宿に泊まることになりました
「やあ、こんばんは。君たちは運がいいな。あと十五分もすれば閉門するところだったよ」
そう言ってリンカンに入れてくれた門番は、私から見て背後へと変わった門で今も他の旅人の相手をしている。
この門番は非常に重要な情報を落としてくれた。
まず、リンカンからの出入りの門は夜間は閉じるということ。見張りの為の夜勤の門番はいるのだろうけど、一般の旅人に対して開閉することはまずないだろう。
そして、もう一つ。この世界に時間の概念があることだ。
勇者がいたプロ―トン村では、日の動き方で大体の時間しか把握していなかった。他に通ってきた村や町でも時計なんか見たことはないし、時間で動いている素振りもなかった。
けれど、この世界には時間の概念があったらしい。
ヨルドだけが十五分という言葉に首を傾げていたから、村出身のライネルも時間が分かるようだ。
「ライネルは時計を持っているのか?」
「ライトでも時計は知っているのか」
……確かに私は世間知らずの田舎勇者で中身は異世界人だけど、言い方よ。
「俺は持っていない。俺がいた村では、村の真ん中に一つだけ時計があったんだ。村人はその時計を見て大まかに行動を決めていたな」
「へえ……」
やはり、ライネルのいた村はプロ―トン村やトルポ村に比べて栄えていたらしい。教えてもらった商人が来る頻度から予想はしていたけど。
けれど村を外れたライネルが時計を作っていないなら、そこまで重要ではないのか、時計を作るのが難しいのか。
どちらにせよ、元の世界のような必需品というわけではないのだろう。小さな村にはなかったわけだし。
……そう思って話を聞いていたけど、旅には必要だったみたい。
「うっかりしていたけど、これからも旅を続けるなら時計は欲しいわね。大体どの街でも閉門は十八時だから」
「しかし、時計は高価だからな……」
「値段を見て決めるしかないでしょうね。ライトの武器を最優先にして、旅支度を整えて、余ったお金で考えましょう」
ライネルとアリーネの話し合いでとんとん拍子で時計を買うことが決定してしまった。大人組、ありがとうございます。
「時計……?」
「買えたらヨルドにも教えるからな」
「わかっタ」
ヨルドはあまり分かってはいなさそうな顔で頷いた。
「じゃあまずは宿探しだな」
「そうね。この街の宿なら、食事も入浴も宿内で済ませられるはずよ」
「風呂!」
「メシ!」
ビシッと手を上げてアピールしたら、ヨルドも一緒に手を上げた。
「宿ならこのまま真っ直ぐ行って右手側にあるよー」
門を通ってからほとんど動かず話していたおかげで、会話を聞いていたらしい門番が親切にも教えてくれた。
つまり、さっきの団子みたいに抱き合っていたのも全部見られていたってことだね。恥ずかしい。
「か、感謝する!」
「リンカンはいい所だから、楽しんで!」
ひらひらと手を振る門番に手を振り返し、教えてもらった通りに歩くことにした。
門から真っ直ぐな道は、メインストリートのようだった。
道の左右には沢山の店が並んでいる。いくつかの店は既に閉まっているけど、飲食店らしき店からは明かりが漏れていた。
もう夜になるからか、広い通りの割に人通りは少ない。
きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、剣と盾のイラストが描かれた看板が目についた。
「あ、看板的にはここが武器屋かな」
「ん? ああ、そのようだな」
「明日はここに来ましょう」
店の扉には、クローズと書かれた札が下がっている。まあ、開いていても宿を探すのが先だったし、明日ゆっくりと見て回ればいい。
そこからもう少し歩くと、ベッドのイラストが描かれた看板が見えた。ここが宿屋だろう。
「空きがあればいいのだが」
「一部屋あれば十分でしょう?」
「……最低二部屋な」
「ええー!」
アリーネが不満ですと頬を膨らませてきた。
美人のそういう顔はすごく可愛いけど、ダメです。狭い一部屋に四人なんて、アリーネが何をしでかすか分からないからね。
……あれ? 私たちが同じ部屋にいた方が、他の人に迷惑をかけずに済むのかな?
