噂の強盗はエロいお姉さまでした
大浴場を出て、食料やポーションなどを購入しながら強盗について情報収集をしようと思ったけど、カイルからの情報以上のことは出てこなかった。
……町からどちらの方角で出没するかくらいは分かるかと思ったんだけどな。
残念ながら、どの方角でも強盗に襲われているようだった。
ただ、強盗が美女だと聞いてから予想していたけど、襲われているのは男性ばかりだった。元々女性が町の外に出る機会が少ないと言えばそれまでだけど、男性ばかりが襲われていて、皆が皆詳しく話そうとしなかった。
「ライネルも襲われたら、みんなみたいにほいほい食料をやるのかな」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は家族一筋だ」
どうだかな。
だって、強盗から逃げられた人の話を一つも聞かなかったのだ。
色仕掛けで食料を奪う強盗なら、ファーストコンタクトは普通に接触を図るだけだろう。そこで靡くなら食料を奪って、駄目なら見逃すという作戦が想像できる。
でも、誰からも美女に会ったという話は聞かなかった。会っただけなら何の問題もなく話題に上がるはずだ。でも、美女どころか見知らぬ人に会ったという話すら全く聞かなかったのだ。いくらなんでもそれはおかしい気がする。
……まあ、強盗には自分に靡きそうな男を見分ける才能があるのかもしれないけど。
「ま、相手は一人だ。三人で行動していたら寄ってこないだろ」
「そうだな。今まで聞いた話でも、全員一人の時に遭遇しているようだ。……俺は靡かんからな」
「分かってるって」
はいはいと軽く返事をすれば、ライネルは心外だとばかりに眉間に皺を寄せた。
町を出て少し歩くと、木の根を枕にして寝ころんでいるヨルドが遠目からでも見えた。
「ええ……」
「全く隠れられていないな」
これじゃあ何のために置いていったのか分からない。
ヨルドに近付き顔を覗き込めば、すうすうと気持ちよさそうに寝ていた。
……ワンコの昼寝姿が可愛い。
「……町から少し離れているし、知らない人間が近付いてきていたらさすがに起きただろ」
私たちが近付いても起きないのは、匂いに慣れたからだと思いたい。
「ヨルド、起きろー」
「ん……、うう……?」
頭をぐわんぐわんと撫でれば、ヨルドはぎゅっと眉を寄せてからパシパシと瞬いた。
……まさか、熟睡していたの?
「おお……? 勇者、いつ戻ってきたんダ?」
「今だよ」
大きな欠伸を一つしてからヨルドは起き上がった。
「んじゃ、出発カ?」
「ああ。食料も買えたし、先を行こう」
この町に来るまでの間は美少女白魔導士や四天王との邂逅で疲れ切ってしまって修行どころじゃなかったから、ここから先では確実にモンスターとエンカウントして戦闘経験を積まないと。
マリアにもこの強さで勇者なのかと言われてしまったしね。
ヨルドに町で購入したばかりの荷物を半分持ってもらい、歩を進める。
町に入る前の場所にヨルドを残していたから、このまま東へ向かうなら町に沿って迂回しなくてはならない。
強盗の出没範囲の半分を歩くのだから強盗に出くわす可能性も上がるだろうけど、ライネルと話した通り、三人組にわざわざ接触はしてこないと踏んでいる。
何より、ここには人狼であるヨルドがいる。強盗が町の人間ではないことは分かっているけど、強盗がこの周辺の人間ならば町の人と同じく、亜人を見かけたら近付くどころか忌避するはずだ。
だから、私は強盗に関してはそれほど心配していない。
……まあ、私の軽い冗談のせいでライネルは気を張っているようだけど。
ライネルの奥さんへの愛情を疑っていないなんて今更言っても仕方がないし、町から離れる少しの間だけだから放っておこう。
ヨルドも気が付いて首を傾げているけどね。
「おっさん、なんか変じゃないカ?」
「気にしないであげて」
そうやって、ライネルの警戒をよそにのんびりと歩いていた時だった。
生い茂る草から人が生えていた。
いや、これは誤りだ。
進行方向の草むらに女性が倒れていた。ただ、ここから見えるのが女性の上半身だけで、草から生えているようにしか見えなかったのだ。地面に広がる綺麗な金髪が、花のように見えて。
「誰か倒れてる!?」
「……ライネル、嫌な予感がする」
「ああ、俺もだ」
今にも駆け寄っていきそうなヨルドを引き留める。
……人間が嫌いなくせに優しいんだから。
限りなく強盗の女性だと当たりをつけて、ヨルドをライネルに任せて離れたままでいてもらう。
私は中身は女だから色仕掛けにはやられないだろうけど、男だと思われている状況だからね。何かあったときのためにすぐ対処できるよう離れてもらうという作戦が一番だろう。
倒れたままの女性に近付き、すぐそばで屈む。ここまで近付いたのに、女性はぴくりとも反応を示さない。
……本当に倒れている人だった?
