会いにいく二人
なんて簡単なんだと思った。ずっと破れないと思っていた木の格子がトオルの力で簡単に壊れた。
久しぶりの空の下! ぐっと背伸びをする。もう見れないと思っていた世界、外の世界… 今、私は全身で外の空気を感じている。
「なにやってんだ?」
腕を振り回す私を彼はぽつんと見ている。
「んー、なんとなく」
洞窟でじめじめしていた気分が一気に解放された感じだった。もう何年も閉じ込められていたのだから。
「じゃあ行くか」
「待って」
彼は何事かという顔で振り向いた。私は頭の片隅にほんのわずかに残っていた感情を久しぶりに言葉にした。
「ありがとう」
「お、おう……」
彼は観念したようににっこり笑った。
離島から本島までの大航海は圧巻だった。彼はオールを両手で巧みに動かす。まるで大きな大きな生き物みたいな波を操っているみたいだった。
「しっかり捕まってろよ」
島の男の子はやっぱりかっこいいんだなあ。心にグッとくるものがあった。
島が近づいてきた。
「一応人がいないところを狙うけど」
彼は前を見たまま言う。
「伏せといて」
伏せると同時に自分が禁忌の子であることを思い出した。そうか、自分はそういう存在だもんね、みんなに触れちゃいけないんだもんね……。心が舟ぐらい窮屈に縮こまる感じ。
しかしふと思った。彼はどうしてこんなに一緒にいてくれるんだろう。私は顔を少し上げた。彼の横顔がいつもより真剣だった。やっぱり聞くのはやめておこう。
あっけないものだった。誰かに見つかることもなく、トオルは舟を港から離れた森の岸に落ち着かせた。それから私が舟から出るのを見守った。手を貸そうか迷っているように見えた。
「じゃあここに隠れて。誰にも見つかるなよ」
「わかった」
もう日暮れのときだった。トオルは駆けていった。ちょっと寂しくなった。
彼を待っている間、木にもたれて海を眺めていた。向こうには薄暗い空にぽつんと島が浮かんでいる。私はずっとそこにいたんだ。誰からも、両親からも切り離されて。でも今日やっとこうして会える。さて、2人は今何をしているだろう? もう寝てるかな? 私が突然現れたら驚くかな? まず気づいてくれるかな…覚えてくれてるかな?
何だろこれ? 頭の中にある、もやもやっとした海の風景。でもそれが何か考えちゃいけないような気がしてすぐにやめた。
「おぅい」
突然のささやき声。肩をビクッとさせて振り向くとトオルがいた。彼は少し眉を釣り上げたけどすぐに真顔に戻った。
「いくぞ」
「うん」
彼は全てを覆い隠そうとでもしているような薄暗い森に足を踏み入れた。気のせいか、思い詰めた表情だった。そうだよね、本当は私はここにいてはならないんだから。バレてしまったら彼もたぶん閉じ込められる。私はどうなるんだろう? トオルとなら一緒に閉じ込められても、いや、それは迷惑だ。彼は望まない。
「うわ!」
まただ。もやっとした何か。海にいるのはパパとママ……? じゃあ隣にいるのは誰?
「どうした?」
目の前にいるのはトオルだった。
「いや、何でもない」
私は首を横に振った。
急に森が終わった。目の前には家がある。紛れもない、私の住んでいた家だ。当時はもっと幼かったけどわかる。でも……
「なんだこれ……」
家はぐるりと柵で囲まれていた。自分の背丈よりも高い。なんだか異様な感じがする。トオルにじっと見られているのにはっと気づいた。
「行くか?」
「うん」
何はともあれパパとママに会いに来たんだ。私は柵のちょうど無くなっているところから中に入った。庭だったところは草がぼうぼうに生えていた。コンコンと小屋のドアを叩く。返事は無い。中は静まりかえっている。トオルはまだ柵の外にいる。固く口を閉ざしていてなんか変だ。まさか、いや開けてしまおう。
ドアを開けた。中身はあのときそのままになっていた。テーブルとイスと梯子と屋根裏部屋とそのままだった。ただ、パパとママがいなかった。
「どういうこと?」
トオルは何も言わない。なんだか恐ろしい。彼が彼じゃないみたいだ。トオルかどうか確かめるように近づいていくと、怖気づいたように右の方を指した。
そこにはパイナップル10個分の大きな石が2つ置いてあった。
「これは何……?」
近寄ってみると石には何かにょろによろとした傷が彫られてあった。
「ああ、そうか。文字が読めないんだよな」
トオルは目を行ったり来たりさせている。やっぱりなんか変だ。そしてまたモヤモヤが込み上げてきた。
「何? 言ってよ」
「ああ……」
「早く!」
「お前の両親はな」
彼は地面やら森やら空やらいろんなところに逃げるように首を動かしていたが、やがて言った。
「殺されたんだ」
「……?」
その言葉の意味が最初はわからなかった。でも頭の中に今度ははっきりと情景が浮かんだ。ドス黒い海、鎖、それに繋がれたパパとママの暗い顔、そして――。
涙が出てきた。私は膝から崩れ落ちた。思い出してしまった。その後の辛い記憶も全部。今まで私はそれらを封じ込めていた。でも思い出してしまった。思い出してしまった。
「ごめん、なかなか言えなくて」
トオルは突っ立ったままボソッと言った。飛び掛かりたいような、抱きしめてほしいような、その言葉にどう反応したらいいのかわからない。余裕なんて無かった。
その時だった。
「手を上げろ!」
声のする方を見てぎくっと体が硬くなった。男たちが現れたのだ。
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