魔王軍団の四天王とはなんでしょう

 魔王軍団、四天王のアルマンに勝った。勝つことができた。

 勝ち方はあれだったけど、これも勇者なら許される攻撃なのです。ああ、本当主人公って嫌い。


 そんなことよりも、アルマンは四天王と名乗る割に弱くはなかっただろうか。なんだかあっさり勝てた気がする。私はまだそんなに強くはないはずなんだけど……。


 アルマンは、あまりの痛みに気絶しているようだった。炎に包まれたまま地面に倒れ伏して、ぴくりとも動かない。

 ……やっぱり、悪いことをしてしまったのだろうか。こんなにも体格の良い男が気絶するほどだ。少し申し訳なく感じる。


「……火は、消してあげなきゃ」


 痛めつけた股間は戻らない。せめてこれぐらいはしてあげよう。

 元々はライネルの魔法だし、ライネルなら消せるだろうか。

 そう声をかけようとした時だった。


 ばしゃあっ!


 空からゲリラ豪雨かと疑うほどの大量の水がアルマンにだけ落ちてきた。


「なに!?」


 その水はアルマンの炎を消すとあっという間に蒸発して、私たちに水しぶきひとつ残さず消えた。


 ……え? なに今の?


 ぽかんと口が開く。アルマンが意識を取り戻して炎を消したのか。

 けれど、アルマンは焦げた服を纏った状態で地面に伏したまま、ぴくりとも動いていない。つまり……。


「上だ!」


 ライネルの声にばっと空を仰ぐ。


 見上げた先、空高くを骨が飛んでいた。


 ……って、骨ぇぇ!?


「鳥の形をした、骨……?」


 ヨルドが混乱しているのは声色で十分分かった。大丈夫。私も混乱している。

 というか、この距離で鳥だと認識できるって、随分と大きいのでは……?


 どうしようかと骨の鳥を見上げていると、骨の鳥の上で何かが動いた。そして、その何かは骨の鳥から落ちて……いや、人の形をしている! まさか落ちたんじゃなくて飛び降りた!?


「はあ!?」


 次から次へとなんなの!?


 どうするべきか、なんて考えている暇はない。誰に言われるまでもなく全員が落下地点だと思われるアルマンから距離をとるため駆けていく。

 あんな高さから飛び降りた人間を受け止めるなんて出来ないし、やるつもりもない。自己責任です。というか、あれが本当に人間かどうかも分からないし。


 慌ててもつれる足を必死に動かして、余波を受けない程度の距離まで逃げられたとき、アルマンの横に水の塊が形成された。

 そして、骨の鳥から飛び降りていた人? はその水の上にぽよんと着地し、ぱっと水が消えたことで華麗に地面に足をつけた。


 それは、白衣を身に纏った美女だった。妖艶という言葉が似合いそうな、ミニスカートに白衣という魅惑の出で立ちの美女が、アルマンの横に立っていた。


 美女は私たちには目もくれず、倒れ伏しているアルマンを見下ろし、表情を歪めた。


「ふーん、アルマンはやられちゃったのね。でも、この子は四天王の中でも最弱……えっと?」

「人間ごときに負けるとは、です」

「ああ、そうだった気がするわ」

「つづけて言ってください」

「もういいじゃない。面倒よ。大体なんでこんなこと言わなきゃならないのかしら? どうでもいいでしょう?」

「まおうさまの命令です」


 美女と目玉は面倒だ、命令だ、と言い合っている。


 いやいや……。

 ちょっと待って。なんだかすごく聞き覚えのある言葉を言おうとしていなかった?


 まさか、この世界に私以外にも異世界人を連れてきている? しかも、オタクの。

 悪魔に視線をやるけど、知らないと首を振られた。

 悪魔はこんなくだらない嘘はつかないだろうし、たまたま、なのだろうか。


 ヨルドたちの困惑と私の困惑では意味が違うだろうけど、二人も同じく困惑した顔で美女と目玉のやり取りを見ている。


 美女は面倒くさいとばかりにため息をついた。


「はいはい、分かったわよ。次から言うわ」

「つぎでは遅いです」

「んもうっ! うるさいわね。いいからアルマンを回収してさっさと帰るわよ。嫌がるニコから無理矢理骨を借りたんだから」

「ほねではなく、鳥です」

「どっちでもいいわよ。生きていないものに興味ないわ」


 ふん、と目玉から顔を背けた美女は、漸く私たちに目を向ける。

 そして、途端に瞳をキラキラと輝かせた。


 ……え?


