第2話「バカと異世界の人々」
前回までのあらすじ
無職の男性、樽谷安太郎(だるたにあんたろう)は念願叶って異世界転移に成功した。
「痛てて、ここは?」
大型トラックにはねられたはずの安太郎は、気がつくと見知らぬ森の中にいた。
「確かオレはトラックにはねられて……それからどうしたんだっけ?」
安太郎は首を傾げる。自分をはねたトラックはどこにもないし、そもそも人が誰もいない。はねられて飛ばされたにしても、確かあの辺りには森なんて無かったはずだ。
「おかしいな……あれ、あそこに誰かいる。おーい」
安太郎が周りを見渡すと、少し離れたところに影のようなものを見つけた。人かと思い、とりあえず話を聞こうと駆け寄ってみる。
「おーい!そこのあんた……な!?」
それは少なくともヒトでは無かった。青色で丸いジェル状のそれはウネウネと蠢いていて、安太郎に少しずつ近づいている。動いており、目玉のようなものがあることから、一応生き物のようではある。
「もしかしてあれ、スライムなのか?」
よくみれば、ファンタジー小説やゲームによく登場するモンスターのスライム……に見えなくも無かった。
「なんでこんなモンスターが……まてよ?」
安太郎はこれまでの出来事を整理してみた。
トラックにはねられ、気づいたら見知らぬ森にいて、目の前にはモンスターがいる、これらが意味することとは?
「まさか、成功したっていうのか?異世界転移に!」
思えば皮肉な話であった。長年夢見続けた異世界への転移は、その夢を諦めた瞬間に叶ったのだ。
「ふふふ、異世界転移を諦めた途端、異世界転移を果たすとは……人生ってのはままならないもんだ。だが、長年の夢が叶ったことには違いない。これからオレの物語(ストーリー)が始まるってわけだ!まずは景気付けに、このスライムをぶっ倒してやる!喰らえ!」
安太郎のヘナチョコなパンチが、スライムに見事命中した。しかし、彼の拳はスライムの体に触れると同時に、表面の粘液がまとわりつき、皮膚が溶けはじめた。
「ぎゃああああああああああああ!熱いいいいいい!溶けるうううううううう!助けてええええええええええ!うおおおおおおおおおお!」
あまりの痛さに、のたうち回る安太郎。すぐに手を離したおかげで、やけど程度で済んだが。
「この野郎、ただのスライムだと思って油断した。この世界のスライムは素手で攻撃しちゃいけないんだな、うん。一つ賢くなったぞ。だとすると、何か武器とかはないかな?」
そう考えた安太郎が周りを見渡すと、おあつらえ向きに斧が落ちているではないか。
「なるほど、こいつを使えばいいんだな。よーし、さっきはよくもやってくれたな!クソスライムめ!これでもくらえ!」
そう言って安太郎はスライムに向かって斧を振り下ろした。斧の刃はスライムの体に食い込むと同時に瞬く間に破壊された。このスライムの表皮の粘液は、鉄をも溶かす強力な酸であった。
「……逃げよう」
安太郎は刃の無くなった斧を放り投げ、一目散に逃げ去った。
「ひどい目にあった……」
幸いスライムの動きは遅かったため、うまく逃げ切ることができた安太郎。
「しかし、異世界転移したっていうのに、オレにはなんの能力もないんだろうか?ラノベだと異世界へ転移したキャラには何かしらのスキルが備わっているのに……」
スライムとの戦闘を振り返ると、今のところ身体能力が上がったりした様子はないし、魔法など特別な能力が使える様子もない。しかも彼はバカな上に、五年もろくに労働もせず遊んで暮らしていた身なので体力も並の成人男性より大幅に劣る、どうしようもない人間である。
「ま、そのうち何か能力でも身につくさ!なんか事件が起きれば、オレの潜在能力が覚醒するかもしれないし。とりあえず町でも探してみよっと!」
彼はバカな代わりに非常に前向きな人間ではあった。
「あれアニメとかで見たことある!」
歩きはじめて数十分後、何か建物が見えてきた。灰色のレンガでできた、とんがった形の屋根がいくつもある大きな建物。
「すごい!お城だ!和風じゃない洋風の!アニメで見たようなお城っぽいお城だ!やっぱり異世界モノといえば洋風の城だよな!」
アニメで見るようなステレオタイプな洋風のお城に、安太郎は大いにはしゃいだ。
「お城があるってことは町も近くにありそうだな。よし、まずあそこを目指して進んでいこう」
