本当に勇者に成り代わったらしいです
そういえば家に入ってすぐ悪魔に話しかけられたから、ちゃんと家の中を見ていなかったと気が付いた。
ぐるりと家の中を見渡す。
この家は、一昔前のゲームのようなワンルームだった。
部屋の中に竈がある。つまり、あの辺りはキッチンだろう。その対角線上にはベッドが置いてあった。そして玄関以外の扉が見当たらない。もしやトイレは外だろうか。
勇者だとか崇められているのに、ごくごく一般的な村人の家に見える。キッチンに置かれた食器を見るに、家族もいないようだ。
このまま、この家でのんびり暮らす一般人でいたいな……。
「一般人でいさせるわけねーだろ」
「ナチュラルに心を読むんじゃない!」
私の出したい言葉を変換させるくらいだから心を読んでいるとは思っていたけど。
それでも乙女のプライベートな思考を読まれて喜ぶ人間なんているはずがないのだ。
……ってなんだ悪魔その顔は。乙女とかいう歳じゃないって言いたいのか。
失礼だな、女はいくつになっても乙女なんだよ。今は男の体だけど!
「一人で盛り上がってるとこ悪いが、話を続けんぞ」
「盛り上がったつもりはないんだけど……」
やれやれ、と首を振る悪魔にムッとしてしまう。
けれど、話を続けることには大いに賛成だ。今のところ私がこうなってしまったのはこの悪魔のせいだということしか分かっていないのだ。理由は悪魔がさっき言い放った通り、愉しいからなんだろうけど。
私が話を聞こうと居住まいを正せば、悪魔はよしよしと頷いて口を開いた。
「もう分かってるだろうけど、その体の持ち主は勇者だった。魔王に挑んで、死んだ」
確かにその情報は村人たちの言葉で分かっていた。問題はその後だ。
「俺様はたまたまソイツを見つけてよー。異世界から別の人間の魂を入れたら愉しいだろうと思って、やった」
「さすが悪魔……」
理由らしい理由がなかった……。
二次元でよく見る悪魔様そのものの唯我独尊の思考回路だ。
「人間は適当に選んだらお前だった」
「……あっそ」
厳選されてってのも嫌だけど、適当ってのもなあ……。
悪魔に言ったところでこの微妙な気持ちは理解されないんだろうけど。
それにしても、勇者というのは魔王を倒すための存在のはずだ。ゲームに限らず、村人たちの反応からも間違ってはいないだろう。
それなのに、そんなに簡単に死んでいいのだろうか。
ゲームなら復活という名の蘇生が何度もできるだろうけど、ここはゲームの世界のように見えても現実だ。村人たちも生き返った私を見て奇跡だなんだと騒いでいた。
蘇生が一般的でないなら、勇者は魔王を確実に倒せるだけの能力を得て魔王に挑むはず、なんだけど……。
「そんなお前に、特別にステータスを見せてやるよ」
「ステータス?」
「ゲームにはHPとかMPとかがあるだろ? この世界の奴らのそういうステータスを俺様が特別に数値化して見せてやる。手始めにお前のだ」
特別に数値化って。悪魔はなんでもありだな。
悪魔が私に手をかざすと、ぶん、と音がして何かが目の前に浮かんだ。空中に後ろが透けている画面のようなものが浮いている。レトロゲームのような室内とミスマッチの近未来感。画面を見れば、それはゲームでよく見るようなステータス画面だった。
なになに……。
職業、勇者。レベル30、HP200、MP100、攻撃20、防御15、素早さ15、運200……。
「こんなん死にに行くようなもんじゃん!」
「な? すげーだろ」
悪魔はけらけらと笑ってるけど笑い事じゃない! 私でもこれじゃあ勝てないって分かる!
「馬鹿なの? 勇者馬鹿なの!? 何このステータス! これで魔王に挑むとか自殺願望があったとしか思えない! アイテムも木刀のみって何!? 当たり前のようになんの付加もないし!」
運だけやけに高いのも意味が分からないし、むかつく!
「そのステータスでマジで魔王に勝つつもりだったんだぜ、勇者。しかもソロパーティ」
「馬鹿だ……」
頭を抱えるしかない。勇者本人も馬鹿だけど、村人たちもなんでこれで送り出したの……。みんな魔王を甘く見過ぎている。
魔族の王さまだよ? 運だけではどうにもならないとなぜ分からない。
このステータスは悪魔が特別に数値化してくれただけで、勇者が自分の能力を客観的に知る機会はなかっただろう。それでも、こんな数値は魔王を倒すためにちゃんと修行をしていたならば、あり得ないと思う。
ポケットなモンスター以外はあまりゲームをやらない私でも分かる。下手したら魔王に辿り着く前に死ぬステータスだと。
「まあ、お前が入ったことでその体は今も生きてるし、魔王を倒せれば勇者という栄誉はその体のものだ。その体の持ち主がただ勇者と褒め称えられたいだけなら、レベルにしてはやけに高い運で俺様とお前を引き寄せたってことじゃねーのか?」
「…………馬鹿すぎない?」
もうこの体に対して馬鹿という言葉しか出てこない。生きる方に運を使いなさいよ……。
こんなステータスを見せられて、余計に引きこもりたい欲が上がったのに悪魔は私を逃がす気はないらしい。
「さあ、俺様を存分に愉しませてくれよ」
ニタアと嗤った顔は、二次元でよく見る悪魔そのものだった。
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