第3話「バカVS10000人の軍勢 前編」

前回までのあらすじ


 異世界転移に成功した安太郎は伝説の勇者として崇められ、国家の危機に立ち向かうことになった。



「アンタロー様、着きました!」


「ああ……」


 少年騎士ラトスに無理やり馬に乗せられて走ること数分、安太郎は城にたどり着いた。


「では早速王様の所へ……あ!その前に団長と宰相にも会わせた方が……」


「いや、ちょっと待ってくれよ。いきなりここに連れてこられたけど、どう言う事情なのか教えてくれよ。国の危機っていうのはなんなんだ」


「あ、すみません。何しろ伝説の勇者様が来てくれて嬉しかったので」


二人は馬を降りて歩きながら話し始めた。


「実はこの国に北の国の軍勢が攻め込んでくるらしいんです」


「軍が攻めてくる?この国はそこと戦争でもしてるの?」


「いえ、北の国とはもう何十年も戦争どころかろくに国交がなかったのですが……詳しくは知りませんがこの国の人と何か小競り合いがあったみたいです」


「小競り合い、ねぇ」


 そうこう言っているうちに、ラトスはある部屋の前で止まった。


「あ、着きました。ここですよ、団長の部屋は」


「その団長っていうのはどういう人なんだ」


「はい、団長のジョージ・シェバ様は私たちリンシー王国騎士団のトップで、この国の軍事関係の仕事の責任者なんです」


「へーこの国『リンシー王国』っていうのか」


「え?言ってませんでしたっけ?」


「うん、初めて聞いた。で、そのシェバ団長はどんな人なんだ?怖い?」


「あはは、怖くはないですよ。団員思いの優しい方だし、国民からの支持も厚い良い人ですよ」


 ラトスが笑って答えたので安太郎はとりあえず安心した。


「では、入りましょうか。失礼します、第17部隊のラトスです……団長?」


 ラトスはドアをノックしたが、全く返事はない。


「留守じゃないの?」


「いえ、今日は一日部屋にいるって聞いてたんですが……」


 ラトスは首をかしげる。安太郎が試しにドアノブを回してみると開いていた。


「あれ、開いてるぞドア」


「あ!勝手に入っちゃダメですよ!」


「大丈夫!大丈夫!お邪魔しまーす……え!?」


「どうしたんで……な!?」


 部屋に入った2人は驚きのあまり硬直した。2人が驚いたのも無理はない。


 死んだ目をしたジョージ・シェバ団長が、右手に握った短刀を自らの胸に刺そうとする直前だったからだ。


「何をしているんですか!」


と大声を出したのはラトス。


「はっ!?な、なんだラトスかどうかしたのか?」


ラトスの声に気がついて、団長は手を止めた。


「『どうかしたのか?』じゃないですよ!一体なんでこんなことを」


「あーすまんすまん。寝ぼけていただけだ。なんせ例の北の軍勢の対策で五日間は寝てないからな。それでつい、あんなことを……してしまったみたいだ……私は大丈夫、大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから大丈夫だから……」


「団長?団長!!」


 ラトス必死の呼びかけにもかかわらず、虚な目をした団長は、壊れたおもちゃのようにひたすら「大丈夫だから」と繰り返し言い続けている。その様子見て、安太郎は一発で「大丈夫ではない状況」ということを察してしまった。