安太郎は城を目指し元気よく進んだ。
そのうち安太郎は、外壁に囲まれた城下町の入り口にたどり着いた。町の入り口には、看板が立っている。
『ようこそ!城下町へ!』
日本語で、そう記されていた。どうやらこの世界では日本語が使われ、ひらがなどころか漢字までもが使用されている様だ。
「……とりあえず言葉は通じるみたいだな。よかった!」
安太郎は深く考えずに納得した。安太郎はそんなことをいちいち気にする男ではない。
「うん、いい城下町だ。アニメとかで見るいわゆる中世ヨーロッパ風の町って感じだ。さてこれからどうしたもんかな?」
とりあえず町には着いたものの、特に行くあてもない。そもそもこの世界について何も知らない状態だからとりあえず情報を得なければならない。
「こういう時は酒場だ。こういう世界で情報を集めたり仲間を探すなら、酒場って相場が決まってる。でも開いてる酒場はあるかな?まだ日も高いし……あ、あそこなら開いてそうだ」
安太郎が見つけたのは「大衆酒場とり庶民」と看板に書かれた酒場だった。とりあえず安太郎はそこに入店することにした。ちなみになぜ「開いてそう」と思ったかというと看板に「24H」という文字も書かれていたからだ。
「いらっしゃい!こちらの席にどうぞ!」
安太郎が入店すると、威勢のいい女性の店員にテーブルへ案内された。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーっと……じゃあまず生中と……つまみでこれとこれとこれと……あとこれもお願いします」
安太郎ははテーブルに置いてあったメニューから適当に注文する。もちろん日本語で書かれていたので、注文に何の支障もない。
「かしこまりました!」
注文を終えた安太郎は、とりあえず周囲を見渡す。
「結構人がいるな……あ、あそこにいる人鎧着てる!こっちの人は黒いローブを纏ってるぞ!はぁ、やっぱり異世界なんだなここって!」
そうしているうちに、店員がビールを運んできた。
「お待たせしました。まずこちら生ビールとお通しのもやしナムルです」
「……お通し?まあ、いいか。ぷはー!生き返る!もやしも美味いし」
安太郎は「お通し」というシステムがこの世界に当然のようにあることに多少疑問を抱いたものの、美味かったのでよしとすることにした。続いてつまみも運ばれてくる。
「お待たせしました!焼き鳥の盛り合わせです」
「お、これこれ。やっぱビールには焼き鳥だよなー」
運ばれてきた焼き鳥の盛り合わせは、ねぎまとつくねと鶏皮など、安太郎の元いた世界の居酒屋なら、一般的な内容のものだった。
「……そういえば焼き鳥なんて異世界にあるのか?アニメだと異世界でこんなの食ってるシーンなかったけど……」
ねぎまを一本手に取って、ふと疑問を感じた安太郎。その時、安太郎の左隣りのテーブルから話し声が聞こえてきた。
「この間ゴブリンを討伐したじゃん?あの時さ……」
そんな会話だった。
「え、ゴブリン!?ゴブリンいるの!?やっぱりここは異世界なんだな!すげー!」
異世界にらしい会話にテンションが上がった安太郎は、さっきまで感じていた違和感も忘れてしまい、機嫌良く焼き鳥をつまみにビールを飲み干した。やがて、またつまみが運ばれてくる。
「お待たせしました!湯豆腐です!」
「あ、きたきた。そういえばメニューにあったからつい頼んだけど豆腐が普通にあるんだな、この世界……」
異世界なのに豆腐が普通にあることに少し不思議に思う安太郎。その時、右隣りのテーブルにいる、鎧を着た男二人の会話が聞こえてきた。
「ここだけの話、北のバーバリアンがこの国に攻めてくるらしいよ」
「マジで!?」
そんな会話を聞いて安太郎は大はしゃぎ。
「え!?バーバリアンが攻めてくる!?やっぱりここ異世界じゃん!」
こんな状況で、酒が進まないはずもなく、ビールをおかわり。湯豆腐も美味しくいただいた。さらにつまみが運ばれてくる。
「お待たせしました!こちらカツオのたたきです!」
「わー!美味しそうー」
既にかなり酔っ払っていた安太郎は、もはや何が出てこようと違和感を感じることはなかった。
「ふー食った食った」
1時間後、情報収集という目的も忘れて散々飲み食いして、大満足の安太郎。
「……なんか忘れている気がするけど、まぁいいか思い出した時で。すみませーんお会計お願いしまーす」
