気付いていませんでした
「あ……えっと」
ああ、ちくしょう。私の意志で喋れるようになっている。悪魔め、説明は私にさせる気だな。自分で蒔いた種は自分で回収してくれませんかねぇ!?
相変わらず悪魔は好き勝手に私の体を使って愉しそうに笑っている。けど、今回ばかりは悪魔の好きにはさせない。
私は説明なんかするつもりはないから。悪魔が動くまで、口を開きもしないから。
……というより、説明する内容が全く思い浮かばないんだよ!
私にはアリーネを同行させる理由もないし、悪魔の行動の意味も分からない。それなのに何を言えと? 適当に言ったところでライネルに論破される未来しか見えない。
「おい、勇者?」
「なんで黙ってるんダ?」
「……なあ、勇者。俺は魔王討伐の旅に関係ないアリーネを連れていくだなんて反対だ。アリーネも、これは遊びじゃないんだぞ」
「勇者の旅と聞いて魔王討伐だとわからないはずがないでしょう。覚悟の上よ。それに、ワタシは強いって言ったでしょう?」
「そういう話をしているんじゃない! おい、勇者! いい加減何か言え!」
ライネルに肩を掴まれた。その瞳は真っすぐと私を見ていて、魔王に恨みのある自分たちとは違い、関係のないアリーネを巻き込みたくないという感情が見て取れる。
……ライネルは本当にいい人だな。
私みたいに目の保養は欲しいけど面倒を増やしたくないから同行させたくない、なんて理由とは大違いだ。
でも、だからこそ、私が何かを言うことは出来ない。
さあ、悪魔。これがただの私の悪あがきだと思う? 悪魔への意趣返しだと思ってこのまま放置する?
私の心を読める悪魔がそんなことを考えるはずがないよね。私の頭脳では、本当に説明できないのが分かっているんだから。
……聡い悪魔が、このままでいいと思うわけがないよね?
悪魔は先程までの愉悦の笑みを無くし、じっと私を見つめている。その表情からは何の感情も見えなかった。
……怖い。悪魔に面と向かって歯向かったのは初めてだと思う。けど、私ではどうすることも出来ないのは事実なんだ。
何も言わない私に、ライネルは苛立ちを露わにしている。痛む肩に声を上げそうになるけど、ここで上げるわけにはいかない。
そんな私たちにヨルドも困惑の表情で私たちを見ている。
そうして、悪魔は大きな大きなため息をついた。
「……ま、お前の頭じゃ俺様の考えが理解できないのはわかってたしな」
脳内に響く悪魔の声。やれやれと頭を振る悪魔に、悪魔が動いてくれたことに安堵するよりも先にイラっとした。
我慢だ。我慢だ私。
『痛いよライネル。ちゃんと説明するから落ち着こうぜ?』
「……なら、説明を」
やっと悪魔は説明をするらしい。
ライネルの手が肩から離れた。
『アリーネは、仲間はいるのか?』
「え……? いないわ。ワタシ一人よ」
『だよな。俺がアリーネを仲間にしようと思った理由の一つ目が、アリーネが一人だと思ったからだ。たった一人で生きてきて、強盗までしなきゃ生きられないアリーネを助けたいと思ったからだ』
……うわ。なんとも偽善者らしい言い訳だ。
ライネルはハッとしてアリーネに視線をやった。一人になってしまった経験のあるライネルにとって「一人で生きてきた」という言葉は刺さるだろう。
『二つ目に、アリーネが亜人だからだ。ヨルドが亜人だからって理由で苦労してきたのは分かってるつもりさ。でも、ヨルドには支え合う家族がいた。……アリーネには、いないんだろう?』
「……ええ。みんな、私の能力を気味悪がって……追い出されたわ」
ヨルドが悲しそうにアリーネを見つめた。
元の世界でも、周りと少しでも違うと知られれば、その人は糾弾された。自然界の動物たちでも、アルビノなど少しでも周りと見た目が違うものは群れから追い出された。
……それは亜人だったとしても、変わりはないんだね。
『三つ目に、君のその能力。変身出来るナーガなんて滅多にいないぜ。魔力が高い証拠だ。アリーネなら魔王討伐のパーティーに不足はないどころか、俺よりも強いんじゃないかな!』
あはは、と笑い声をあげる私の口。
悪魔がした説明は、私の知らないことや気付かなかったことを理由としていた。
……うん。やっぱり私じゃ説明は無理だったね!
「オマエ、しんどかったナ……」
「いえ、仲間のことはもう吹っ切れているから」
「……勇者、すまなかった。俺の考えが至らなかったようだ。アリーネも、悪い」
「気にしないで」
確かにアリーネを仲間にしたい理由としてはきちんと説明できているけど、だからと言ってこんなにもライネルが落ち込むほどだろうか。すごく良いことを言った様な雰囲気だけど。
「勇者、アリーネを連れていくのに賛成する」
「勇者といれば、アリーネも安心だゼ!」
「勇者となら楽しい旅になりそうね!」
勇者、勇者、勇者……。
ああ、なるほど、把握。勇者補正か。
根拠の少ない主人公言葉はノリと勢いでなんとかなるってヤツだ。
「さすが勇者ダ!」
「勇者!」
「勇者!」
…………あ、ダメだ。
「うおえぇぇぇぇええ……」
「んぎゃあああっ!? またか勇者っ!!」
「うおっ!? 本当によく吐くんだな……」
「えっ!? よく吐くの!?」
ああ、アリーネみたいな綺麗な人の前で吐いてしまった……。まあ、これから一緒に旅をするなら見慣れてもらうことになるんだけど。
ヨルドは鼻を抑えながらもいつも通り水とタオルを渡してくれた。
「す、すまない……ヨルド、臭いだろうから離れていいよ。アリーネも。人間よりは鼻が利くんじゃないか?」
「……次からは水とタオルを渡すのは俺がやろう」
「頼むナ……」
「面目ない……」
私の口から出ていた言葉に吐かなかったから油断していた。まさか、主人公言葉だと認識した途端吐き気が込み上げてくるなんて。
……ん? つまり、どういうことだ?
