怪しい建物はやっぱり怪しかったです

 マリアと別れてからも暫く歩いていると、鬱蒼と茂っていた木々が視界に入らなくなった。とうとう森を抜けたのだ。ライネルはヨルドのことを考えて森の中を案内していたのだから、つまりは目的地が近いということだろう。


 木々は少なくなったが草花が地面に広がっている。その中でも何度も人が通ることで道となったような、土を踏み固めたような道を歩いていく。すると突然、本当に瞬きの間に、この場に不釣り合いなほど大きな黒い箱が現れた。


「……え? さっきまで何もなかったよな?」

「なかったナ」

「ああ、なかった」


 ……よかった。私の目がおかしくなったわけではなかった。


 全員一致で、突然目の前に現れたと話している。それも一瞬目を離した時に降って湧いたとかではなく、元々あったのに突然見えるようになった。そんな感じだ。


 ……なるほど、確かに怪しい建物だ。建物というか、本当に大きな黒い箱にしか見えないけど。


 想像以上に怪しい臭いがぷんぷんしている。

 関わりたくない。流されてここまで来たけど、やっぱり関わりたくない。このまま通り過ぎたらダメなんだろうか。ダメなんだろうなあ……って、悪魔がいつも以上に愉しそうな顔をしているんだけど。

 何? 本当にここに何があるの!?


「商人が言っていた通り怪しい建物だな。ふむ、建物なら入口があると思うんだが」

「……ヨルド、中から臭いは?」

「……? 中どころか、建物から臭いがしないゾ」


 ……それは余計に怪しいのでは?


 こんな外にある建物で、何の臭いもしないのはおかしいでしょう。いや、怪しい臭いはするけどね。


 ライネルも同じ気持ちなのだろう、眉間に皺が寄った


「危険かもしれんが、放置するわけにもいかないだろうな」


 ……うん、分かってる。ちゃんとやるよ。


 仕方ない。私がやりたくなくても悪魔が許してはくれないだろうし、ライネルたちは率先と行ってしまうだろうからね。やりますよ。ええ、やってやりますよ。


 ライネルに頷いて箱に近付こうとした時だった。

 バアアン! と大きな音がして、黒い箱の一部が吹き飛んでいった。


 ……ひいっ!?


「はああああっ!?」


 ヨルドの驚愕の叫び声に、私の小さな悲鳴はかき消された。

 というか、あの吹き飛んだのは箱の一部なのか、それとも扉だったのか?


 吹き飛んだ勢いで舞った土煙でよく見えないけど、ヨルドがぴくりと反応を示した。つまり、何かの臭いがしたということだ。

 何が来ても対処できるよう、じっと黒い箱だったものを見つめる。

 徐々に土煙が薄れ、人影が見えてきた。


 そこには、大柄な男が立っていた。体格が良いと思っていたライネルよりも遥かに大柄で筋肉質な男。それだけでもただの人間ではないと分かるのに、その男の頭には二本の小さな角が生えていた。

 そして、男の隣には黒い蝙蝠のような羽の生えた目玉が飛んでいた。


 明らかに普通ではない。関わりたくない。

 だって、悪魔がめちゃくちゃ喜んでいる。


 非常に不本意だけど、逃げたくても逃げられないのは残念なことにもう分かっている。

 さて、どうするべきか。ライネルもヨルドも相手の出方を窺っている。


 完全に土煙が晴れると、男は声高らかに発した。


「はーはっはっは! オレは魔王軍団、四天王が一人、アルマンだ!」


 ……はあ!? 魔王軍団!?


 魔王軍団とかなんだそれダサい! なんて言う発言出来る空気でもなく、一気に二人の警戒度が上がった。こちら側の空気がピリッと変わる。

 ライネルもヨルドも、いつでも動ける体勢に整えていた。


 男はアルマンと名乗った。奴は次は何をする? 何を言う?


 今までの私なら「魔王軍団の四天王」なんて肩書きに恐怖を抱いて吐いていただろう。だって、絶対強い。私のレベルでは勝てるはずがない。異世界で無様に死にたくはないから。

 けれど、今はそんなことよりも悪魔の上がりっぱなしの口角が視界に入ってきて、きりきりと胃が痛んでいた。先程の悪魔のいつも以上の愉しそうな笑顔は、これが分かっていたからなのだろう。

 ああ、もう、吐きそうだ。


 アルマンはよし、と頷いて、目玉に顔を向けた。


「……なあ、これ絶対言わなきゃダメなのか?」

「まおうさまの命令です」

「そうか。最近の魔王様って変だよなあ。オレは出世できていいけど」


 ……は?

 いやいやいや……、はあ?


