」

「どうしたの?」

 驚いてしゃがみ込むと、彼の目はキラキラと輝いていた。

「かっけえぇぇ!!」


 ジャックはチャンドラの巨漢ぶりにすっかり感動してしまっていたのだ。どうやら彼にとっては、チャンドラが完全に「漢」として映ってしまったらしい。私はほっとしつつも、苦笑いを浮かべた。


「ジャック、ああいう感じになりたいの?」

 彼は無言でぶんぶんと首を縦に振る。その熱意に、私は諦めるしかなかった。チャンドラには今後、ジャックに稽古でもつけてもらうことにしよう。





「さて、次の任務の詳細を共有する。手元の資料を確認したまえ」

 防衛部隊のブリーフィングはいつも簡潔だ。私たちは手元の資料を広げ、黄昏の発生周期や調査状況を確認する。今回の目的は、「曇天」と呼称される壊滅種の黄昏を討伐し、周辺地域に接近する黄昏の駆除と撃退を行うことだ。


「マジか……」

 新米隊員たちの間から、思わずこぼれた弱音が聞こえる。無理もない。「壊滅種」とは名ばかりではない。その名の通り、生存領域を壊滅させるほどの力を持つ。黄昏の中でも平均的な性能を誇るカテゴリだが、それだけで侮れない。彼らは純粋な肉体的怪物であるだけでなく、自然現象や超常現象を操る恐るべき力を持つのだ。本物の「モンスター」という表現が最も適切だろう。


 私たちサイバスロンでさえ、壊滅種との戦闘は決して容易ではない。新米たちが怯えるのも当然だ。指揮官の顔にも緊張の色が濃く浮かんでいる。犠牲者が出る可能性をすでに計算に入れた上で、作戦を立てていることが彼の表情から読み取れる。いつも以上に険しい雰囲気だ。


「次の作戦は、戦場となる地域に壊滅種が現れる前にできるだけ周囲の黄昏を駆逐し、可能な限りの防衛ラインを確保する。そして、最終段階で壊滅種『曇天』の討伐を行うことになる。生存領域に近づかれる前に、できるだけの対策を講じる必要がある。覚悟しておけ」


 指揮官の声には張り詰めた緊張感がこもっている。資料には、戦場となる地域の詳細な地図と、黄昏の推定進行ルートが示されていた。曇天の能力や特性についても触れられているが、未だに未知の部分が多い。過去の戦闘データから推測された範囲でしか情報がないのだ。


「現地に到着次第、各隊は指定された位置に展開し、周囲の黄昏を掃討する。壊滅種が姿を現した場合、全隊員は一旦距離を取り、連携しての総攻撃を開始する。決して単独行動は避けろ。油断すれば命を落とすぞ」


 ブリーフィングの空気が一層張り詰めた。新米隊員たちは青ざめている。だが、ここで怯えていては生き残れない。私は資料を閉じ、静かに準備を整え始めた。


「壊滅種『曇天』か……」

 私は心の中でその名を反芻する。過去に数度、壊滅種と戦った経験があるが、いずれも命を賭けた厳しい戦いだった。今回もその覚悟が必要だろう。




「イザヨイ。すこしいいか」

 ブリーフィングを終え、ジャックを迎えにエントランスへ向かおうと思った時、チャンドラに話しかけられた。

「どうしたの? ああ、ジャックのこと?」

「いや、違う。 最近の黄昏についてだ」


 真面目な表情のチャンドラが、ある書類を取り出した。




   続く

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