さよならの切り口
「依頼者の彼氏に怪しまれた?」
「はい……」
立華さんの言う通りかなり記憶力が良いらしい。
無関心なフリをして、服装が違う、しかも真正面から見たわけでもない僕をハッキリ覚えていた。
ターゲットからの情報をしっかりと記憶しているとは、背中が凍る。
上司は腕を組んで事務所のイスに凭れた。
「ターゲットから何か訊かれた?」
「今のところは何も、いつも通り連絡を取り合っています」
「ホント、奇妙なカップルね。沢村君、他の調査員が掴んでくれた情報なんだけど、これ」
複数の書類を受け取る。
そこにはターゲットの学生時代を知る人物から得た情報がまとめられていた。
「ありがとうございます。やっぱり、そっか」
「こんな過去掘り下げても、ターゲットが委縮するだけじゃないの? 怖がって依頼者の彼氏に話が入ったらトラブルになるかもしれないのよ」
「僕が、ターゲットに助言します。わざわざ僕を好きになってもらう必要はないですし」
上司は指先に髪を絡めて、うーん、と唸る。
「……期日が迫ってる以上、仕方ないか。よし、ターゲットが別れを決めたらトラブル回避の為に安全な場所を提案してあげて」
「はい」
僕は書類を手に持ち、事務所を出た。
車に乗り込む前に、スマホから軽く投げ捨てるような短い音が聴こえた。
立華さんからだ。
『相談、してもいいですか?』
そんなメッセージ。
大丈夫ですよ、と返事をする。
待ち合わせ場所は駅前のカフェ。
車を走らせて、駅前の有料駐車場に置いた後、カフェに向かう。
奥の席に、立華さんが俯いて座っていた。
左手にブレスレット(カフ)をつけて、カーディガンにロングスカート。
丸みのある愛らしい輪郭なのに、憂いな表情が強い。
「お待たせしました、立華さん」
彼女に近づくとゆっくり顔を上げた。
小さく会釈して、微笑みとは程遠い愛想笑い。
席について向かい合うと、立華さんは、
「彼と別れようと、思っています」
ストレートにそう零した。
山浦大希から何も言われていないのだろうか? 一切触れてこない。
依頼の達成が近づいてきたことに拍子抜けもある、けど、ここからが問題でもある。
「それは、僕のことを考えてくれたと、いうことですか?」
立華さんは小さく謝り、首を振った。
「いえ……その、沢村さんのことは……素敵だと思います。けど、私は今もこれからもきっと、彼のことが、好きなんだと思います」
それはそれは、とても素晴らしいことだと個人的に思う。
山浦大希のことが好きだけど、別れる。
「自分が足枷になっている?」
立華さんは頷いた。
「私のせいで、彼は……その、私が弱いから、心配させてしまっているんです。いつまでもこのままじゃダメなんです」
「そうですか、僕との関係は残念ですが、立華さんの行動は応援しています。でもどうやって心配性な彼に別れを?」
「…………」
「僕は、彼氏さんのことはあまり知りませんから言えないですけど、場所だけは選んだ方がいいでしょう」
僕は立華さんに色々なリスクと、安全な場所の提案をする。
アパート以外の場所で別れ話をすること、必ず人がいるところ、すぐに逃げられるところ、自分の気持ちをハッキリ伝えること。
「詳しい話はまた車でしましょうか。今は甘い物でも食べて落ち着きましょう」
立華さんは憂いと不安に満ちた表情でまた頷いた。
「彼に、沢村さんとは近づかない方がいいって言われました」
そうだろうな。
向こうは相当怪しんでいる。
「僕と?」
「はい……でも貴方が、ウソをついてるとか、どうだっていいんです」
立華さんはブレスレットをそっと、外す。
左手首につけた切り傷の痕がハッキリと見えた。
刃物で自らを消そうとした証を、震えながら僕に見せる。
山浦大希が、立華まいに執着する原因となった傷……――。
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