初めての大きな街です

 メルの来襲に心身共に疲労困憊である。

 なのに直接相対していたはずのアリーネは元気だった。ちょっとよく分かりません。


「ワタシだって疲れたわよ? 魔法も使ったし」

「……そりゃそうだよな。アリーネ一人に任せて悪かったよ」

「そういう意味で言ったんじゃないわ。ワタシの意志だから気にしないでちょうだい」


 漸く座れるまでに回復した私の頭を撫でるアリーネ。子ども扱いされている気がしないでもないけど、まあいいや。私だってヨルドをペット扱いしているし。


「しかし、これで四天王のうち三人と顔を合わせたな」

「戦ったのは二人だけどナ」

「実際、メルの強さはどうだ?」


 ライネルはアリーネに問いかける。

 私たちは二人の戦いを見ているだけだった。見ているだけだったけど、最後のメルが異様だったのは分かっている。そんなメルに、私たちが修行をして対応できるようになるものなのか。


 ……いや、四天王に対応できないままなら魔王討伐なんかは到底無理だけどさ。


 それでも、聞きたいのだ。


 私たちの視線を浴びたアリーネは、不思議そうな表情でこてんと首を傾げた。


「確かに最後は変な感じがしたけど、強さで言えば全くよ?」

「……全く?」

「ええ。何をするか分からない雰囲気だったから警戒したけど。ほら、ライトが動けなかったでしょう?」


 事も無げに話すアリーネに、ライネルは固まり、ヨルドは口をぽかんと開けた。


「……つまり、俺たちでも勝てると?」

「一人目の時は三人がかりだったんでしょう? それなら余裕でしょうね。それに、このまま修行を真面目に頑張ったら一人でも余裕で倒せるはずよ」


 ……なんだ。ちょっとやる気でたぞ。


 私はアリーネとメルの戦いを地面に転がったまま見ているしかできなかった。

 戦いが始まる前は、アリーネの発言にメルが弱いのかと思ってしまったけど、いざ戦いが始まればメルは四天王と呼ぶのに相応しい強さを持っていると感じた。そして、それを圧倒するアリーネは更に強いのだと。

 私たちでは敵わないと、思ってしまった。


 けど、それは間違っていたらしい。


 人のレベルが分かるほどの強さを持ち、メルを簡単にあしらえるほどの実力を持つアリーネが、今の私たちのレベルでも三人がかりなら余裕だと言ったのだ。メルもアルマンと同程度だと。


 そしてアリーネの修行を続ければ、一人でも倒せると。


 ……いくら私が他人のレベルが分からないとはいえ、アルマンとメルのレベルが同程度ってことにも気付けないのは悲しくなるけど。


「分かった。これからもよろしく頼むよ」

「オレもダ!」

「頼んだ」


 私たちの言葉に、アリーネはにっこりと微笑んだ。


「何を言われても修行を止めるつもりはなかったわよ?」


 ……あ、はい。






   ◆






 アリーネによる修行は魅了によって誘い出したモンスターを只管倒すという、同じことの繰り返しだった。周囲のモンスターがいなくなったら移動して、また魅了で誘い出しての繰り返し。前回の予想が大当たりだ。当たってほしくはなかったけど。

 けれど、そのせいでなかなかリンカンには辿り着くことが出来ず、木刀で戦い続けた。


 主人公言葉のせいではなく、きつい修行のせいで何度も嘔吐した私をヨルドは心配してくれたけど、そんなヨルドも自分のことで精一杯という様子だった。

 ライネルも私よりは体力はあるけど、元々はただの大工でしかないため、モンスターと戦い続ける姿は辛そうだ。

 そんな私たちをアリーネは笑顔で追い詰めていった。


 そして、モンスターたちを倒し終わってからも生きた屍のように地面に倒れることがなくなった、何度目かの日が落ちかかった時間、ようやくリンカンへと着くことができた。


 街を守る門が視界に入った瞬間、疲れたとか眠いとかお腹が空いたとかの感情は一気に吹き飛んだ。


「やっと風呂に入れる―!」

「ライト、うるせーヨ」

「今回ばかりはライトに同感だ」


 ライネルとハイタッチを交わす。

 ただでさえ何日もお風呂に入れていなかったのに、修行で泥だらけの返り血まみれなのだ。飲み水のために川の近くを歩いていたとはいえ、川沿いを歩いていたわけではないから毎日水浴びが出来たわけでもない。ちゃんと汚れたら拭くようにしていたから見た目はなんとか見られても問題ない程度だが、肌の感覚が気持ち悪くて仕方がなかった。

