愛情じゃない弱者を見る目

「あの……沢村さん」


 食事を終えて、立華さんをアパートまで送る途中、大人しいか細い声で僕を呼ぶ。


「はい」

「別れた彼女さんは、今も連絡取れていますか?」

「いえ、もうすっかり他の男性と仲良くいるみたいです。共通の友人から聞いた話ですけど」

「……そう、なんですか」

「僕が足枷になっていたんでしょう。最初はひどく混乱してましたが、お互いの為だと説得しました。いつか対等になれるように」

「……対等に」


 立華さんは左手につけたシルバーのブレスレット(カフ)を見つめ、僕の言葉を繰り返す。


「沢村さんは、彼を見てどう思われましたか?」

「どう、というのは?」

「いつも目で追って、ほぼ毎日アパートに来て、毎日電話して、これは愛情ですか?  ただ弱い人って見られてますか?」

「見知らぬ男を拒否なく入れて、自分の彼女が他人と近い距離でいるのにスルーしているところを見ると……惰性で関係を続けているように思えます」


 学生時代に何かがあった。

 僕は、推測にしか過ぎないことを訊ねる。


「左手首の傷、どうされたんですか?」

「えっ」


 立華さんは目を丸くさせた。

 左手首をブレスレットごと強く握り締める様子を見ると、どうやら当たっていたようだ。


「すみません、少し見えてしまったもので、彼氏さんと何かあったのかな、と。もし嫌じゃなければ僕に話してもらっても?」

「いえ、大したことじゃなかったんです。傷なんか大したこと……なくて、たまたまなんです」


 自分に言い聞かせるように呟く立華さんは、俯いて左手首をぎゅっと握り続ける。


「無理には訊きません。これからも貴女とこうして食事にも行きたいですし、良き友人として、それ以上でも。僕は立華さんとならいいなと思っています」

「…………ありがとうございます」


 僕の言葉をまともに聞いている余裕なく、立華さんは焦りを抱えてやっと出た感謝を零す。

 少し踏み込み過ぎたか、いや、期限が短いんだ、多少無茶でもしないといけない。

 アパートに到着して、僕は車を横づけに停車させる。


「今日は本当に、ありがとうございました」

「えぇ、またパソコンのこと教えてください、食事も」


 立華さんは小さく頷く。

 ゆっくり隣から離れようとする立華さんの右手を僕が掴むと、立華さんは驚いてビクッと跳ねるように止まる。

 怯えているのか、何か分からない。

 立華さんが何かを言う前に、身を乗り出して唇に触れる。

 柔らかい温かくなるような感触。

 口元に指先を添えて俯いた立華さん。


「あ……」

「すみません、僕の気持ちです。よければ考えといてください」


 扉が静かに閉まり、階段を早足で駆け上がる軽い音がよく響く。

 どうだろうな、これで心が動くようには思えないし、ターゲットはどういう行動に出るだろうか、様子を見よう……。

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