「はーい!生ビール6杯、焼き鳥の盛り合わせ、湯豆腐、カツオのたたき、おでん、フライドポテト、枝豆、シャケ茶漬け、お通し代、合計で500……」
(へー随分安いな……)
安太郎はそんなことを考えながら、財布から一万円札を取り出そうとした。
「500GOLDです!」
「……ふむ」
安太郎の手が止まる。
(なるほどGOLDときたか)
安太郎は自分の持っている通貨が、この世界で通用するのかどうかを全く考えていなかった。なまじ言葉が通じるせいで、外国感が薄かったせいかもしれない。
(自分の国通貨が使えなくて騒動になるなんて、なんか異世界モノのラノベの序盤イベントみたいだ!これはこれで悪くない!悪くないけど状況は悪い、さてどうしたものか……)
「どうかされましたか?」
「い、いやなんでも……」
流石の安太郎も冷や汗をかきはじめ、酔いが一気に醒める。安太郎はこの世界で使用できる通貨を持ってない。しかし、料理はもう食ってしまった。元居た世界ではそれを無銭飲食と言い、おそらくこの世界でも同様である。
(考えろ!何かあるはずだ!この窮地を突破する方法が!)
考える余地などない、事情を話して、ただひたすら謝り倒すしか方法はないように思われた。しかし、残念ながら安太郎は思いついてしまう。この窮地を脱する方法を。
「あ!アレはなんだ!?」
安太郎は突然そう叫び、ある一点を指差した。会計をしている女性店員をはじめ、他の店員や客たちも、みんな一瞬安太郎が指を差した方に目を向けた。安太郎の指差す方向には何もない。その一瞬の隙をついて、安太郎は指差した方とは真逆の方向……つまり店の出口へと走りだした。
「待ちやがれ!この野郎!」
「食い逃げよ!誰かそいつを捕まえて!」
「誰が待つか!」
安太郎は追手を振り切るため町中を必死に走り回った。
店の女性店員1人と包丁を持った男性の料理人が1人、その他場に居合わせていた客たちも数名安太郎を追いかけている。
必死に逃げようとする安太郎、だが地の利は追手達にあり、町に来たばかりで道も分からない安太郎は徐々に追い詰められていった。
「い、行き止まりだ」
気がつくと目の前にはもう道がなく、外壁があるだけだ。どうやら町の端まできてしまったらしい。
「観念しろ!この食い逃げめ!」
料理人が包丁を投げ、安太郎の足元の地面に突き刺さった。もう逃げ場はない。
「ど、どうしてこんなことに……」
嘆く安太郎。その時奇跡が起きてしまった。彼の足元に何かが転がってきたのだ。
「なんだこれ?ボール?」
「わー待ってー」
そう言って走ってきたのは、まだ5歳ほどの男の子。ボールで遊んでいて、間違ってここまで転がしてしまったらしい。
「しめた!」
安太郎の行動は早かった。足元に刺さった包丁を右手で素早く引き抜くと、残った左手で男の子の首根っこを捕まえる。そして包丁を男の子の首に向けながら大声で叫んだのだ。
「近づくな!このガキがどうなってもいいのか!」
「な!?」
「なんてことを!?」
追手の動きが止まる。安太郎はさらに続けた。
「近づくな!少しでも近づいたらガキの命はないものと思え!」
追手たちは困惑、というよりも安太郎の悪魔じみた行動にドン引きしていた。
「ぼ、坊や!誰か……誰か助けて!!」
男の子の母親らしき人物が泣きながら大声で叫んでいる。
「な、なんで酷いことをするんだ!」
「そうだ!無銭飲食ぐらいで子供を人質に取って逃げようとするなんて、お前頭がおかしいんじゃないか!?」
彼らのいう通り、安太郎は頭がどうかしているとしか言いようがない。
「うるさい!仕方ねーだろ!こうするしか……こうするしかなかったんだよー!バーカ!バーカ!」
言うまでもなくバカなのは安太郎の方である。そうやって追手に対して悪態をつきながらも、安太郎はシクシクと泣いていた。実際に泣きたいのは人質の男児と食い逃げされた店の人たちなのだが。ちなみに人質の男児はまだ幼いため、状況がよくわかっておらずキョトンとしている。
(一体どこで間違えたっていうんだ?念願の異世界転移を果たしたっていうのに、気が付いたら食い逃げして、挙句幼い子供に刃物を向けている……こんなのただの犯罪者じゃないか!こんなことなら……こんなことなら元の世界で一生ニートやってりゃよかったんだ!)