「しっかりしてください!伝説の勇者様を連れてきたんですから!」


「何!伝説の勇者様だと!?」


「伝説の勇者」という言葉に反応して、団長の目に生気が戻ってきた。


「はい、安太郎様は異世界からやってきたそうです!言動や身なりからして間違いありません!」


「うむ!伝説だと国家の危機を救うため異世界から勇者が来るというからな!間違いない!絶対勇者様だ!というよりもはやそうでなければ打つ手はない!」


 ますます安太郎へのプレッシャーは大きくなっていった。


「おっと!勇者様のことを宰相にも伝えなくては!」


「宰相?」


 首を傾げる安太郎にラトスが説明する。


「この国宰相エイ・ヤンジェ様のことです。最古参の家臣で、このリンシー王国の政治から軍事に至るまでありとあらゆることに精通している国の頭脳とも言える方なんです」


「宰相も今回の件については大分悩まれていたからな!でも勇者様が来たと言えば安心されるだろう!」


 団長はそう元気よく笑った。安太郎は笑っていない。





 そういうわけで、3人は宰相の部屋の前までやってきたのだ。まず、団長がドアをノックする。


「失礼します、王国騎士団シェバです……おや?」


 なんの返事もない。


「おかしいな」


「留守ですか?」


「いや、今日はずっと部屋にいると言っていたのだが」


 首を傾げる団長。安太郎が試しにドアノブを回してみると、ドアが開いた。


「あれ、ドア開いてる……な!?」


「ちょ、ちょっと!勝手に入るのはしつれ……ああ!?」


「2人ともどうかした……何!?」


 部屋に入った3人は驚きのあまり硬直した。3人が驚いたのも無理もない。



 死んだ目をしたエイ・ヤンジェ宰相が、右手に握った短刀を自らの胸に刺そうとする直前だったからだ。


「何をなさるのか!宰相!」


 団長はすぐさま宰相のそばに行き、右手を掴んで止めた。


「はっ!?な、何じゃ、シェバ団長ではないか。どうかしたのか?」


「い、いやどうしたもこうしたも……」


「あ、ああこれか?ここ5日間ろくに寝てなかったからな。寝不足でつい寝惚けてこんなことをしてたようじゃな。わしは大丈夫、大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから大丈夫じゃから……」


「宰相!しっかりしてください宰相!」


 団長の必死の呼びかけにもかかわらず、虚な目をした宰相は、壊れたおもちゃのようにひたすら「大丈夫じゃから」と繰り返し言い続けている。


 これを見た安太郎は、宰相は大丈夫でないと悟ると同時に「なんかこのやりとりさっきも見たな」という他人事のような感想を抱いていた。


「しっかりしてくだされ!ラトスが伝説の勇者様を連れて来たのです!もう安心ですぞ!」


「何!伝説の勇者様じゃと!?」


「伝説の勇者」という言葉に反応して、宰相の目に生気が戻ってきた。


「はい、彼は異世界からやってきたそうです!ラトスがそう言ってるので間違いないです!」


「うむ!伝説は本当じゃったか!間違いない!絶対勇者様じゃ!というよりもはやそうでなければ我々はもうお終いじゃからな!」


 宰相はさっきまでとは打って変わって笑顔になっていた。安太郎は笑っていない。


 色々とひと段落したところで宰相が中心となって、4人の話し合いが行われた。


「さて、今回の件について詳しく説明しておこうかの。まず、噂で聞いているかもしれんがフラーノの軍勢が近くこの国に攻めてくる」


「フラーノ?」


「さっき言った北の国の名前です」


「へー、で何でこの国に攻めてくるんだ?」


「そうですよ。フラーノとは国交とはそもそも国交自体があまりなかったじゃないですか」


「確かにフラーノとは特に争いがあったわけではないし、そもそもフラーノは争いを好まずに諸国とあまり関わりを持たない方針の国じゃった。しかし、最近フラーノの将軍が代わってその者が『諸国に攻め込んで自国の力を知らしめたい』などと考えているらしいのじゃ」


「物騒な奴が将軍になったんだな。余計なことをしやがって」


 安太郎はそう言ってため息をついた。そんな中ラトスは宰相に疑問を口にする。


「ですがヤンジェ様。いくら何でも、何の大義名分もなしに攻め込んでくるなど許されないことですよ。そんなことをすれば、フラーノは諸国から強い批難を浴びることでしょう」


