武器を買いましょう

 翌日、この世界に来てから今までにないくらいスッキリとした目覚めを体験した。

 お風呂すごい。ベッドすごい。

 これからも毎日宿に泊まりたいけど、街や村などそれぞれの距離が開きすぎていて難しいことは分かっている。


 ……野宿、頑張ろう。


 名残惜しくベッドを撫でていると、大きな欠伸をこぼしたヨルドはジトっとした目で見てきた。


「朝飯はちゃんとライトも一緒に行くんだゾ」

「昨日はごめんな」


 昨夜は寂しかったらしい。風呂から戻ってきたヨルドに散々文句を言われてしまったのだ。

 よしよしとヨルドの頭を撫でる。それだけでヨルドの機嫌は良くなった。


 部屋を出てアリーネと合流してから食堂で朝食を食べる。

 最後にお風呂に入ってからチェックアウトをしたかったのに、ライネルの許しはもらえなかった。


 渋々会計を済ませて宿を出れば、昨夜とは打って変わって街は人で溢れていた。


「うわ……」

「人がいっぱいダ……」

「活気があるな」


 確かにこの状態ではアリーネがナーガのままなら尾は踏まれるだろう。そう思えるほどに多くの人がメインストリートを歩いていた。


 アリーネはそんなリンカンを見慣れているせいか、何でもないようににっこりと笑った。


「さあ、まずはライトの武器を見にいきましょう」


 昨日見かけた店を目指して歩を進める。

 人の多さにヨルドとライネルは歩きづらそうだったけど、現代東京で生きてきた私にとってこれぐらいの人混みは問題ないのだ。


 宿屋とはそう離れていたわけではないため、武器屋にはすぐ着いた。それでもヨルドたちには辛かったらしく、人の流れから抜け出た武器屋の前で大きく息を吐いている。


「……ライトはよく平気だナ」

「あー、人の流れを見ながら歩けばなんとか……」

「なるほど、参考にしよう」

「ほら、早く入りましょう」


 そう言ってアリーネは武器屋の扉を開けた。


「ここが武器屋……ん?」


 店の中は、シンプルだった。

 カウンターが一つと、奥に続く扉、そして屈強な男性が一人カウンター内に座っているだけだった。


「……壁とかに武器が並べられているのを想像してた」

「盗まれんだろうが」


 ぽつりと呟いた言葉に、店主だろう男性が苦笑交じりに応えた。


 ……そりゃそうだね。


「いらっしゃい。武器屋は初めてか?」

「ああ。今は木刀を使っていて、剣とか刀がほしいんだけど」

「わかった。まずはこれに触れ」


 店主はカウンターに置いてある水晶のような玉を指差した。


「それで大体の強さが分かんのさ。武器にもいくつかランクがあって、強い奴にしか扱えない物もある。お前らも使えない武器は買いたくないだろうが、俺たちだって使ってもらえない武器を売るつもりはないからな」


 ……なるほどね。


 この世界ではステータスの数値は可視化されていないけど、私は悪魔の能力で見せてもらえる。他の人たちはどうやっているのかと思ったけど、こうやって大まかに分けているのか。

 何を感知して判断されているのか分からないけど。


 ……というか、レベルによって使えない武器があると勝手に思い込んでいたけど、こういう道具がなければ全員が使える武器しか売っていない場合もあったのか。


 勝手な思い込みで以前にアリーネたちと武器の話をしていたけど、間違っていなくてよかった。

 次からはもう少し気を付けよう。


 店主に言われた通りに水晶に軽く触れると、水晶の色が変わった。透明だった水晶が、緑色になったのだ。


「緑な。ちょっと待ってろ」

「えっ、これってどれくらい?」


 店主は私の言葉が聞こえていなかったのかそのまま店の奥に行ってしまった。


「これってオレも触っていいのカ?」

「壊さなければいいんじゃないかしら?」


 アリーネの適当な言葉にヨルドは嬉々として水晶に触れた。


「緑……」

「ライトと一緒だナ」


 ……ちょっと嬉しそうなヨルドが可愛い。


 ライネルも触れたけど、同じく緑色に変わった。

 そして、次に触れたアリーネだけは赤く色が変わった。


「……赤の方が強い反応ってことだけは分かった」

「アリーネに追いつけるよう頑張るしかないな」

「修行が楽しみね」

「ヴゥ……」


 にっこりと微笑むアリーネに、ヨルドは尻尾を丸めた。


「待たせたな」


 奥の部屋から戻ってきた店主は、剣を三本抱えていた。


「緑のレベルで剣なら、この三本がおすすめだ。どれも違う鍛冶師が打った剣だが三人とも名匠だし、使った奴らの評判もいい。振ってみてくれ」

「ありがとう」


 店主に渡された順に剣を振っていく。

 一本一本丁寧に。自分の相棒になる剣を吟味していく。


 ……いや、真面目くさった顔で構えたり剣を振ったりしたけど、全くもって違いが分かりません。


 確かに握り心地や重さなど違いがあるけど、だから何? という感じだ。それが私にどう影響するのか分からない。

 剣の選び方が全く分からない!


