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サイバスロンの任務は時に長く、ひと月を超えることもある。生存領域の外を哨戒し、家族や友人と離れて過ごすことが多くなるのだ。それに対して不満を持つ者は少ない。むしろ誇らしくさえある。しかし、見送ってくれた子供たちが、帰るたびに少し成長しているのを目にするたび、時の流れを感じてしまうのも事実だ。
私にとっては、少し伸びたり、おしゃれに切りそろえられた髪や、季節ごとに変わる夜道の匂いが、戦いで負った傷を静かに癒してくれる。その一方で、なんとも言えない寂しさが背筋をそわそわと震わせる。そんな気持ちを隠すように、ジャックとつないだ手を軽く振りながら、ザイオンの階層を下っていく。
「それで、最近はベラが布の端を集めて何か作ってるんだけど、教えてくれないんだ」
「アルは神父様の書斎にこもって、難しいことを書いてるよ」
ジャックが話す家族の様子は、彼にとって毎日が冒険のようだ。それはまた、私にとっても家族の無事を確認できる瞬間でもあった。彼が伝える小さな日常が、戦いから戻ってきた私を安心させてくれる。
私たちはトラス構造が覗く物資搬入用のエレベーターに乗り込み、最下層にある修道院へ向かう。もうすぐみんなに会える。
「それで、ジャックは? 修行は続けてるの?」
私は軽く尋ねたが、彼の小さな手にはいくつものマメができており、その答えはすでに明らかだった。まだ9歳にもかかわらず、過剰とも言えるトレーニングを続けているのだ。剣を振るうのは力ではなく、経験と技術だと教えたのはもう3年ほど前のことだ。
「別に……普通って感じかな」
頬を赤らめて目をそらすジャックを、私はぎゅっと抱きしめて、彼の頭をくしゃくしゃにする。彼はこの短い期間の間に、また一つ成長していたのだろう。
「偉いぞ」
「そんなことないし!」
照れくさそうに笑う彼の額に、自分の額を軽く押し当て、私も笑みを浮かべる。
「俺さ、すぐに強くなってサイバスロンになって、ねーちゃんも、チャンドラさんも、みんなをびっくりさせるヒーローになるから!」
ジャックはぎゅっと私の手を握り、決意に満ちた目で見上げてくる。その目は真剣で、彼の強い思いが伝わってくる。
「だから――」
彼が言葉を続けようとしたその瞬間、「ちーん」とエレベーターの到着を告げる音が響いた。
「あ、着いたね」
「うん……」
また手をつないでエレベーターを降りる。ジャックの手は、さっきよりも強く握り返してきた。
「私たちも、ジャックやベラ、アル、『セレクト』のみんなが成長してくれるのを、とても楽しみにしてるよ」
笑顔でそう言うと、ジャックも「うん!」と元気よく答えた。
最下層には研究所やザイオンの運営者たちの執務室があり、居住区よりもずっと清潔で静かだ。私たちの目的地である修道院は、そのはずれにある。ザイオンは「ロード」という宗教組織が運営する比較的小さな生存領域で、背後には「ミッドナイト」という大企業が資金を提供している。そのため、領域全体が白磁のような清潔感と神秘的な雰囲気を漂わせている。
教会区と呼ばれるこのエリアは、特にその徹底ぶりが際立っている。地下にあるにもかかわらず、人口陽光が庭園や噴水を照らし、四季折々の花々が咲く公園が広がっている。白い像と金の装飾に囲まれた巨大な礼拝堂。その裏にひっそりと佇む修道院が、私たちの家だ。そこはまるで小さな学校のようで、10部屋ほどの寮舎が併設されている。
「ねーちゃん、ちょっと待ってて!」
ジャックは手を離すと、修道院の勝手口へと駆けていった。返事をする間もなく、修道院の中から家族の足音が響き、やがて静かになった。
私は笑みを浮かべながら、扉のノブに手をかける。
「せーの!」
「イザヨイねーちゃん、おかえり!」
家族全員が声を揃えて出迎えてくれる。ジャック、ベラ、アル、ルナ、そして博士。みんなの笑顔が、何事もなかったことを教えてくれる。この瞬間、私は今回も家族を守り抜けたことを実感する。胸の奥があたたかく、そして誇らしい。
「みんな、ただいま!」
私も満面の笑みで応える。
その後、食堂に集まり、みんなで夕食を囲む。
「アルったら、全然乙女心がわかってないんだから!」
ベラは化粧を覚えたらしく、頬にほんのり色が差している。
「一日中修道院にいるなら、メイクは必要ないんじゃない?」
アルは相変わらずさっぱりした性格だ。パンをちぎりながら、少し大人びた様子を見せている。
「まあまあ、時間さえ守ってくれれば、私はいいと思いますよ」
博士は相変わらずの困り眉で、優しくベラをなだめる。
「まあ、俺が一番訓練の成績がいいけどね!」
胸を張るジャックに対し、アルとベラが口を揃えて「座学ではビリのくせに」と突っ込む。
「ね、何も変わってないでしょう?」
ルナが隣で微笑む。スープをよそいながら、彼女はおっとりとした声でそう言った。
「そんなことないよ。みんな、少しずつ大人になってる」
私は器を受け取り、静かに微笑んだ。ルナは「そうかしら……」と首を傾げるが、確かに彼女も、そしてみんなも変わっている。ずっと同じではいられない。でも、私たちはきっと良い方向へ進んでいる――そのために私は戦っているんだ。そう思いながら、パンをちぎって口に運んだ
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