「いや、あるのじゃ。残念ながらフラーノに がこの国に攻め入る理由が。いや、最近できてしまったというべきか……」


「え?そ、それは?」


「それは……先日我が君とお付きのものが我が国とフラーノの国境付近へと視察に行った時のことじゃった……」


 宰相は静かに語り始めた。






 10日ほど前、国王は従者と共に国境付近を馬車に乗って視察していた。


「うーん、ポンポンが痛いよー」


 馬車の中で国王は腹を押さえて苦しんでいた。


「だからさっき『食べ過ぎです』って言ったんですよ。もうすぐトイレのあるとこに着きますから」


 そう言ってなだめる従者。


「だ、ダメだ!もう我慢できん!む、あそこに林がある!ちょっと行ってくる!」


「ちょ、ちょっと!あそこはまずいですよ!」


 従者の制止も振り切って、国王は馬車を飛び降り、林に向かった。


「ふー何とか間に合ったか」


 林に駆け込んだ後、用をたした王様はスッキリ満足。しかし、紙がないことに気が付いた。


「あれ、そういえば紙持ってないな。おーい!誰か紙を持てー!」


「よかったらこの葉っぱでも使ったらどうだ?便所紙の代わりにはなるぜ」


 何者かが国王に大きな葉っぱを差し出した。


「おお!これは有難い!どうもすま……誰だ!お前は!」


 いつの間にか国王の側には、鉄の鎧に身を包んだ背の高い男、それに加えて長い槍を持った屈強な兵士が何人も立っていたのだ。


「『誰だ』はオレのセリフだ。貴様、何勝手に人の国に入って野糞なんかしてるんだ」


「『人の国』じゃと?ここは余のリンシー王国であろうが!」


「何勘違いしている。ここはフラーノだ。この林の手前が国境だったのだ。オレはフラーノの将軍ユウデショウガ。そして話を聞く限り貴様はリンシー王国の国王らしいな」


「そ、そうじゃ!恐れ入ったか!?」


「なら、もっとまずいなぁ」


「え?」


「だってそうだろう国を代表するものが国境を侵し、挙句野糞までしたのだからな。これは完全にフラーノへの侮辱行為ということだよな!?」


「ひぃ、余は別にそんなつもりじゃ!」


「国王!待って……ああ!間に合わなかったか」


 遅れて従者もやってきたが、将軍や兵士に囲まれた国王を見て、もう手遅れだということを悟った。


「貴様は、このバカな王の従者か?」


「はい、そのバカな王の従者です」


「おい!今バカと言ったな!?」


「国王はちょっと黙ってて!本当に申し訳ない!あなた方の領地でこんなことをしまい申し訳ない……しかし決してあなた方を侮辱する意図はなかったんです!」


「意図はなくとも我々は侮辱と受け取ったのだ。おい、王と従者よ、国のものに伝えろ。『フラーノ軍が10日後に、10000人の軍勢でリンシー王国北東から侵攻する』とな。降伏は無駄だ。せいぜい滅亡しないように無駄足掻きをするんだな」


「ま、待ってくださいー」


 情けない声を上げる従者を置き去りにして、ユウデショウガ将軍一行は去っていった。






「と、いうわけなんじゃ」


「ちょっと待て!」


 安太郎が叫ぶ。


「なんじゃ?勇者様」


「この国の国王ってもしかしてバカなのか?」


「我が君はバカなどではない!」


 宰相は一喝し、しばらく沈黙が流れた。そして再び宰相は口を開き、言った。


「我が君はバカではない、大バカなんじゃ!」


 宰相は頭を抱えている。


(なんて国に来ちまったんだ)


 この国王様は大バカらしい。もうここから逃げた方がいいのではないかと安太郎は考え始めたが話は続いた。


「そういえば……フラーノ軍はいつ攻め込んでくるのか、何人で攻め込むのか、さらにどこへ攻め込むのか全部言ってくれていますね。こんなに情報を与えるなんて不利にしかならないのに……偽の情報で撹乱するつもりなのでしょうか?」


 ラトスが素直に疑問を口にすると、団長が答えた。


「いや、そうじゃないな。フラーノの将軍は恐らく嘘は言ってない。さっき宰相は『フラーノの将軍は諸国に攻め込んで自国の力を知らしめたいと考えている』と言っていただろう。せこい手を使って勝とうとは思っていない。つまりだ、奴らは自らの手の内を明かした上で我々を叩き潰せる絶対の自信があるということだ」


「そ、そんなに強いのか?」


 安太郎は恐る恐る宰相に聞いてみる。


「わからん。しかし、厳しい北の大地で生活している彼らの体格は我々より遥かに逞しく、力は2倍はあるとも聞く。実際に彼らにあった従者の話を聞くと満更嘘ではないみたいじゃな」