考えてみれば安太郎がこの世界へ転移してきてもう半日が経つが、やったことといえば、スライムに負けた、無銭飲食、子どもを人質に取った、この三つだけである。ろくなことをしていない。ライトノベルの主人公どころか、まるで序盤に出てきて主人公に成敗される小悪党のようだ。
「一体なんの騒ぎですか!?」
人混みの向こうから、よく通る高めの声がした。この騒ぎを聞きつけて、誰かがやってきたようだ。
「あ、あなたは騎士様!」
「王国騎士団の団員が来てくれたぞ!」
町の人々が歓声を上げる。
「お、王国騎士団だって!?」
安太郎は嫌な予感がした。ファンタジー世界において騎士とは「誇り高い存在」か「権力を笠に着てオラつくいけすかねえ野郎」かの二択だ。だか、町の人たちの歓声からして前者の可能性が高い。前者の場合強いのだ。
「おい!何をしている!町の平和を脅かすものは王国騎士団団員のこのラトス許さないぞ!」
人混みから現れたそのラトスと名乗る騎士様は、白馬に跨って、金色の短髪に灰色の瞳をした若い男、いや少年と言ったほうがいい。とにかく若くていい男だった。言っていることも、とにかくまともで真っ直ぐなものだ。
(まずい、こいつ多分いいやつだ。だからまずい)
こういうタイプのやつは、普通に強い。安太郎の本能がそう言っていた。
「子供を人質に取るなんて……あいつは一体何をしたんです?強盗とか……」
「食い逃げです」
「え?は?」
「食い逃げです。うちの店で無銭飲食して逃げて、途中で子供を人質に取りました」
「く、食い逃げで?人質を?」
酒場の店員の証言に、少年騎士ラトスがドン引きしたのも無理もない。たかが無銭飲食で逃げるために幼い子どもを人質を取るなんてどうかしてる。
「と、とりあえず人質を放しなさい!」
「うるせー!誰が放すか!バカヤロー!」
ラトスの説得に安太郎が素直に応じるはずもなく、事態は一向に進展しない。ただ、このままでは、安太郎の立場が徐々に悪くなっていくことだけは確かであった。
(こんなところでゲームオーバーかよ。せっかく異世界にやって来たのに……もしかして処刑されたりするのかな?ああ、できるなら最初からやり直したい……)
しかし、この時安太郎の脳内で何かが閃いた。閃いてしまった。
(『やり直す』?待てよ……なんとかなるかもしれないぞ!でも失敗したら……ええい!もう失敗もクソもない!もう失うものなんて何もないんだからな!見てろよ!一世一代の大博打だ!)
