変わり者と変態

「沢村さん……よく会いますね」


 相変わらず目を合わせない立華さんは、俯いて右、左と目線を動かす。


「僕、この辺なんですよ」


 駅前近くのコンビニで、立華さんがいた。

 もちろん、偶然じゃない。彼女の日常的な行動も調査済みだ。


「そうなんですか……あの、失礼します」

「はい、またパソコン教えてくださいね」


 会釈した立華さんはパンやおにぎり、お弁当が並ぶ奥へ。

 片手にレジカゴを持ちお弁当、ドリンク、お菓子、サラダ、一人分にしては多い量を入れている。

 例の彼氏さんが来ているのだろう。

 土日以外、彼氏さんは立華さんが住むアパートに通う。

 で、土日は依頼者と過ごす、と。

 依頼者の情報だと彼氏さんは平日バイトで忙しいと聞いたんだけど……これは依頼者に同情したくなる。

 僕は購入したコーヒーを手に、コンビニから出た。


『沢村君、進捗状況は?』


 片耳から上司のビジネスライクな言葉が流れる。

 僕は小声で応答。


「まぁ良くも悪くもって感じです……」

『もう少し積極的に踏み込んでみたら? 立華さん、押しに弱いし、いけるでしょ』

「急かすと逃げますよ、あの人」

『夏までになんとかしろって依頼者から言われてるの、多少強引でもいいから距離縮めて。あ、でも公序良俗に反する行為はダメよ。じゃあお願いね』

「分かってますって」


 無茶を言うなよ。

 本来なら長い期間で徐々に距離を縮めていく必要があるのに、それすっ飛ばせなんて、成功させる気があるんだろうか。

 僕は息を多めに吐き出す。


「あの……」

「あ、立華さん、ども」


 エコバッグを片手に後ろから声をかけてきた立華さんに、俺は内心驚いている。


「溜め息を吐かれてどうされました?」


 怪しむ様子はなさそうだ……よかった、聞かれてないみたい。


「パソコンを買い替えするべきか悩んでいまして」

「そうなんですか、沢村さんのノートPC、少し古めの型でしたね。あの、新しいのを探しているなら……私の使いますか?」


 珍しく顔を僕に向け、少し丸みのある愛らしい輪郭と柔らかい表情で喋る。


「えっ? でも悪いよ」

「……あ、す、すみません」


 すぐに表情は曇り、俯いてしまう。

 これは、お言葉に甘えた方がいいかもしれない。


「やっぱり欲しいかも。いつにしましょう? またいつものカフェで」

「アパートが近いので……今から来てください」


 アパートに、いや、中に招待されたわけじゃないだろう、外で受け渡しが濃厚。

 さすがに知り合ったばかりの男を入れないはず。

 依頼者からは彼氏さんとの接触は避けるよう頼まれているし、気を付けよう。


「なんかすみません、催促したみたいで。荷物、持ちます」

「あ……ありがとうございます」


 立華さんからエコバッグを預かると、ズッシリ、重みがある。

 部屋にいるなら彼氏さんが買いに行けばいいのに、こんなに買わせて……依頼者から聞いた話だと、紳士的で笑顔溢れる優しい人のはず。

 いくら近くても、踏切を越えて住宅街まで五分かかる。


「友達、来てるんですか?」

「えと、彼が遊びに来てまして、寝てるので気にしなくても、大丈夫です」


 呑気なことで。


「同棲してないんですね」

「……はい」


 憂いな横顔は微かに唇を上向きにした。

 彼を思い浮かべた時の微笑。


「どんな方なんですか?」


 求めるように僕は訊ねる。

 立華さんは唇に指先を添え、幸福に満たされた表情を嚙み殺し、目元だけが微笑む。


「怖がり、ですかね」

「怖がり?」

「はい……心配性で、優しい人です。いつも連絡くれたり、部屋に来たり、なんだか、子供っぽいところもあります」

「じゃあ可愛い彼氏さん、なんですね」


 嬉しそうに頷いて、僕を見た立華さんから零れる愛らしい控えめな笑み。

 その背後に浮かび上がる誰かに向けられた笑みに、僕は目を逸らす。

 危ない……気持ち悪くにやけてしまうところだった。

 立華さんが住んでいるクリーム色のアパートへ到着し、僕は駐車場で立ち止まる。


「じゃあここで僕は待ってますね」

「え?」


 え、って何?


「彼氏さんいるのに、入るわけには……」


 立華さんは首を傾げ、


「あの、説明もしないといけませんし、ずっといるわけじゃないですから、大丈夫ですよ」


 入って下さいと手招く。


「いやいや、だって心配性なんでしょう? 彼氏さん。僕が行ったら絶対心配しますよ」

「でしたら、その、彼に訊いてみます」


 そう言って僕からエコバッグを受け取り、二階の角部屋に上がっていく。

 立華さん、相当変わってる。


『沢村君』

「はい?」

『これは距離を縮めるチャンスね』

「了解ですって、でも依頼者の彼氏と接近することになるんですけど、大丈夫ですか?」

『仕方ないわ、こっちから話しかけなきゃいいでしょ』


 お気楽だなぁ。

 余計なトラブルにならなきゃいいけど……。

 一分経った程度で立華さんが出てきた。


「待たせてすみません。あの、彼が良いって」

「そ、そうなの? じゃあ、お邪魔します……」


 彼氏さんも相当変わってる。

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