噂話を聞きました

 四天王の強襲の後、そのまま東に向かって歩いていくと、小さな町に着いた。そこはライネルも家族の薬を買うために何度か訪れたことのある町らしい。

 つまり今までの村とは違い、薬を売るような商人が行きかう、村よりも栄えた町なのだ。

 ちなみに、ライネルが薬を買いに行くときは馬に乗っていたため、もっと短期間で行き来できていたようだ。


 村よりは人の行き来があるため今までの村よりは少ないけど、やはりここでも亜人に対しての偏見はあるらしい。

 ヨルドには不要な嫌な思いをしてほしくはないからと、一人で町の外でお留守番をしてもらうことになった。寂しそうに見送られて心が揺れたけど、私もヨルドと残るなんて選択肢はない。


 だって、私はお風呂に入りたいから!


「……勇者は本当に風呂が好きだな」

「大好きだよ!」


 勢いよく頷いた私にライネルは苦笑をもらす。

 けれど、森の家に自分専用のお風呂を作ってしまうライネルには言われたくない。今だって私と一緒に大浴場に向かっているし。

 何より、ここに住んでいないライネルが大浴場まで道案内出来るってことは、それだけ何度も行って道を覚えているってことだよね。






 ライネルに連れられて着いた大浴場は建物からしてトルポ村よりも大きかった。さすが町だ。これは中も期待できる。

 建物の中に入ると、昼間だというのにほどほどに客が入っていた。


 ……ん? そういえば、他の男の裸体を見るのはこれが初めてじゃない!?


「そんなところで止まってどうした?」

「……あ、いや、なんでもないさ!」


 衝撃の事実に思い至って、入口のところで止まってしまっていた足を動かす。


 トルポ村で他の男の裸体を見る覚悟はしたつもりだったけど、あの時は他に客はいなくて、結局一人でお風呂に入ったのだ。その後のライネルの家でも一人だったし、旅の途中のお風呂代わりの水浴びもライネルは下半身までは脱がなかった。

 だからすっかり忘れてしまっていた。あの覚悟を。


 ……大丈夫。私は男。男だと思え。女としての裸体を誰かに見られるわけじゃない。この体は私のじゃないんだから。私が他の男の裸体を見るぐらいなら、なんともないはずだ。


 ラブコメの修学旅行でよくあるお風呂ハプニングに比べたらどうってことない。だって絵面は全員男なのだから。表面上は何もないのだから。

 ただ、私の心が荒むだけ。


 あの日の覚悟を思い出すんだ私……!


「……よし」


 覚悟は決まった。脱衣所に入る前に漏れた声に、ライネルに怪訝な目で見られたけどもう大丈夫。お風呂に入るためなら頑張るよ。

 大体、下さえ見なければいいんだから。


「って、フリじゃないからな!」

「何がだ!?」

「……なんでもない」


 ずっとニヤニヤと笑っている悪魔に思わず叫んでしまった。

 ライネルはもちろん、脱衣所にいた他の人達にからの視線が痛い。悪魔はこういう時に限って言葉を止めないんだから質が悪いね。げらげら笑ってんじゃない。


「悪い、久しぶりの風呂にテンションが上がってるんだ」

「上がりすぎだろう……」

「あはは……。ほら、早く入ろうぜ」


 誤魔化すようにパパっと服を脱いで、ライネルを置いて浴場へと足を向けた。




   ◆




「ああ~~、極楽……」


 浴場に入ってしまえば、周りなんか全く気にすることなくお風呂を満喫できた。トルポ村で一度体験しているから、浴場の使い方に戸惑って周りを見渡すなんてミスもせずにお湯に浸かるまでスムーズに行動することができたのだ。

 隣に浸かるライネルも幸せそうに頬を緩めている。


 ……やっぱり風呂好きなんだな。


「ふう……、やはり風呂はいいな……」

「ああ……。そうだ、ライネルの力で風呂を持ち運べないか?」

「無理に決まっているだろ。俺をなんだと思ってる」


 ……ちえ、駄目か。


 魔術具みたいなのを造れるのだから、試しに作ってもらおうかと思ったのだけど。


「俺が作れるのは玩具みたいなものだけだと言っただろ」

「爆弾は玩具じゃないだろ」

「魔法としては簡単なものだ」


 つまり、大道芸のように扇子から水を出したり、口から火を吹いたりするためのような簡単な魔法を使った道具なら作れると思えばいいのか。


 ……お風呂自体は作れるんだし、こう、小さくしたり大きくしたりできる魔術具を作れればいいのにな。


 けれど出来ないと言うなら諦めるより他ない。駄々をこねてどうにかなるものでもないし。

 ただ、残念だという気持ちが前面に出ていたらしく、ライネルに苦笑いをされてしまった。


「俺だっていつでも風呂に入れるならそれがいいさ」

「分かってるって」


 もう我儘言わないよ。

 ひらりと手を振って話を終わらせる。叶わない話を続けても虚しくなるだけだからね。


 あーあ、と天井を仰ぐ。

 すると、水面が大きく揺れたのを感じた。


「見ない顔だけど、あんたら旅の人たちか?」


 顔を戻せば、湯に入ってきた男がこちらを向いていた。

 私たちに話しかけたらしい。


「そうだが」

「なら、町の外に出るときは気をつけな」


 ……なんだか嫌な予感。


 ライネルは怪訝そうに男を見やり、続きを促した。


「最近、強盗が出るんだとよ」

「強盗……?」

「ああ。町人が外に出たときに何人も襲われているらしい。……ああ、あいつも襲われた奴だよ。おーい! カイル!」


 男が声を上げると、洗い場で体を流していた体格の良い男が振り返った。


 ……って、見える! バカ!