「う……」
「う?」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
突如、安太郎は大きな唸り声を上げ始めた。
「な、なんだ?」
「何をするつもりだあいつ?」
「皆さん!下がっていてください!」
人々は安太郎から離れ、遠巻きに彼を注視した。
「うおお……あ!あ!あ!あ!あ!」
そのうち、安太郎が頭を抱えて苦しみ始めた。手に持っていた包丁は地面に落ち、人質の男の子は解放されて、母親の元へとトコトコ歩いて戻ってきた。
「ままー」
「よ、よかった……」
泣きながら男の子を抱きしめる母親。とりあえず人質は助かったものの、安太郎は相変わらず頭を抱えて苦しみ続けている。
「あ、頭が!頭が割れるー!ぐあー」
「一体なんなんだ、あれは?」
「分かりませんが、今は離れて様子を見ましょう」
人質はいなくなったものの、安太郎の様子は普通ではなく、ラトスと町の人々は離れて観察を続けた。
「ぐぁ!はぅ!」
そして、数分間苦しみ続けた安太郎は、唐突にその場に前のめりに倒れた。
「倒れた?」
「も、もう近づいても大丈夫かな?」
しかし、その数秒後安太郎はまた唐突に起き上がった。
「もう起き上がった!」
「一体なんなんだよあいつは!」
周りの人々はざわつく。起き上がった安太郎は頭を押さえながら呟いた。
「こ、ここは?ここは何処だ?」
「はぁ?」
「いきなり何を言い出すのか」と呆れる町の人々をよそに安太郎はさらに続ける。
「ここは何処だ!?オレは何をしていたんだ!?何も……何も思い出せない!」
安太郎の絶叫に、町の人々は呆然とした。
「あの、あなた一体何を言ってるんですか?」
ラトスが安太郎に近づき、問うた。
「あ、あんたは知ってるのか?オレが何をしたのかを!?」
「い、いや自分も全部知ってるわけではないんですが……えーっとあなたが何をしたかと言いますと……」
「ああ」
「この町の酒場で食い逃げをして、子供を人質にして逃走を図った、らしいです」
ラトスは今までの出来事をわかりやすくまとめて安太郎に話した。
「な、なんだって!?なんてひどいことを……やはりヤツの仕業か!?」
安太郎は大袈裟に嘆きながら、しれっと思わせぶりな台詞を吐いた。
「ヤツ?」
「ああ……オレは森を歩いていて……その時に何か邪悪な気配を感じたんだ。それから頭が割れるように痛くなって気がついたら……」
「気がついたら今の状態だったということですか?」
「ああ、そうなんだよ。頼む!信じてくれ!」
安太郎はラトスに縋り付き、必死に訴えかけた。
一応、言っておく。嘘である。
何もかも嘘である。記憶を失ったことが嘘なら、何も思い出せないのも嘘で、頭痛がしたのも大嘘。もちろん邪悪な気配などこれっぽっちも感じていなかった。全てが嘘っぱちだったのだ。
安太郎は最後の手段として、記憶喪失のフリをして、全てを有耶無耶にしようとしたのである。
「ってことは、この男は悪霊的なヤツに取り憑かれたせいで、食い逃げなんかをしたってことか?」
「そう!そう!その通りです!はい!」
とある町の住人の発言に対し、安太郎は食い気味に答える。
「で、でもいくらなんでも虫が良いというか、都合が良すぎな気もするけどな」
「そ、そうだ!嘘ついてるんじゃないのか!?」
(く、くそぅ。余計な言いやがって)
安太郎の計略に水を差す発言をした町人達に、安太郎はむかついた。しかし、そこで思わぬ助け舟が出た。
「待ってください!自分は彼のいうことを信じようと思います!」
そう言ったのは少年騎士ラトスである。彼はさらに続ける。
「確かに、記憶喪失だなんて都合が良すぎるというのも分かります。でも考えてみてください。普通たかが食い逃げで、人質を取ってまで逃走しようとするものでしょうか?彼がそんな奇行を行ったのが、その悪霊的な何かに取り憑かれていたからだとすれば、辻褄が合います」
「た、確かに」
ラトスの推理に納得する町の人々。
「それに、この人の眼は嘘のついてる人の眼には見えないんです。だから自分は彼を信じてみようと思います」
悲しいことに、ラトスは若いため人を見る目がまだ備わっていない。安太郎のデタラメな話を素直に信じてしまった。
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!後ついでに言っておくと、オレはこの世界の人間じゃないんだ」
「な、何ですって!?」