もしや、主人公言葉に耐性が出来てきた? いやいや、まさか。まさかね。あり得ない。だったらなんで吐いたって話だし。いや吐きたいわけではないけど。
これ以上このことについて考えるのはなんか怖いから止めとこう。良いことではないけど、ひとまず思考停止で。
「勇者って不思議な生態なのね」
「勇者がっていうか、コイツがだロ……」
水で口を濯ぐ様を見下ろしていたアリーネの呟きに、ヨルドが突っ込んだ。
ヨルドは最初から被害を受けてるからね。
それにアリーネは納得したように頷いて、首を傾げた。
「なるほどね。ところで、勇者はなんていうの?」
「ん?」
「なにがだ?」
「だから、名前よ」
……名前?
「あ、その体、名前ねーからな」
なんでもないように言ってのけた悪魔に、なんでやねんと叫ばなかった私は褒められるべきだと思う。
「そういえば、ヨルドが勇者と呼んでいたからそのまま呼んでいたな」
「勇者は勇者だロ?」
「それで? なんて呼べばいいの?」
私も気にしなかった。
だってこの体は私じゃないから。勇者の体として認識していて、勇者と呼ばれていたからそれでいいと思っていた。
アリーネに言われて、そういえば……と思ったのも束の間、名前がないってどういうことなの。
「勇者は生まれたときから勇者だったって言っただろ。だから、勇者なんだよ」
ひゅ、と喉が鳴った。
ヨルドたちが私を凝視しているけど、何も言葉を返せそうにない。
だって、それは……。
辿り着いた考えに、背筋が冷える。
まさか、と思うのに、あり得ない話ではないと考えてしまう。
……勇者はあの村で、一人の人間として数えられていたのだろうか。
「あ……え、と……俺、名前、ないんだ……」
「え……」
ライネルは目を見開き、言葉を失った。
私でさえ動揺が隠せないのだ。人の好いライネルなら尚更だろう。
けれど、それとは反対にヨルドはほらな、と頷いた。
「な? 勇者は勇者だロ?」
ヨルドらしい言葉と屈託のない笑顔。
ヨルドが勇者の名前がない、という意味を理解出来ていないのは分かった。けれど、その何の疑問も持っていない純粋な瞳を見ていると、不思議とそんなことはどうでもよいと思えてきた。
咄嗟にわしゃわしゃとヨルドの頭を撫で繰り回す。やめろと叫ぶヨルドを只管撫でて、撫でて、撫でまくった。
私が無言でヨルドを撫でている姿を見て、ライネルは数回深呼吸をした。そして、ライネルもヨルドの頭を撫で始めた。
「……そうだな。勇者は勇者だ」
「じゃあ、勇者の名前はワタシたちで決めましょうよ! 勇者に相応しい、素敵な名前を」
「それは名案だ。名付けには自信があるぞ。娘の名前は俺が考えたんだ」
あーでもない、こーでもない、と話すライネルとアリーネ。ヨルドはそんな二人をきょとんとした表情で見つめている。
「なあ、勇者……?」
「ヨルドはすごいな。やっぱりもふもふは正義なんだな……」
「よくわかんねーケド、毛は関係ないと思うゾ」
冗談だよ。
でも、ふざけていないと、なぜだか涙が出そうになるんだ。
これは私の感情なのか、体に残った勇者の感情なのか。
……私には私の名前があるのに、勇者として名前をもらえて嬉しい、だなんて。
早く通り過ぎようと決めていた道にどれだけ留まっているのか。
ヨルドが飽きてきた頃、ライネルとアリーネは喜色満面でこちらを振り返った。
「決まったぞ! 勇者は今日からライトだ」
「ライト……」
キラキラネーム? と思ってしまったけど、ここは日本じゃないから普通だった。
アリーネは見とれるほどの綺麗な笑みを浮かべ、私の手をそっと握った。
「勇者は正しき心を持っていて、ワタシたちの光。だから、ライト」
……ん? ちょっと待って。アリーネの顔でうっかり流しそうになったけど、なんかとんでもない意味が付いているよ!?
「な……んか、すごく恥ずかしいことを言っていないか……?」
「恥ずかしいことなんかない。お前は俺たちの道標だ。お前が目的に向かって迷いなく進んでいるから、俺たちもそれに続いて魔王討伐に行けるんだ。紛れもなく俺たちの光だよ」
ライネルは優しい笑顔で私を見つめてそう言った。
……ゲロじゃなくて砂を吐きそうだ。
イケオジは何をしようとしてもイケオジになるんだな。
つまりイケオジだから許される。
「んん? つまり、どういうことダ?」
「勇者のことは、ライトって呼んであげて?」
「わかっタ! ライトだナ!」
首を捻っていたのに、ぱあ、と表情を明るくさせたヨルドは只々可愛い。
絆されている自覚はある。でも、このメンバーならそれでもいいかなと思えるのだ。
……それが絆されているってことなのかもしれないけど。
「……うん。ありがとう。俺は今日からライトだ!」
まあ、この旅も最初ほど嫌ではなくなったのは確かです。
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