しかしまあ、疲れ切っている私たちにちょっかいをかけられるよりは良いだろう。他所に手を出すなら自己責任でお願いしたい。まだ見ぬ被害者さん頑張って。
宿屋は中に風呂や食堂もあるためか、他の建物より大きかった。
外観だけで、期待が高まってドキドキと心臓が鼓動を早める。
もちろん宿の中のお風呂も楽しみだ。何日ぶりかも分からないくらい入れていないのだから。
けれど、それよりも「宿に泊まる」ということにテンションが上がっていく。だって、この世界に来て初めて宿に泊まるのだから。
建物がいくら大きいと言っても、街が栄えていると言っても、世界的な技術は大きくは変わらないだろう。見た目からして木造だし。
だからこそゲームみたいで興奮してくる。
もちろん何日も泊まるなら綺麗なホテルがいいけど、旅の途中に寄って泊まるなら、話は別だもの。ゲームは詳しくなくても、オタクの身としては大興奮なのです。
……ベッドに潜り込んだ途端に回復の音楽が脳内で流れてきて、一人で笑ってしまいそうだな。
宿屋の扉を開けるライネルに続いて歩を進めながら、想像しただけで笑ってしまった。
宿屋の扉にはベルが付いていて、ライネルが扉を開けるとちりんちりんと綺麗な音が響いた。
宿屋のエントランス部分は、外観からは予想できないくらい狭かった。カウンターが一つあるだけで、四人が中に入ってしまえばあまり余裕はないくらいに狭い。
エントランスの奥にはスペースがあるみたいで、ガヤガヤとした騒音がここまで聞こえてきた。カチャカチャと何かを合わせる音も聞こえてくるし、いい匂いもしてくるから、この先は食堂なのかもしれない。
隣に立つヨルドのお腹が鳴った。
けれど、カウンターには誰もいなかった。
勝手に入るわけにもいかないし、どうしようかとライネルに顔を向けると、食堂だと思われるところから壮年の男性が出てきた。
「いらっしゃい。お待たせしました。宿泊ですか?」
「ああ。最低二部屋は借りたいのだが」
「空いていますよ。男女で別れますか?」
「それで頼む」
「はいはい」
男性は頷いて、部屋番号らしき数字が彫られたストラップ付きのカギを二本差し出した。
「こちらのカギが一人部屋、こちらのカギが三人部屋です。部屋番号はカギについていますのでご確認ください。食堂はこの奥、風呂は左の通路の先です」
「ありがとう」
ぺこりと頭を下げた男性は、さっさと食堂に駆けていった。
そしてすぐさま聞こえた「遅い!」という女性の怒鳴り声に、カウンターに誰もいなかったことに納得した。
「夕飯時だもんな。そりゃ忙しいか」
「俺たちも部屋の確認だけして、食事にするか」
カギを持って部屋に続くだろう階段を指差すライネルに、ヨルドとアリーネは頷いた。ヨルドなんか腹の音で返事をしている。
……でもごめん。私はまだ食堂には行きたくない。
「悪い、みんなは先に食べていてくれ。俺は風呂に行く」
確かにお腹は空いているけど、こんな格好で食事はしたくない。野宿中なら仕方がないけど、風呂がすぐそばにあるのに汚い体を我慢する理由なんかどこにもないだろう。
すると突然「お前本当に風呂が好きだな」と呆れた声色が脳内に響いてきた。
ここ最近は修行でひーひー言っている私を爆笑している以外何も話しかけてこなかった悪魔に思わず視線を送る。
なぜだか少し嬉しそうな顔をしていた。
……いつの間にか風呂好き仲間になった?
初体験の時は楽しそうだったし、あり得るのかな。
「……あまり長湯しすぎるなよ」
「わかってる、わかってる」
……なんて。長湯はするに決まっているでしょう!
私の適当な返事に、ライネルは呆れたと言わんばかりにため息をついた。
部屋に荷物を置き、私はお風呂に、三人は食堂へと別れた。
近付くお風呂に自然と足取りは軽くなる。手に持っているバスタオルと着替えを振り回したいくらいだ。
……でも、まさかバスタオルだけでなく部屋着も部屋に準備してあるだなんて思ってもいなかったな。
ふわふわとはいかないけど綺麗に洗濯されたと分かるバスタオルに、同じく綺麗に洗濯されて畳まれていた部屋着。それが部屋の中の各ベッドの上に置かれていたのだ。
こういう世界では、旅してきた衣服のままベッドに寝ている印象があったからすごく驚いた。
まあ、それでは汚いし掃除が大変そうだなと思っていたから、それが理由なのかもしれないけど。
とりあえず、綺麗になった体をまた汚れた服に包む憂鬱がなくなって、私のテンションは更に上がっている。
今ならたとえ四天王に会ったとしても「へい!」とハイタッチ出来そうなテンションだ。
……なんて思っていた私が悪かった。
風呂場には、四天王じゃなくて情報屋がいた。
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