 慌てて視線を逸らしたけど、ライネルの方が洗い場に近い位置で湯に浸かっていたおかげで不自然な動きを見られずに済んだ。

 視界の端で呼ばれた男が近付いてくるのを感じる。怪しまれないよう顔だけは男に向けて、視線は違う方を向けて誤魔化そう。


「なんだよトンクス」

「お前強盗に襲われただろ? この人らは旅の人で町を出るらしいから詳しく教えてやれよ」

「ん……あ、ああ……」


 強盗に襲われたというカイルと呼ばれた男は浴槽に浸かりながら歯切れの悪い返事をした。しかし、何故か口角が上がっている。ニマニマとしている。

 襲われたにしては妙な反応だ。最初に声をかけてきたトンクスもライネルも同じく不審に思ったらしく、訝しげな顔をする。

 私たちの様子に気付いたカイルははっと表情を変えて、慌てて口を開いた。


「え、獲物を盗られたんだ! あの日は狩猟に出かけていて、獲物をほとんど盗られちまった。他に襲われた奴の話でも、盗られるのは大体食料らしい」

「ふむ。それなら町から出る俺たちも狙われる可能性はあるな」


 ライネルの言葉に頷く。

 現に私たちは食料を補充する目的でもこの町に来ている。町を出るときは十分に警戒した方がいいだろう。


 けれど、カイルの話にどこか違和感を覚える。嘘は言っていないと思う。けど、何かが変なのだ。

 どこが変なのだろう。じっとカイルを見つめる。その視線にカイルはバツが悪そうに視線を逸らした。


 ……何か疚しいことがあるから視線を逸らすんだよね。


「カイルもそれしか言わないな。他の奴らも似たようなことしか言わないんだぜ」

「わざと強盗の情報を秘匿しているってこと?」

「そ、そういうわけじゃない!」


 慌てて否定をするカイル。けれど、自分から口を開くつもりはないらしい。


「狩猟の帰りだったと言っていたけど、普段から狩りを?」

「ああ。獣を狩って肉屋に卸すのが仕事だからな」


 体格が良いとは思っていたけど、狩りが仕事だったのか。


「ふむ……。襲われたって言ってたけど、怪我はしたのか?」

「いや……」


 カイルは首を振った。

 強盗に襲われて、怪我をしていない……?


「……あんたみたいな体格の男から獲物を奪うなんて、強盗はよほどの強者なんだろうな」

「えっ!? あ、ああ! そうだな!!」

「どんな奴だったんだ?」

「え……と、そのー……」

「……ちなみに、相手は何人だったんだ?」

「あー、えっと、何人だったかな……?」


 カイルは焦ったように視線を彷徨わせている。

 けれど私の質問から強盗のことを思い出しているのか、ニマニマとした思い出し笑いが隠しきれていない。


 ……これ、強盗は女じゃない?


 しかも、美女。

 そうなれば、ニマニマと笑っていた理由も想像がつく。大方、イイ思いでもさせてもらったのだろう。


「ちなみにカイルさんは、既婚者?」

「なんでそんなこと……」


 質問の内容がガラッと変わったことにカイルは首を傾げた。けれど、質問の趣旨が分かったのだろう、顔色を悪くさせた。


「あっ、いや……その……、妻には、黙っていて、ください……」

「いや、アンタの奥さん知らないから」

「カイル、お前……」


 私たちのやり取りで気付いたのだろうトンクスは呆れたようにカイルに視線をやった。

 ライネルも苦笑をもらした。


「それで襲われた奴らは詳細を語らないんだな」

「言えないほどのナニをしてもらったんだろうな?」

「だって、だって……!」


 不可抗力だったと訴えるカイルに同情の余地はない。トンクスへの口止めは一人で頑張ってほしい。


「で? 強盗は女で、何人だった?」

「一人だ……」

「ふーん。んで、思わず浮気しちゃうほどの美女?」

「もうやめてください……」


 カイルは両手で顔を覆った。


 まあ、私は情報をもらえればそれでいい。

 相手が女性なら、私に色仕掛けは通じない。美女は好きだし金銭的に余裕があれば貢ぐのもやぶさかではないけど、強盗に食料をあげるのとは話が別だからね。


「貴重な情報、ありがとう」

「……どういたしまして」


 カイルはどんよりとした雰囲気を隠そうともせず項垂れているけど、私は悪くない。


 さて、思いがけず良い情報が手に入った。強盗が出ること自体は良くないけど、事前に知れて僥倖だ。

 この後はまた面倒なことになるのは予想がつくし、とりあえずもう少しゆっくりとお湯に浸かろう。


 カイルとトンクスのやり取りを視界の端に入れつつ、肩までお湯に浸かる。するとライネルが私に視線をやり、口を開いた。


「そろそろ出るか」

「……えっ!? まだ早いだろう!?」

「お前は長湯しすぎだ。ヨルドが待っているぞ。二人とも、情報、感謝する」

「あ、ああ……」


 ライネルはトンクスとカイルの戸惑ったような声色を気にすることもなく、立ち上がる。その際にぐいっと私の腕を引っ張り、強制的に浴槽から出された。


「ええええっ!」


 そのままずんずんと脱衣場に向かっていく。

 私の力では引き留めることはできなかった。


 ……ちくしょうっ! 次の町では一人で長湯するんだからな!


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