別れさせ屋と、違和感カップル

空き缶文学

誰かに向ける笑顔

「彼、同じ会社の後輩で、沢村君っていうの」


 上司は僕をそう紹介した。


「初めまして、沢村です」

「あ、はい、初めまして……立華です」


 控えめな細い声で立華さんは会釈する。

 彼女がターゲット。


「いきなりですみません、僕機械が苦手でして。先輩から聞いてます、得意なんですね」

「いえ、仕事の延長で詳しくなっただけですから……」


 立華さんは大人しい性格。

 服装も地味めで大体カーディガンとロングスカートだ。

 そしていつも左手首にブレスレットを身に着けている。

 目を合わせたがらないようで、僕と喋っていても右、左と目を動かす。

 こんな子が、浮気相手とは……――。

 

 交流を始めて一週間後、駅前のカフェ、僕は立華さんにパソコンを教えてもらう約束を取り付け、一緒にいる。


「こういう形式で作りたいんですが、どうしたらいいのかなと」


 依頼者は大企業のお嬢様で、交際二年目の彼氏がいる。

 その彼氏が、浮気しているから別れさせてほしい、と。

 金はいくらでも払うって言ったらしいけど、こっちは絶対成功させますなんて断言できない。

 無茶振りだ。

 ブルブルと振動を起こすスマホに、立華さんは目を丸くさせた。


「すみません、少し、いいですか?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 会釈して立華さんはカフェの外へ出ていく。

 窓越しに見える立華さんは、電話相手と軽く話をしている様子。

 多分、例の彼氏さんだろう。

 調査した時から思っていたけど、毎日彼から電話がきている。

 本命よりも浮気相手に熱が入っているようで、正直諦めた方が懸命な気もする。

 あくまで僕個人としての意見だけど。

 待ち侘びるように立華さんを見つめていると、彼女はそっと、幸せを噛みしめた笑顔を零す。

 僕は、それを待っていた。

 ムズムズと股間が擽られる感覚。

 口元を手で隠していないと、笑みが漏れてしまう……。

 探偵をしていて、一番たまらない瞬間。

 短い通話が終わり、急ぎ足で戻ってきた立華さんは、すみません、と小さく零す。


「ご友人ですか?」

「あ、えと、彼氏です。高校の時からの」


 高校の時から? 学生時代から付き合っている……それはつまり、そういうこと。

 立場が思い切り逆転しているじゃないか。

 


「それはそれは、仲が良いんですね」

「……はは」


 渇いた笑み。繊細に下がる唇と眉が無理にでも笑おうとしている。

 どんな笑顔も、僕以外の誰かに向けていれば魅力的に映ってしまう。

 それが僕に向けた笑顔となった瞬間、ゼロになる。


「僕も、彼女がいるんですよ。毎日連絡してます」

「そう、ですか。何か、お辛いことが……」


 辛いこと? 思わず聞き返してしまいそうになったが、僕は首を振る。


「彼女から、一方的です」

「あぁ、もしかしたら心配、しているのかもしれません」

「つまり、信用されてないってことですかね」

「いえ……多分、きっと、別の理由だと思います。怖がりとか、そういう……」


 ギュッと左手首を握る立華さん。

 憂いに満ちた表情を浮かべ、どこかを見つめている。


「あ、すみません、この書式について、でしたね」

「はい、お願いします」


 その横顔でノートPCに触れる立華さん。

 僕は微かな違和感を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る