 本当に、やっと……やっとなのだ。


「二人ともお風呂好きなの?」

「ああ。……あ」


 不思議そうに見てくるアリーネに頷いて、ふいに気が付いた。


 ……そういえば、ヨルドとアリーネはこの街に入れるのだろうか。


 今まで通ってきた村や町にはヨルドは入れなかった。亜人は嫌悪の対象だったから。では、大きな街ではどうなんだろう。

 勝手なイメージでは、昔の日本みたいに田舎では異人は怖がられていたけど都会では一応大丈夫というようなものかと思っていたのだけど。

 それとも、この世界の認識として亜人は嫌悪の対象なのだろうか。


 ……でも、ライネルはもちろん、途中で出会ったマリアもヨルドに対して嫌悪は見られなかったよね。


「なあ、アリーネはリンカンに詳しいんだよな? その、ヨルドは……」


 思わず次の言葉を言い淀んだ私に、自身も亜人であるアリーネには何を言わんとしていることが分かったのだろう。くすりと笑った。


「心配しないで。この街では亜人に対する差別はないわ」

「本当か!」

「ええ」


 しっかりと頷くアリーネ。パッとヨルドに顔を向けると、驚愕に目を見開いていた。


「街に入れるぞヨルド!」

「……え、いや……え?」


 驚愕から困惑に変わったヨルドに、アリーネはくすくすと笑った。


「ヨルドは大きな街に来たことはないのね。人狼は確かに少ないけど、ドワーフやエルフが住む街は多いのよ」

「……なるほど、技術か」

「ええ。持ちつ持たれつで生活しているから、亜人に対する差別はないわ。人間だろうと亜人だろうと、良い奴は良い、悪い奴は悪いってね」


 ……ドワーフって、物作りが得意なイメージ。それで技術ってことかな。


 アリーネの言葉に私とライネルは納得できた。けれど、なかなか理解しきれていないヨルドは困った顔で見つめてくる。

 今まで生きてきた中で、街から受け入れられるなんて想像もしていなかったのだろう。


「心配するな。街に入れば理解するさ」

「ライトの言う通りだな」

「う……お、おう……?」


 ひとまず頷いたヨルドの頭を撫でれば、ヨルドは嬉しそうに顔を綻ばせた。しかも、私が撫でやすいように少し屈んでくれる。相変わらずワンコでとても可愛い子だ。


 ……初めてちゃんと楽しめる街ではしゃぐだろうヨルドを想像したら、更に可愛かった。


「よし、リンカンに入ろう。今すぐ入ろう」


 そう告げた瞬間、アリーネはパン! と胸の前で両手を合わせた。そして、アリーネの下半身を煙が覆い、煙が晴れた時には人型になっていた。


「ワタシは尾が邪魔になるから人型で行くわね」


 ……確かにナーガの尾は人の多い街では邪魔になるかもしれないね。


 見た目は人間三人、人狼一匹という不思議なパーティーでリンカンに入ることが決定した。いや、ここにナーガがいる方が謎のパーティーになって注目を浴びそうだからこれでよかったのかもしれない。


 着実に近付くリンカンに続く門。そこで、ふと元の世界での記憶が過った。


「そういえば、俺も大きな街の経験はないんだけど、入るのに何かいるのか?」

「何かってなんだ?」

「え……、お金とか?」


 通行料金とか、通行手形とか、身分証とか、作品によって違ったけど、漫画や小説では必要だった気がする。けれど、ゲームでは街に入るのに必要だった記憶はない。あまりゲームには詳しくないから自信はないけど。


「街に入るのにか? 金が必要なんて聞いたことがないが……アリーネはどうだ?」

「さあ? この辺りでは聞かないわね。ただ、それぞれの街を治めている領主がどんな人間かにもよるんじゃないかしら」

「それはあるかもしれないな。街に入るためではなく、他の名目で取っていそうだが」


 二人が言った通り、特に何をするでもなくリンカンへと足を踏み入れることができた。

 一緒に街に入ったヨルドに対しても、門番からは嫌悪どころか好奇の視線すらない。只々、普通に対応された。

 そのことにヨルドが一番驚いていたし、アリーネが一番嬉しそうだった。


「不思議な感じよね。でも、これがどこだろうと当たり前になればいいのにってワタシは思うわ」

「……そうだナ」


 耳を垂らして、嬉しそうにへにょりと笑うヨルド。

 ライネルと二人でヨルドを撫でくり回した。


「ちょ……、なんなんだヨ!?」

「大丈夫だ。お前は俺たちが守る」

「ヨルド可愛い」

「あらあら。ヨルドったらモテモテでずるいわ。ワタシにも構ってちょうだい!」


 そう言って突進するように私に抱き着いてきたアリーネ。そのままヨルド、ライネルへも勢いが止まらず思いっきりぶつかった。


「うわっ!?」

「んぐっ!?」

「おっと」


 三人を受け止めたライネルは、さすがのイケオジだった。


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