「そ、そんな!?じゃあつまり北の国はこの国の2倍は強いってことかよ!」


「2倍どころじゃないぞ。相手は10000人じゃがこっちは出せてせいぜい1000人だから人数だけで10倍の戦力差があるんじゃ」


「え!?そんなん無理じゃん!」


 そんな絶望的な状況なのだったら逃げなきゃ命が危ない、と無意識に後退りした安太郎の肩を団長ががっしりと掴む。


「そこで勇者様の出番というわけですな」


「そうじゃ、そうじゃ。そのための勇者様じゃ。とりあえず我が君に勇者様を紹介するとするか」


「ええ!すぐいきましょう!」


 3人は大いに笑っている。安太郎はもう死にそうだ。




 そういうわけで、玉座の間にやってきたのだ。国王は普段ここにいるという。


(適当に謁見して、適当に逃げよう。なーに生きてりゃなんとかなるさ)


 逃亡を決意している安太郎も、一応大人しくついてきている。


 しかし、不思議なことがあった。国王がどこにもいないのだ。


「おかしいな玉座に誰もいません」

 

「今日は出かける予定はなかったはずじゃが……おや?玉座に何かが置いてあるぞ」


 宰相は玉座に何かが置いてあるのを発見し、拾い上げる。


「手紙が置いてある!我が君の書き置きか?えーっとなになに?『余は南の地方へ視察に行ってくる。後は頼んだ。by国王』」


 宰相が国王の手紙を読み終えると周りにしばし沈黙が流れた。やがて宰相が手紙をグチャグチャに握り潰し、投げ捨てて叫ぶ。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇー!!」


 宰相が怒り狂うのも無理もなかった。家臣が自死を図ろうとするほど悩んでいたのに、原因となった国王が全てを丸投げして遠方へとんずらしていたのだから。


「これで!国が!滅んだら!先代や!先先代へ!いや!国民たちに!なんて説明したら!」


 宰相はひたすら玉座を殴り続けている。拳の皮膚は裂け、血も流れ出したので団長とラトスが止めに入る。


「宰相!おやめくだされ!」


「ヤンジェ様!気持ちはわかります!わかりますからぁ!」


「なーにが『by国王』だ!この馬鹿王が!馬鹿王が!馬鹿王がぁぁぁ!」


 叫び殴り続けた宰相は、やがて疲れたのか手を止めた。


「はぁ、はぁ。ゆ、勇者様。見ての通り、聞いての通りじゃ。もはやあなた様しか頼りはいない」


 宰相は深々と頭を下げた。


「勇者様!何卒我々を導いてくだされ!」


 続いて団長も。


(いやいやいや、いくらなんでも無理だって。というかなんでなんの力も見せてない自称勇者にここまですがっているんだコイツらは)


 しかし、2人が顔を上げてその目を見た時、安太郎は全てを悟った。


(この人たち、目が死んでいる!)


 そう、目が死んでいた。団長も宰相も、さっき自害しようとしていた時もそうだったが、さっきよりもいっそう目が死んでいる。


(そうか、どうでもいいんだ。オレに力があろうがなかろうが。もう勇者という肩書きがあればそれにすがりたい、そういう心境なんだ。捨て駒なんだ!くそう!オレはこんなところで死ぬわけにはいかん!)


「悪いがお暇させて・・・・・・」


「もし仮に、じゃがな。勇者様の協力も得られないというのなら、わしは腹を裂いて国民に詫びる!」


「右に同じ!」


 宰相と団長は短刀を腹に当てている。


(ふ、ふざけるな!)


 一応この宰相と団長は平時は人格者であり、人々から慕われている存在ということを伝えておく。2人とも極度の疲労とストレスでこんなパワープレーに走ってしまったが普段は善人であった。こんな状況を作り出した、国王が全て悪い。


「勇者様!」


「勇者様!!」


「勇者様!!!」


 もうどうしようもない。安太郎は口を大きく開け、叫ぶ。


「この勇者安太郎様にまかせとけ!10000人の軍勢など一捻りよ!ガハハハハ!」


 追い詰められた安太郎はやけくそ気味に、そう宣言した。


「おお!やってくれるのじゃな!」


「勇者様!ありがとう!」


「ばんざーい!ばんざーい!」


「ガハハハハ!ガハハハハ!ガハハハハ!」


 目の死んだ王国騎士団長、目の死んだ宰相、そして勇者を盲信している哀れな少年騎士。そんな3人に担ぎ上げられて、勇者安太郎は高らかに笑い続けた。


 もちろん安太郎には、1000人で10000人の軍勢などを打ち破る方法など、全く思いついていなかったが。



続く

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