ついでにしては衝撃的な発言に、素直に驚く少年騎士ラトス。このようにでかい話を立て続けに話すことにより、しでかした悪行から目を逸らさせるのが安太郎の狙いであった。
「ほらこの服変わっているだろう?異世界から来た証拠だよ!」
安太郎は着用している学ランを見せつけながら言う。
「た、確かにこんな服着てる人はこの世界にはいません!だとすると本当に異世界人……」
またしても素直に信じてしまう少年騎士ラトス。確かに安太郎が異世界人ということに関しては真実ではあったのだが。
「い、いやもう何が何やら……」
「えーっと、まとめるとあなたは異世界人。そして悪霊的なヤツに取り憑かれていただけで悪人ではない、と言うことでいいんですか?」
「ああ!そう!そう!それでいいんだ!うん!」
安太郎は内心ガッツポーズ。食い逃げ犯から何とか善良な異世界転移者へと返り咲くことができたからだ。
「じゃあ、これで一件落着ということでいいでしょうか?」
ラトスが事をまとめだした。
「お、おい!何丸く収まったみたいな感じになってんだ!こいつが食った分はきちんと払ってもらわないと困るよ!」
そう言ったのは安太郎が食い逃げをした酒場の料理人であった。安太郎は内心で舌打ちをしたが、なんとか誤魔化そうと取り繕う。
「そ、そう言っても金が……ほらなんせ異世界人だからここの通貨持ってないし……」
せっかく全て有耶無耶にできたと思ったのに、飲食代についてしっかりと覚えられていてがっかりな安太郎。しかし、ここでも助け舟が出た。
「じゃあ、とりあえずここは自分が立て替えておきます」
そう言ってくれたのはラトスであった。この少年騎士はどこまでもお人好しのなのだ。
「まあ、代金いただけるなら誰からでも……じゃあ私らはこれで……」
ラトスから代金を受け取ると、酒場の従業員達は去っていった。
「いやーすみませんね、代金払ってもらっちゃって……ではオレはこれで……」
「……ちょっと待ってください。あなたもしかして……」
そそくさと立ち去ろうとする安太郎をラトスが呼び止めた。
(も、もしかして嘘がバレたのか)
安太郎としてはボロが出ないうちにさっさとこの町を立ち去りたかったのだが、これはまずい事だ。
「あなた……伝説の勇者様なのでは?」
「え?」
ラトスが言い出したのは意外な事だった。
「今思い出したのですがこの国にはこんな伝説があります。『国に危機が訪れる時、伝説の勇者が異世界より来る』っていう伝承なんですが、もしかしてこの勇者はあなたなのでは?」
「え?オレが?」
「いや、人違いですよ」とでも言おうかと思った安太郎だか、ラトスの話を聞いた周囲の人々が一斉に騒ぎだした。
「で、伝説の勇者だって!?」
「お、俺もその伝承聞いたことあるよ!」
「す、すげえ!」
「勇者なんて初めて見た!」
「勇者!勇者!」
食い逃げ犯から一転、伝説の勇者として崇められことになった安太郎。少し困惑しながらも、ここまでヨイショされると悪い気分ではない。不思議と謎の自信も湧いてきた。
「……伝説の勇者な気がしてきた!」
「やっぱりそうだったですね!」
安太郎が伝説の勇者である事を認めると、ラトスは目を輝かせて子どものように喜んだ。
「よーし!オレは勇者だ!勇者安太郎だ!みんなよろしくな!」
「万歳!勇者アンタロー万歳!」
安太郎の威勢のいい勇者宣言に大盛り上がりな町の人々。ますます気分がいい安太郎。
「……ところでアンタロー様。実は伝承通り我が国は危機を迎えているんです」
「え?」
ラトスは他の人には聞こえないように、安太郎に耳打ちした。ただただ気分がよかった安太郎としては急に冷や水を浴びせられたような気がした。国の危機、というからには簡単な問題はないだろうし、面倒くさいことは間違いない。しかし、ラトスは少年らしい爽やかな笑顔でいう。
「でも、勇者様が来てくれたなら安心です!よろしくお願いします!」
「いや、でもまだ……」
「では早速城に向かいましょう。自分の馬に乗ってください」
「心の準備が……あああ!」
無理やり馬に乗せられた安太郎。ラトスと安太郎を乗せた白馬は、そのまま城に向かって走りだした。
「行っちゃったよ」
「まあ、勇者だし色々忙しいんだろう」
「じゃあな!また来てくれよなー」
「達者でなー」
人々の声援を背に、安太郎達は町から消えていった。
異世界転移者樽谷安太郎。無職と軽犯罪者を経て、現在の職業は伝説の勇者。
つづく
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