新たな四天王がやってきました
ドゴン! と凄まじい音が響いた。そして、辺りに広がる土煙。
「なんだ!?」
「何かが落ちてきたのかしら?」
離れてくれたアリーネにほっと息をつく間もなく、土煙の中から何かがアリーネに向かって飛んできた。
不意打ちにも関わらず、サッと身を翻したアリーネはさすがとしか言えない。
「大丈夫か?」
「ええ。ライトは自分の心配をしてね?」
「あ、うん……」
未だに地面から起き上がれないからね。
試しに力を入れてみたけどまだ動けそうにない。ライネルとヨルドはなんとか立ち上がっているのに。仕方がないから視線だけを動かした。
アリーネを襲ったのは武器とか魔法攻撃ではなく、人だった。目の前を通り過ぎたあれは、普通の飛び蹴りだった。
突然飛び蹴りを食らわそうとするなんてどんな奴かと見れば、そこには女の子が立っていた。ハーフパンツの道化師のような服に身を包んだ女の子。それだけでも怪しさ満点なのに、女の子の傍らには羽が生えた目玉が飛んでいた。とても見覚えのある目玉が。
「キャハハ! やあやあ皆さま御機嫌よう! 魔王軍団の四天王が一人、メルちゃんだよぉ!」
「また変なのが出たゾ!?」
心の中でヨルドに激しく同意する。
四天王は無駄にキャラが濃すぎると思う。
「ボクの飛び蹴りを避けたのは褒めて上げるけどぉ、たかがアルマンを倒したぐらいで調子乗らないでねぇ?」
……しかも僕っ娘!? 属性が喧嘩しませんか!?
楽しそうにクルクルと回ってポーズを決める姿はレイシルとは別の意味で危ないし、怖い。
無邪気な子どもって、敵だといろんな意味で怖い場合が多いよね。
メルと名乗った子は、不意打ちでアリーネに飛び蹴りを食らわそうとした時点で、アルマンのように様子を見に来たわけではないと思う。
けど、今の私たちはまともに戦えない。未だに立てない私はもちろん、ライネルとヨルドもふらふらだ。アリーネだってずっと魅了を使っていたからMPを消費している。
メルの実力は分からないけど、最弱と言われていたアルマンよりは強いはずだ。三人で倒した、アルマンよりも。
それなのに、アリーネは頬に手を当てて軽い調子で呟いた。
「心配していた通り、四天王が来ちゃったわね」
「そんな軽く!? 俺たちまともに戦えないぞ!」
思わず大声を出してしまったら、メルが私に視線を向けた。
……しまった。勇者が動けないなんて知られたら、どうなる?
「あれぇ? そこに寝てるのってもしかしなくても勇者? 何してるのぉ?ねぇねぇ、楽しいのぉ? 楽しいならボクもやろーっと」
そう言ってメルはその場に寝そべりだした。
……想像以上に変な子だった。
「えー? 楽しくないよぉ……」
「あたりまえです。起きてください」
「当たり前なのぉ? じゃあ勇者って変なんだねぇ!」
目玉からの言葉にキャハハ、と笑いながら起き上がるメル。
変な子に変だと言われるのは心外だけど、誤魔化せたのならいいのか。いや、どちらにせよ戦いとなった場合にバレてしまうか。
さてどうしようか。漸く少しずつ力が入りだした指を確認しながらメルを見ていると、アリーネが私とメルの間に立った。
「こんな子に勇者は勿体ないわ。ワタシが相手してあげる」
「アリーネ!?」
慌ててアリーネに声を上げるも、アリーネはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。あの子に負けるほど弱くないわ」
私のレベルもすぐに見抜いたアリーネが言うなら、本当に勝てるのだろう。相手の強さが分からない私はアリーネの言葉を信じるしかない。
けれど、それが本当なら四天王っていうのは随分と弱いのではないか?
