お色気担当は必須ですか?
「ワタシはナーガのアリーネ。あなた達のこと、もっと教えてちょうだい?」
アリーネはそう言って、するりとヨルドの腕に自らの腕を絡みつかせた。
種族が違っても色気というのは効果があるらしい。
ヨルドは突然近付かれて、腕を這うアリーネの腕にびくりと体を震わせた。そして顔を真っ赤に染めて、挙動不審に視線を彷徨わせている。
「ははははは離セ……!」
「あら……。ワタシのこと、お嫌い……?」
悲しそうに眉を下げるアリーネは、控えめに、けれども確実に、ヨルドの腕に回している自身の腕の力を強めた。その健気にも儚げにも見える様子に、ヨルドはブンブンと顔を横に振った。
「……誘惑し慣れているな」
「反対にヨルドはDT臭がすごい」
「DT臭?」
「ごめん、気にするな」
ぽろりと漏れた言葉にライネルが反応を示してしまった。
……危ない、危ない。この世界にDTという言葉はないんだね。
「ゆ、勇者……」
クゥン……と幻聴が聞こえそうな表情を浮かべて、こちらに助けを求めるような視線を送るヨルド。
もう少しアリーネとのやり取りを見ていても良かったんだけど、不慣れなヨルドには酷かな。
ヨルドの視線の先を追うように私に視線を移したアリーネは、楽しそうに笑みを浮かべている。ヨルドを弄んで楽しんでいるのを隠す気はないらしい。
アリーネに視線を合わせると、アリーネは小首を傾げた。
「アリーネは、俺たちに危害を加えるつもりはないと思っていいのか?」
「もちろんよ。今までだって町人に危害は加えていないわよ? 素敵な殿方から食料を分けてもらっていただけで」
ねえ? とヨルドにしなだれかかって同意を求めるアリーネ。
ヨルドは必死にこちらに救助の視線を向けているけど、とりあえず無視。
町では、確かにアリーネが言った通り、強盗に襲われて怪我をした人がいるとは聞かなかった。たとえ襲われた本人が隠していても、怪我をしていれば周りの人間が気付くだろう。
だから強盗は美女で、食料をもらうために襲撃したのではなく誘惑したのかなと私たちは考えたのだけど。
……まあ、だからこそ、先程のアリーネの行動に疑問は浮かぶんだけどね。
「分かった。俺たちのことを話してもいいけど、アリーネのことも教えてくれるか?」
「ワタシの? 面白いことなんてないけど……?」
「いや、面白さは期待していないから」
なんで面白さを求めていると思ったの?
「そうなの? なら、ワタシが答えられることなら聞いてちょうだい?」
さあどうぞと言わんばかりにアリーネは微笑んだ。
……そんなに堂々とされると、後ろ暗いことは何もないのではないかと思ってしまう。強盗をしているのに。
「まず、今までどうやって町人から食料をもらっていたんだ? ただ魅了を使っただけではないんだろう?」
「ああ。ワタシ、人型になれるのよ」
…………え?
「人型……?」
「ええ」
アリーネは頷いて、ヨルドからぱっと離れた。
そして、胸の前でパン! と両手を合わせる。すると、どこからともなく現れた煙がアリーネの下半身だけを覆った。しかしそれも一瞬で、あっという間に煙が晴れた。だが、煙が晴れたからこそ視界に飛び込んできた変化に、目を見開くことしかできなかった。
まず目についたのは鮮やかな黄色のロングスカートだ。そして、そのスカートの下には色白の二本の足が生えていた。どう見ても人間の足にしか見えない。
先程まであった、黄色の鱗の尾はどこにもなかった。
「……まじか」
「これは、驚いたな……」
目を見開いてアリーネを見つめるライネルの様子からして、これは普通のことではないのだろう。
隣で見ていたヨルドもぽかんと口を開けている。
「驚くわよね? ワタシの周りにも人型になれるナーガは他にはいなかったもの」
頬に手をあてて、アリーネはため息をついた。
困ったわ、みたいなポーズをしているけど、困っているようにはまるで見えない。
……だって、その能力を利用して強盗をしていたわけなんだよね?