「あらぁ! 人狼がいるのね! 基本群れで行動する人狼が群れを外れるなんて、どうしてかしら? 勇者がそれほど魅力的? それともあなたが他の子たちと違うの? ちょっと頭の中を切り開いてもいいかしら?」

「よくねーヨ!?」


 美女のとんでもない発言にヨルドは尻尾を丸めて私の後ろに隠れた。


「いいじゃない、ちょっと痛いだけよ。元の生活には戻れないかもしれないけど、気持ちよくなれるわよ?」


 いやいや、怖いわ!


 じりじりと近付いてくる美女の目は爛々としている。

 これは頗る怖い。今までのモンスター相手とは恐怖の種類がまるで違う。


 ヨルドはぎゃあ! と悲鳴を上げて私の後ろで小さくなった。普段威勢のいいヨルドでもこれは怖いらしい。

 ライネルも新しい魔王の部下に怒りをぶつけたいはずなのに、どうすればいいのかと困惑していた。


「よけいなことは、駄目です」


 目玉は美女の周りを飛んで注意を引こうとしているけど、美女は気付いていないのかわざとなのか、嬉しそうに口角を上げてじりじりとこちらに近付いてくる。

 ヨルドは逃げずに私を盾にしているけど、私は尻尾巻いて逃げたいくらいだ。


 ……もう少し近付いて来たらライネルを盾にしようかな。悪魔がいる限り無理だけど。


 瞳に解剖の二文字が見えそうな美女を止めたのは、意識を取り戻したアルマンだった。


「やめろレイシル」

「……あら、起きたの」

「ああ、お前のおかげでな」


 美女――レイシルというらしい――は、仕方がないと言わんばかりにため息をついて、歩みを止めた。けれど、止めただけ。半身をアルマンに向けて、いつでもこちらに突撃できるような体勢に警戒は解けない。


 そんな私たちの雰囲気とは裏腹に、アルマンはにかっと笑って立ち上がった。


 ……私がやったんだけど、股間の痛みはもう大丈夫なのかな?

 平然と立っているけど、気絶するほどだったはずなんだけど。


 アルマンは大口を開けて笑いながらレイシルに近付いた。


「迎えに来てくれたんだな。助かった!」

「魔王様の命令で仕方なくよ。解剖の途中だったのに。まあ、可愛らしい人狼に出会えたのは僥倖だったわ。どうやって持って帰ろうかしら」

「魔王様に余計なことはするなって言われてるだろ」

「命令に背いて戦ったくせに何を言ってるの? しかも、負けて」

「オレだって戦いたくて戦ったわけじゃない!」


 レイシルとの会話から察するに、アルマンは本当に見るだけのつもりだったらしい。

 そうなると、本当に魔王の意図が分からない。何のために四天王をこんなところに寄こしたのか。勇者を見て、どうするつもりだったのか。


 私たちのことなんて忘れたのかと疑いたくなるくらい、アルマンとレイシルはぎゃんぎゃんと言い合っている。

 その二人の間に目玉は割り込んだ。


「ゆうしゃに、自己紹介を」


 淡々とした目玉の声にレイシルは綺麗な顔を歪ませ、深い深いため息をついた。


「……はあ。魔王軍団、四天王が一人、レイシル。興が削がれた。もう帰るわ」

「ああ。またな、勇者たち!」


 レイシルが指笛を鳴らすと、上空を飛んでいた骨の鳥が下りてきた。二人はそのまま骨に乗ると、こちらを一切見ることなく目玉二匹と共に空高く飛んで行った。

 骨の鳥が見えなくなると、アルマンがいた大きな黒い箱のような建物は音もなく消えてしまった。アルマンが私たちを待つためだけの建物だったということなのだろう。


 結局、彼らが何をしたかったのかまるで分からなかった。勇者を見て、どうしたかったのだろう。

 この体が以前に魔王に殺された勇者だと知っているのかさえ、分からなかった。


「……なんだったんだ」


 思わず零してしまった言葉に、ライネルはもう何も見えない上空を睨みつけたまま口を開いた。


「……魔王も、その部下も、ふざけた奴だということは分かった」


 それは同意するしかない。


 私の背中に張り付いていたヨルドは漸く離れると、ぼそりと呟いた。


「……オレ、あの女に二度と会いたくなイ」


 よほど怖かったらしい。まあ、面と向かって解剖したいとか言われたらそうなるよね。

 よしよしと頭を撫でておいた。


 それにしても、怪しい建物が村に害を為さないか確認したいとここに来たのに、まさかそれが勇者が通るからと待ち伏せする魔王軍だとは思ってもいなかった。

 勇者が通るというより、通らざるを得ないようあんなにも怪しい建物にしたのだとしたら、考えた人は随分と策士だと思う。理由はまるで理解できないけど。


「まあ、村に被害が出なくてよかったと思おう」

「……勇者の言う通りだな」


 ライネルは漸く表情を和らげた。





「……宝、なかったナ」


 ぽつりと呟いたヨルドを力いっぱい撫でまわした。

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