休日のカフェ

 土曜日のこと、何もない休日。

 スーツに袖を通す意思すら捻じ曲げる蒸し暑さが続く。

 それでもダラダラと僕はベッドから起き上がる。

 インナーにワイシャツ、スラックス、ネクタイは……さすがにいいか。

 貴重品を手に僕はマンションを出た。

 世間の休日は僕の車がよく目立つ。

 空いたスペースを眺めて家族サービスか、それとも休日出勤か、色んな可能性が頭に流れていく。

 徒歩圏内の市街地、そこから少し離れたテナントに狭いカフェがある。

 窮屈ではないけど、二、三人程度のカウンター席と、一つだけのテーブル席。

 入り口の窓は大きく、外観はレトロ風で白く塗りたくった板が貼られている。


『open』

 

 カフェ店長手書きの看板を通り過ぎ、僕は窓の大きな扉を開けた。

 店長は僕と必要最低限の言葉だけを交わしてから、コーヒーを淹れ始める。

 僕は奥側のカウンター席へ。

 待っている間に上司からのメールが送られていないかスマホを確認すると、扉がまた開く。

 咄嗟に僕は入り口とは反対方向に首を軽く向けてしまう。

 しまった……何を焦っているんだか、逆に不自然と思われてしまうじゃないか。

 僕は平静を装い、スマホに目線を向けた。


「狭いわね」


 きつい言い方が店内に広がる。

 店長はいつも通り、必要最低限のことしか言わないし、対応しない。

 僕の席に店名が印字されたオリジナルコースター、その次にアイスコーヒーの入ったグラスを置く。

 氷で冷やされたアイスコーヒー、僕はストローで一口。


「ここのコーヒー、評判なんだ。ほら、どうぞ」


 声、初めて聞いたな。

 優しい口調でそっと、一つしかないテーブル席に彼女を誘導する。

 依頼者と、その彼氏山浦大希が……まさかこんなところに来るとは思っていなかった。


「アイスコーヒーを二つ、デザートはどうしようか?」

「これでいい」

「桃のショートケーキを一つ、お願いします」


 横目で覗いてみると、山浦大希はブランド物の私服に身を包み、髪もワックスで整えて、腕時計、靴も革製のブランド物。

 依頼者は……金髪にアップヘアで頭にサングラスをかけて、スマホを片手に肩を露出させた服と薄手のジャケット、レースのタイトスカート。

 全てをブランド統一にしているとは、お嬢様、らしくないような……親が経営者なんだから、もう少し抑えめにした方がいいような気もする。

 山浦大希は、依頼者から与えられた服を着ているんだろう。

 彼の笑顔は優しい笑みを装ったものにしか見えない。

 誰にも向けていない、愛情の欠片も感じられない、ますます違和感を覚えてしまう。


「チケット、もう取れたかしら?」

「うん、もう予約済み。海外なんて初めてだよ……俺が行ってもいいのかな」

「心配ないわよ、オーストラリアにも支社があるし、父の知り合いもいるの。何も気にせずバカンスを楽しみましょ」

「うん、ありがとう。君には色々としてもらって、感謝してる」

「いいの、いいから気にしないで。久しぶりの最高にいい夏旅行になるんだから」



 僕はアイスコーヒーを飲み干す。

 レジにカードを通して、支払いを済ませる。

 気持ち急ぎながら扉を開けるのと同時に、誰かの着信音が鳴る。


「ごめん、バイト先から電話だ。出てもいい?」

「別にいいわよ、でも手短にして」

「ありがとう」


 大きな窓の扉を開けて、僕は外に出た。

 看板を通り過ぎて、いつもの歩幅で焦らず歩く。


「もしもし、どうしたの? まいちゃん」


 背後から聞こえてくる山浦大希の、だらけたような口調。

 立華さんの名前……。

 僕は少し足を緩めた。


「大丈夫、まだ仕事始まってないよ……うん……デート? デートかぁ、うーん……家でよくない? 人多いしさ、俺、仕事で忙しいし」


 本当によく分からないカップルだ。


「あ、そうだ、今ね……まいちゃんの、友達見かけたよ」


 はっきりと、僕の背中に向かって投げるように言い放たれた。

 背筋が少し寒くなり、汗が冷たく感じる。


「駅前近くって聞いてたんだけど……なんでですかね?」


 振り返らない。

 僕はそれを守り、ただ真っ直ぐマンションに向かって歩き続けた……――。

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