「えっと、つまり、人型で町人に近付いてから魅了をかけていたってことで合っている?」
「魅了だけじゃないけどね?」
アリーネは目を細めて、色気たっぷりに微笑んだ。
……つまり、イイコトはしたんだな。
私が気付いたことを察したのか、アリーネは微笑んだまま頷いた。
なんでもないように頷く彼女には、悪いことをしている自覚はないのだろう。
まあ、ナーガの姿で襲いかかったのならモンスターとして人に害を為したとはっきりと言えるけど、人型になって男を誘惑して、食料を奪っただけだからな。
妻や彼女には言えなくても、男たちはしっかりとイイ思いをしているわけだし。
それに食料を奪うと言っても、町人が生活に困るほど奪っていたわけではない。強盗が出るから気をつけろ、とは言われても、困り果てて退治を求める声はほとんど聞かなかった。
……なら、関係のない私がとやかく言う必要はまるでない。
けれど、だからこそ、私たちの前に現れた時の状況が気になるのだ。
今までの町人たちへの強盗のやり方とは異なるし、何より「ナーガに襲われた」と言っても過言ではない状況だったと思う。
なにか、理由があるのだろう。
「……今までのことは分かった。じゃあ、なんで俺らの前に現れた時はナーガの姿だったんだ?」
意図せず少し低くなってしまった声色。でも、アリーネは特に気にした様子もなくくすりと笑った。
「実は、あなた達が町に入る前には姿を見かけていたのよ」
「町に入る前に?」
「ええ、人狼を連れて歩くあなた達をね。そんなあなた達がナーガであるワタシを見たらどんな反応をするのかしらって興味がわいちゃって。だから、あなた達が町から出るのをずっと待っていたのよ?」
……なんとも予想外の理由だった。
今までの強盗をしていた時とやり方が異なるのは当たり前だ。今回は強盗が目的ではなかったのだから。
「じゃあアリーネは、たまたまこの辺りで強盗をしていて、たまたま人狼と旅をする人間を見かけたから、ナーガを見た時の反応が知りたくてここで待っていたってことか?」
「ええ」
しっかりと頷かれてしまった。
どちらともなくライネルと視線を合わせる。どうするのか、と視線で問われた気がした。
アリーネの言葉を信じるのか信じないのか。ライネルの視線はそういう意味なのだろう。けれど、私たちの前に現れた理由が嘘か真かだなんて、実際問題どうでもいいのだ。
そう、彼女が魔王の手下でないのなら。
ナーガであるアリーネが町人に対して、生活に困らない程度で強盗をしているだけなら私はどうでもいいと思っていた。私たちには関係ない。勝手にしてくれ、と。
けれど、彼女はわざわざ私たちを襲うような態度で現れた。実際は目の前にナーガの姿で現れただけだし、怪我なんてしていない。しかし、襲おうとしたと言われてもおかしくない邂逅だった。
なら、彼女は私たちを襲うために来た魔王軍団の四天王の一人なのでは?
ちらりと過った考えの元、理由を聞けばなんとも困惑してしまう回答だったけど。
先日現れた魔王軍団の四天王は、正々堂々と目の前に現れた。彼らの様子からは、魔王自身もそういうタイプなのだと窺える。アリーネがもし魔王の手下ならば、私が問うた時に誤魔化さず答えていただろう。けれど、彼女の話す理由は全く違った。亜人に対してのことしか言わなかった。
だから、きっと魔王とは関係ないのだと思う。
敵が魔王以外にはいない、とは言い切れないけど、なぜかアリーネを警戒する気持ちにはなれなかった。
「……理由は分かった。でも、俺たちが反撃して殺される可能性もあっただろう」
「ワタシはそんなに弱くないわよ? それに、あなた達なら大丈夫だと思っていたし」
何を根拠に言っているのか分からないけど、アリーネは自信満々に笑っている。
思わず漏れたため息。それを聞きとどめたライネルに、労うようにポンと背中を叩かれた。
「勇者なら無闇矢鱈に殺生しないと思われたんだろう」
「ははは……」
……無闇矢鱈にモンスターを狩って修行しているんだけどな。
しかし、そんなことが理由でアリーネが私たちの前に現れたのなら、これ以上の長居は無用だ。
悪魔が大人しくしている間にさっさとこの場を離るべきだ。珍しく大人しいなあ、なんて思って悪魔の方を見てなんかいないぞ。ニヤニヤと笑っている顔なんか見ていない。見ていないんだから……!
『アリーネは俺たちの反応を見て、どう思ったんだ?』
ああ、もう……。
私が余計なことを考えたから? いや、きっと悪魔は私が何も考えていなくても余計なことをしただろう。
「ワタシの姿を見て負の感情を持たなかったのはあなたが初めてよ」
嬉しそうに笑うアリーネは綺麗だけどそうじゃない。そうじゃないんだよ。
『それは褒めてくれているって考えていいのかな?』
「ええ。あなたのこと、気に入ったわ」
『なら、お願いだ。町人から食料を奪うのは止めてくれないか?』
「いいわよ?」
……え?
「その代わり、ワタシを旅に同行させて?」
『いいぞ!』
えっ!?
「まあ、嬉しい!」
「勇者!?」
「何を言っているんだ!?」
そんなあり得ない、みたいな顔で見ないでほしい。私が一番思ってるんだから。
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