 アルマンは目玉に向かって大口を開けて、笑いながら会話をしている。私たちの前にわざわざ現れたくせに、私たちのことなんかまるで気にしていない。


 ……なんだこれ。何を見ているんだ私は。


 ヨルドなんか私とアルマンたちを交互に見ていて、あからさまに混乱している。どうするんだって目で見てくるけど、私もどうしていいのか分からない。


 ただ、ライネルだけは違った。

 怒気を纏い、アルマンを視線で殺せるのではないかと思うほどの強さで睨め付けていた。


 ……それはそうだ。ライネルは魔王のせいで最愛の家族を失っているのだから。


 息を吐く。悪魔が見張っている限り、私のやることは変わらない。それに、ヨルドとライネルのためなら自発的に行動してもいいかな、なんて考えてしまっている時点で私のやることは決まっているんだ。


 魔王の手下がなんだ。四天王がなんだ。どうせ私は魔王を倒しに行かなきゃならないんだから、それぐらいここで倒せないでどうする。レベルの低い私一人じゃ勝てないけど、今はヨルドもライネルもいるのだから。


 未だに目玉と話しているアルマンはこちらを見てすらいない。油断しているのか、なんなのか。

 とりあえず本当に魔王軍団の四天王なのか確認はしないと。


「なあ、魔王軍団の、四天王と言ったか?」

「ん? ああ、そうだぞ」

「そんな奴がなんでこんなところにいるんだ?」

「オレもよくわからん! 魔王様に、ここを勇者が通るからどんな奴らか見てこいと言われたんだ」


 ……はい? え、なんで勇者がここを通るって知ってるの? というか、私って魔王に認知されているの!?


 この体は一度魔王に殺されている。もし私が同じ勇者だと気付いていてそんな命令を出していたのだとしたら……。

 いや、そもそも他にも勇者と呼ばれる存在はいるのだろうか。勇者は職業ではなかったから、やっぱりこの体だけ?

 勇者が一人か複数人かは作品によって異なるため、判断がつかない。


 大事な情報をまるで持っていないことに気付いたけど、今更誰かに聞くことなんて出来ない。悪魔は私の脳内の葛藤を聞いてげらげらと笑っているだけで教えるつもりはまるでない。


「……魔王に、見てこいって?」

「ああ、見てこいと言われた! お前が勇者だな?」


 アルマンは確信を持って聞いてくる。やっぱりこの体の勇者を知っているのか。でも、その割には生き返ったことに言及してこない。


 ああ、もう訳が分からない!


 心情的には面倒なことは避けたいし、勇者であることは全力で否定したいけど、ヨルド達の手前、そんなことは出来ないか……。


『ああ! 俺が勇者だ! 魔王の部下と聞いて野放しには出来ない! 覚悟しろ!』


 口だけでなく、体も勝手に動いてビシッとアルマンを指差した。

 悪魔は勇者だと認めるだけでは物足りなかったらしい。


「えっ? オレは戦うつもりはないぞ?」


 アルマンは困ったように眉を下げ、目玉と私たちを見比べている。


 ……見てこいって、本当にそのままの意味の命令なの?


 そんなわけないでしょうと思うのに、アルマンの表情からは困惑しか見えなくて、本当にただ見るだけだったんじゃないかと考えてしまう。

 そんなアルマンの態度に、ライネルはぎり、と奥歯を噛みしめた。


「……お前になくとも、俺たちには戦う理由がある!」


 ライネルは止める間もなくアルマンに向かって駆けだした。


「ライネル!」

「オレたちも行くゾ!」


 ちくしょう、戦わなくていいなら戦いたくはなかった! でも、そんなことは言っていられないのは分かっている。


 ライネルはアルマンにギリギリまで近付き、お手製の爆弾を投げつけた。それをアルマンは簡単に避け、爆弾は離れた地面で爆発した。だが、アルマンが避けた先にはヨルドが回りこんでいて、鋭い爪がアルマンを襲う。しかし、それも軽い声と共に避けられてしまった。


「おっと」

「避けるだけか!」


 ライネルは叫び、再度爆弾を投げた。

 またもやアルマンは余裕綽々と避ける。けれどそれは予想済みだ。ヨルドと視線を合わせ、両脇からアルマンへと飛びかかる。ヨルドは爪を振りおろし、私は木刀を下から振りぬく。同時の攻撃で、しかも上下からの攻撃にアルマンはぎょっと目を見開いた。


「う……、ぐう……っ」

「フレイム!」

「うおあっ!」


 アルマンが攻撃を受けて怯んだ隙に、木刀からの炎で追撃をする。アルマンはあっという間に炎に包まれた。


「うあちっ! あちちちちっ!」


 この炎の威力では、四天王ほどの男なら軽い火傷程度にしかならないだろう。けれど、熱いものは熱いし、火傷でも負ってしまえばHPとかなんか色々と減るはずだ。


 案の定、アルマンは走り回った風の勢いで炎を消そうとしている。けど、いくらちゃちな魔法とはいえ、魔法で出した炎がそんなことで消せるはずがない。


 ……というか、普通の炎だったとしてもそんなんで消える訳ないよね。水を持ってくるか、せめて地面を転げ回るかしなよ。


「さすが勇者!」

「このまま畳みかけるぞ!」


 ヨルドとライネルは走り回るアルマンに向かって行く。

 三対一で卑怯だなんて言っていられなかった。だって、私たちは勇者御一行だから。正義の名のもとには、卑怯なんて言葉は使われない。多対一でも、圧倒的な戦力差でも、たとえ生き返ったとしても、主人公側であればそれは正しいと認識され、世界に喜ばれるのだ。


 ……だから、私は主人公が嫌いなんだ。


「そう、だから、今の俺ならこれも許される……」


 木刀の切っ先を下げる。

 炎を消そうと必死で私に気付いていないアルマンに向かって駆ける。




 ――そして、股間目掛けて木刀を振り上げた。




「~~~~~っ!?」


 声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちるアルマン。

 怒りに任せて攻撃をしていたライネルも、ひゅっと息をのんだ。


 ……私はまだ男になって日は浅く、その痛みと恐怖を経験していないから出来ることだよ。


「俺たちの勝利……ってね」


 ああ、吐きそうだ。

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