お食事

 ノートPCを頂いたお礼に、と僕は一週間後に立華さんを食事に誘った。

 返事は……予想通り「はい、大丈夫です」だった。

 そして三日後、立華さんのアパートまで車で迎えに行く。

 アパートの外で、いつもと違うワンピースドレスに薄手のジャケットを羽織り、左手にはシルバーのブレスレット(カフ)を付けている。

 もう夜だけど、黄昏ほどの明るさがあり、スマホで誰かと話している立華さんの表情がハッキリと見えた。 

 好きな人を想う華奢な唇に、僕は車内だからと油断してにやけてしまう。

 僕はすぐに口元を指先で隠し、平常心を保つ。

 どれだけ接近しようが、ターゲットの心は微動だにしない。

 それがまた、どうしようもないくらい僕にとっては堪らない。

 ずっとそのまま、別れても変わらずいてくれたら、と願ってしまう。


「お待たせしました。立華さん」


 窓を下げて、立華さんに声をかけた。

 通話を終えた立華さんは首を振り、助手席に乗り込む。


「ありがとうございます……その、レストランまで予約してもらって」


 目線は下か横か、相変わらず僕と目を合わせようとしない。


「いえ、高価な物を頂いたんですから、当然です。それに、ゆっくりできるお店の方がいいでしょう」

「……なんだか、緊張します」

「そんな力まなくてもいいですよ」


 完全予約制のレストラン、対人関係があまり得意じゃない立華さんも落ち着けるかもと思って予約していた。

 車を出して、僕は駅前を通り越して新しい建物が並ぶ市街地を走る。


「いつもオシャレなブレスレットをつけていますね、彼氏さんから?」


 ブレスレットごと左手首を右手の指先で包み込む立華さんは控えめに頷く。


「はい……誕生日とか、あと、記念日とかに、よくプレゼントされます」

「マメな方ですね」


 ソファーで寛ぐあの様子じゃ、自分の誕生日すら興味なさそうなのに、ちゃんと彼女に色々やっているみたいだ。

 ブレスレットを毎回プレゼント、幅が広めなバングルやカフが多い。

 束縛でもしたいのかもしれない。

 二股しているくせに、随分と贅沢なことで……。


「そう、ですね。学生の時から記憶力とか、凄いんです。教科書も丸暗記できて、クラス皆の誕生日も覚えていました」

「じゃあ優秀な方?」

「はい……頭から離れないぐらい……記憶が良くて、夢に出る時があるとか」

「それは、良すぎるのも問題って感じですね」


 立華さんはそっと頷く。

 市街地のとあるレストランに到着。

 大理石のカウンター席とシャンデリアが吊るされたテーブル席がある。

 店員に迎えられ、指定された席につく。

 立華さんの目はどこを見ていいのか困っていて、考えた結果僕を視界に映す。

 弱々しい目元、眉を下げている。

 潤む茶色の瞳は小動物の様。

 なんだか可愛く思えてしまい、僕は小さく微笑んだ。


「あ……す、すみません」


 立華さんは何故か謝り、目線は下へ。


「いえ、緊張しているのが可愛いなと思いまして。彼氏さんとはあまりこういうところには行かないんですか?」

「か、あ、えーと、は、はい……外食も、買い物も滅多にないです。土日は彼が忙しいので」


 土日は最初の話通り依頼者と過ごしているわけだ。

 山浦さんって一体いつ働いているんだ? もしかして、無職?


「土日も働いているなんて、家でだらけたくなる気持ちは分かるかも」

「……はい。外だと社交的なイメージが強いんですよ。だから疲れちゃうって言ってました」


 山浦さんのことを話す時の立華さんは、幸福を噛みしめるように微笑む。

 だけど、淡い儚さを残したように目を細めている。

 股間が擽られる感触に、僕は口元を押さえてしまう。

 下手すればこのまま達してしまうかもしれない。

 これ以上彼氏さんの話を訊くのはやめよう……失態を犯したら上司になんて言われるか……。

 僕は気を取り直し、レストランのコース料理や、パソコンのことに切り替えた。


 立華さんに何かがあって、山浦大希という彼氏は縛りついている、ように思える。

 それが何なのか分からないし、僕達探偵の依頼とは無関係だから、掘り下げる必要はない。

 上司だったら、関係ないわ、とバッサリ斬り捨てる。

 だけど、別れさせるには根本的な原因を知る必要もある。

 立華さんから別れを切り出せるようにしないと、恐らく山浦大希から別れを切り出すことはないだろう。

 僕と合意のもとで肉体関係になったとしても、それぐらい向こうは執着している。

 立華さんが別れたいと言ったら……山浦大希はどんな行動をとるだろうか。

 後味の悪いことにならないで欲しいと願うばかりだ。

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