……もしや、四天王の上にも別の幹部がいるとか。
あり得なくはないけど、信じたくはない。
反対に、魔王もこれぐらい弱いとかなら信じたい。
……まあ、今ここで考えたところでどうしようもないのだけど。
「お姉さんが相手してくれるのぉ?」
「ええ。不服かしら?」
「んーん! じゃあ、いーっぱい、楽しませてねぇ!」
言葉と同時にメルは足に力を入れ、言葉の通り飛び出した。あっという間にアリーネとの距離を詰めて拳を突き出す。
アリーネはさらりと避けながらメルの腕を掴み、遠心力を使って放り投げた。
「わー!」
メルは空中で体位を変え、事も無げに着地する。
その衣装に違わず身のこなしは軽やかだった。
「ねえ、ライト。ちょっと離れてくれる?」
「……ごめん」
アリーネに視線も寄こさず言われてしまった。
そりゃあ、こんな真後ろにいたら邪魔だよね。
……あ、だからわざわざメルを放り投げたのか。
あのままアリーネが避けていたら私が踏まれていたかもしれない。
ライネルとヨルドの手を借りて、アリーネから離れることに成功した。
「お姉さんすごいねぇ! 楽しくなりそぉ!」
「ありがと」
メルはまたもやアリーネに向かって飛び掛かる。しかし、直前で急停止し、横に方向転換をした。
アリーネはその動きをしっかりと目で追う。
けれど、次の瞬間にはメルは空高く飛び上がっていた。
「え……」
「キャハハ!」
振り下ろされる踵をアリーネは両手で防ぐ。
メルはアリーネの腕をバネにして、アリーネの背後に降りる。それと共にアリーネの尾に拳を下した。
「……っ」
アリーネは尾を振り回し、メルは軽やかにステップを踏んでアリーネから離れた。
「お姉さんの足? 尻尾? 面白いよねぇ。レイシルにお土産にしよっかなぁ。あ、でも全部だと重いからぁ、鱗だけ剥ぐ?」
「随分と怖いことを言うのね」
……ほら! やっぱり無邪気な子どもって怖い!
でも、アリーネは言葉とは裏腹に気にした様子はない。
殴られた尾は痛そうだけど、それ以上の感情はないようだった。
アリーネは殴られた尾をひと撫でし、にっこりと笑った。
「あなたの実力はレベル通りってことが分かったわ。子どものお遊びに付き合い続けるのも面倒だし、さっさと終わらせましょうか」
「…………は?」
先程までの子ども特有の高い声とは比べ物にならないほどの、感情をそぎ落としたかのようなどす黒い声がメルの口から零れた。
楽しそうに笑っていた顔から表情も抜け落ちている。
突然の変化についていけない。
それは私だけじゃなく、ライネルとヨルドも同じようで身じろぎ一つ出来なかった。
けれど、アリーネを無表情で見つめるメルに対して、アリーネは意にも介さず笑みを深めて言い放った。
「弱い子の相手って疲れるのよ」
「……っ、バカにするなあああっ!!」
何が地雷だったのか定かではないけど、突然叫び出し、アリーネに突進してくるメル。
アリーネは微笑んだまま口を開いた。
「フルメン」
その瞬間、メルを激しい電撃が襲った。
「ぴぎゃあああっ!」
メルは悲鳴を上げ、ガクンと膝から崩れ、座り込んだ。
「か、雷……」
……子ども相手に容赦ないな。
子どもと言えど、四天王なのだから仕方がないのかもしれないけど。
「手加減したわよ? 座れるのがその証拠」
ほら、とメルを指さすけど、そういうことを言っているんじゃないんだよね。悪意がない分、やはりアリーネは厄介だ。
ヨルドなんか私の腕に抱き着いて、尻尾を丸めてぶるぶると震えている。
メルは座ったまま動かない。
その周りをメルの名を呼びながら目玉が飛び回っていた。
「めるさま、めるさま」
心配しているのかなんなのか目玉の様子からは分からないけど、メルの周りを飛び続ける目玉。
なぜかペットみたいで可愛く見えてきたとき、突然、目玉が潰れた。
ぐちゅり、と嫌な音を立てて目玉を握り潰したメルは、ゆっくりとアリーネへと視線を向ける。
思わず、ごくりと喉を鳴らした。
「……まだやりたいのかしら」
変わらない調子で話しかけるアリーネ。けれど少しばかり引き攣った口角に、先程までのメルとは明らかに何かが違うのだと理解した。
「……ボクは、こんなんじゃない。負けたわけじゃない」
うわ言のようにぶつぶつと呟くメルの言葉は聞き取りづらい。
何をするか分からない雰囲気にメルから目を離せないでいると、突如キッと瞳に力が宿った。
「ボクの実力はこんなんじゃない! 覚えてなよバァァァァカ!!」
メルは目玉を投げ捨てて、そのまま走り去っていった。
「……え?」
残されたのは目玉の死体だけ。
「なんだったのかしらね……?」
「わからん……」
「みんなこえーヨ……」
……うん。みんな、怖いね。
残りの四天王、会いたくないなぁ。
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