「……大丈夫ですか?」
そっと女性の肩に触れる。
女性は小さく声をもらすと、ゆっくりと顔をあげた。
「……っ」
まさに、美女だった。造形だけの話ではない。女性は金の髪と同じく金色の瞳を私に向ける。その悩ましげな瞳は潤んでいて、吸い込まれそうだ。上気した頬と薄く空いた唇は官能的で、吸い付きたくなる。口元の黒子に視線が吸い寄せられた。
「ああっ、助けてくださいっ」
「はい……なんでもしますよ……」
「本当ですか?」
「はい……」
「――――これでも?」
そう言って女性はがばりと体を起こした。
「…………は?」
起き上がった女性の下半身は、人ではなかった。
「勇者!!」
ライネルに体を引っ張られ、そのまま体を地面にしたたか打ち付けた。
その痛みにはっと我に返る。
……女性の目を見てから、記憶が定かじゃない。
地面に転がったまま改めて女性を見上げれば、顔は変わらず美女にしか見えなかった。上半身もビキニのような服に隠された大きな胸と、惜しみなく晒されるくびれた腰が眩しい。
ただ、その下はまるで蛇のようだった。鮮やかな黄色の鱗に覆われた蛇の尾が、美女の下にくっついていた。魅惑のマーメイドではなく魅惑のスネークだ。
私を庇うように立っているライネルとヨルドは、一挙手一投足見逃さないとばかりに女性を睨みつけている。けれど、女性はそんな二人を物ともせずニヤリと笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
その顔自体は確かに美人だし魅力的だけど、先程感じた吸い込まれるような感じは全くしない。
「あー……なるほど」
魅了、されていたらしい。
なんともまあ、美人のモンスターの能力っぽい。町人たちがこぞって食料を奪われていたのはこの能力を使われたのだろう。
「町人たちの話に違和感があったんだけど、魅了が原因なら仕方ないよな……」
「なに納得してるんダ!?」
うんうん、と頷いていたらヨルドに怒られた。
まあ、ヨルドにはこの話をしていなかったし仕方がない。
……ライネルは私を射殺さんばかりの目で見てくるんだけど、なんでかな。
勇者のくせにまんまと魅了されてるんじゃないってことだろうか。
素知らぬ顔で立ち上がっといた。
「……あなた、ワタシが怖くないの?」
蛇の女性は笑みを浮かべたまま問いかけてきた。
なんでそんなに楽しそうな表情を浮かべているのか分からないけど……。
「怖くはない。驚いたけど」
最初にトルポ村でヨルドに襲われたときに比べたら全く怖くはないんだよね。私がモンスターに少し慣れてきたからか、彼女が美人だからかは何とも言えないけど。
「ふふ……そうよね。人狼を連れている人間がナーガを怖がるはずがないわよね」
そう言って蛇の女性は笑みを深めた。
「ナーガ?」
「蛇の亜人のことだ」
首を傾げれば、ライネルが教えてくれた。
「へえ。……ん? じゃあ、君は俺が怖がらないと分かっていたってこと?」
「ええ。魅了も跳ね除けられると分かっていたわ」
「なぜ?」
ナーガは指を口元にあてて、くすりと笑う。
魅了の技なんか使わずとも、その仕草だけで世の男どもを簡単に魅了できそうなぐらい色気たっぷりだ。
「加護がいるから。人狼を連れている時点で普通ではないと思っていたしね」
「加護……?」
たしか、トルポ村にいた人狼の上位者っぽいのもそんなことを言っていたような……。
答えを求めてじっとナーガを見つめるけど、加護についてこれ以上話すつもりはないのか、更に笑みを深めただけだった。
けれど、そんな風に言われてはいそうですかと諦めることは出来ない。全く別の亜人二人に言われたのだ。何か意味があるはず。
ナーガに問いただそうと口を開いた瞬間、ヨルドがびしりとナーガを指さした。
「勇者はすごいヤツだからナ! オマエなんか屁でもねーヨ!」
「へえ! 彼は勇者なの? じゃあ、人狼のあなたも勇者と一緒に魔王を?」
「そうダ!」
「ヨルド……」
どや顔を晒すヨルドにもうため息しか出ない。
……勇者って、言わないでほしいのに。
悪魔のせいでこの言葉を伝えることは出来ないから、ヨルドと行動を共にする場合はもう諦めるしかないのかな。
「ワタシはナーガのアリーネ。あなた達のこと、もっと教えてちょうだい?」
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