「どうだ?」

「しっくりくるのはあったか?」


 しっくり……。

 しっくり、とは。


 よく分からない。

 けど、ほんの少し握りやすくて、ほんの少し振り回したときの感触がいいのはあった。

 本当にほんの少しだけど。これがしっくりくる、というやつなのか。


「……じゃあ、これで」


 選んだのは、赤い装飾の剣。でも、炎が出るなんて付加はないらしい。


 思ったよりも高い金額に悲鳴を上げそうになったけど、アリーネとの修行で稼いだお金で支払うことが出来た。


「まいど。またのご来店を」

「ありがとう」


 木刀とは違う、ずっしりとした重さの剣を腰に下げて店を出た。

 買うまではお金のことが脳内をちらちらと過っていて完全な乗り気にはなれなかったけど、買ってしまえばもう関係ない。新しい武器にワクワクしている。早く使ってみたい。


 ……なんだか修行が楽しみになってきたな。




 さて、武器屋を出れば、次は旅立つための準備だ。

 食料やポーションなどを購入していかなくてはならない。


「本当なら手分けして買いたいが、合流できなくなっても困るしな……」

「全員で移動するのが安全だろう」


 そうして全員でメインストリートを歩くことになった。

 リンカンに来たことのあるアリーネを先頭にして、最後尾を人混みに慣れている私にした布陣で歩くことにする。しかし、どこに何の店があるかは分からないため、辺りを見渡しながら歩いていく。だから歩みは遅い。だから人に流されそうになる。

 逸れそうになるヨルドを引っ張ったり、人にぶつかってしまって謝っているライネルを回収したりしながら歩いていると、アリーネが漸く薬屋を発見した。


「よか……」


 ようやく店内に入れるとほっとしたのも束の間、誰かに口を押えられ、腕を引っ張られた。


 ……なに、なに、なに!?


 離れていくアリーネたち。

 人混みに紛れてしまって、誰も私に気付かない。


 突然のことで、反撃をするなんて思考にはならなかった。






 そして、連れ込まれた路地で私に壁ドンをしているのは、いつか出会ったツンデレ美少女だった。






「…………マリア?」


 問いかけても返事はない。

 物凄い形相で睨みつけてくるから自信はないけど、多分、マリアで合っているはず。


 ……いや、マリアだとしてもこれは一体どういう状況なの?


「えーっと、マリア? 久しぶりだな? って、ひい!?」


 ダン! とすごい音をさせてマリアは壁を殴った。


 ……マジでなんなの!? どうしたの!?


 美少女にやられているとは思えない迫力に冷や汗が流れる。

 全く勇者らしくなく悲鳴まで上げたのに、悪魔はゲラゲラと笑って見ているだけだった。


「ま、マリア……?」

「……」

「え?」


 ギラギラと肉食獣のような強い瞳で私を睨みつけたまま小さく開いた口。微かに漏れた声が聞き取れずに問えば、マリアはもう一度口を開けた。


「私というものがありながらあんなおっぱいだけの女にデレデレしてんじゃないわよ」

「…………え?」


 ……ちょっと何を言われたのかわかりません。


「ねえ、私のことをあんなに心配してくれたんだから私のことが好きなんでしょう? なのにちょっと離れた隙に浮気ってどういうことよ。パーティーが人狼とおじさんだけだったから先を行くのを許したのになんであんなおっぱいババアが一緒にいるのよ。昨日抱き合ってたの見たんだからね」

「まって、まって、まって!」


 ……ツンデレ美少女はヤンデレ美少女だったの!?


 もう、出会う人出会う人キャラが濃すぎてついていけない。

 瞳孔開いて下から睨みつけてくるマリアが怖すぎる。というか、好きってなに。浮気ってなに。


「何を待つの? 悪いのは勇者でしょう? 私は勇者を追ってこの街まで来たのに勇者は私に全く気付かないなんて酷いと思わないの? ああそうよね、私がいない間にあのおっぱいババアと仲良くしていたんだもの。私なんてどうでもいいんでしょう? そうなんでしょう? でもそんなの許さないんだから!」


 ……怖い怖い! 本当に怖い!


 このまま刺されそうな雰囲気に生唾を飲み込むことしか出来ない。何も言えない。マリアの勢いが怖すぎる。


 ツンデレは可愛いと思えたけど、ヤンデレは守備範囲外です。誰か助けてください!


 私の必死の思いが届いたのか、メインストリートから私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「ライトー?」

「よ、ヨルド!」

「……ちっ」


 舌打ち怖い。


 マリアは壁につけていた手は離したけど、距離感は変わらず、私を見上げた。


「恋人に名前も教えてくれなかったなんて本当に酷い人。……次、あの女とイチャついたら刺すから」

「……いや、あの」

「またね、ライト」


 そう言ってマリアは路地の奥へと走っていった。

 それと入れ替わるように、メインストリートの方からヨルドがひょっこりと顔を出した。


「……あ、ライトみつけタ」

「よ、ヨルドぉ……!」


 ヨルドの、なんでこんなところにいるんだ? と言わんばかりの不思議そうな顔を見たら、腰が抜けてしまった。


「急にいなくなるからびっくりしたゾ。ライトでも人に流されるんだナ」

「……うん。それでいいよ」


 首を傾げるヨルドに、乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


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物語の主人公が嫌いな女が勇者に成り代りました 黒谷狼芙 @ro-fu

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