レベル上げをします
体は勇者なのだから魔王討伐に行くのは当たり前だと悪魔は言った。
どう足掻いても行かなくてはいけないらしい。行きたくないけど。やりたくないけど。
でも、悪魔は言葉を主人公言葉に変換させるだけではなく、この体も好きに出来るらしくて……。つまり、魔王討伐は義務なんです。
まあ、魔王討伐にさえ向かえば私が途中で何をしていたって愉快だと思えるらしく、好きにしていいと言われたけど。
「なので、レベル上げと資金集めが最優先事項です」
「おう、頑張れ」
ニヤニヤするな鬱陶しい。
魔王討伐が最終目標で、それをクリアしないと悪魔から開放されないなら、この村に長居する理由はない。旅支度をして、さっさと村を出ることにした。
少しでも勇者らしくない言葉を話そうとすると、悪魔に主人公言葉に変換されてしまうっていうのも出発を急いだ理由でもあるけど。
村では話す言葉話す言葉ひたすら主人公言葉に変換されて、喉をせり上がる胃液を何度飲み込んだか計り知れない。
それに、長く一緒にいて元の勇者を知っている人達に違和感を与えたくなかったっていうのも早々に村を出た理由でもある。この勇者に家族がいなくてよかった。
出立の時にはなぜか村をあげて盛大に見送られた。気を付けてと気遣う言葉と共に、今度こそ魔王を倒してくれと口々に叫ぶ村人たち。
見送られる気恥ずかしさよりも苛立ちの感情の方が強かった。
主人公のいた村って感じがした。それに応える主人公言葉の自分。ひどい嫌悪感で吐くかと思った。悪魔のせいとはいえ、自分のことも嫌いになりそうだ。
悪魔といえば、コイツは他の人には見えないらしい。見えないというより、わざわざ見えなくさせているらしく、外で話すときは気を付けろと言われた。
どちらにせよ私の言葉はほとんど悪魔によって変換されているのだから気を付けるも何もないと思うけど。
村を出て適当な方向に歩みを進める。魔王のいる方向なんて知らないし、今は知らなくていい。ひとまずの目的はレベル上げだからだ。このまま魔王の所に行って、この体の二の舞は御免蒙る。
「レベル上げと言えば、森とか草原のイメージだよね」
その辺を歩いていたらエンカウントするやつ。
モンスターを見つけるため、さくさくと草を踏み荒らしていく。飛び回る小さな虫に顔を歪めたところで、ふと気付いた。
「……あれ。そういえば、勇者がいた村だから勝手に序盤の村だと思ってたけど、どうなんだろう……。勝手に私がレベル上げ出来る程度のモンスターが出現すると思いこんでたわ……」
迂闊だった。もし、私のレベルに合わなければ移動してからレベル上げをしなくてはならない。
……下手したら移動中に強モンスターと遭遇して死んでしまうのでは。
思わず悪魔へと視線を向ける。期待を込めた視線に、悪魔はなんでもないように普通に教えてくれた。
「この世界に序盤とかの概念はないが、この村近辺のモンスターはそれほど強くないぞ」
つまりレベル上げは問題なく行える、と。
それなのになぜこの体はこんなレベルで魔王に……。いや、そんなことは私が考えたところで答えなんて分からないのだから、レベル上げのことだけを考えよう。
いつモンスターが出現してもいいように、勇者が元々持っていた木刀を手にする。
「よし。レベル30でも、木刀でも勝てる弱いモンスター出てこい」
ゲームでは弱いモンスターと戦っても経験値は少ししかもらえない。でも、私にしてみれば経験値でステータスを上げるよりも実践経験を積み重ねる方が大事なのだ。
木刀なんか修学旅行の土産屋でかっこいいなって触れた程度だし、剣道もやったことはない。その他武道やスポーツも未経験。もちろん他人と殴り合いのケンカもしたことはない。
そんな私はモンスターと向き合うことすら臆している。だって、怖いものは怖い。人間の常識が通用しないモンスターなんか怖いに決まっている。
怪我もしたくない。痛いのも嫌い。本当は引きこもっていたい。いっぱい寝たい。怠惰でいたい。
……でも、隣で笑っている悪魔はもっと怖くて。
ただ、二次元で想像されるような悪魔らしいこの悪魔は、自分が愉しめればなんでもいいらしい。私がこの体で魔王を倒しに行くという最終目的さえ見失わなければ、過程で何をしても愉しめると本気で思っているのが分かる。
だからこの悪魔と普通に接していられるし、最終目的に向かっていないと思われて悪魔に何かされたくないからモンスターとも向き合う決意をした。
本当に……本っ当に、嫌だけど。やりたくないけど。やるしかないのだ。
「お、スライム発見!」
しばらく歩いていると、王道モンスターに遭遇した。
いいね、いいね。元の世界ではあり得ない、こういう非現実的なのはちょっと興奮するよね。
怖そうじゃないっていうのがミソだけど。
ぷるんと、つるんとした小さなスライムに向かって木刀を構える。
……構えたはいいけど、この後はどうしようか。
スライムはじっとしていて全く動かない。私はスライムと向き合っているけど、スライムがこちらを見ているのかどうかもよく分からない。
スライムのモンスターとしてのレベルは知らないけど、この小さいのに私は攻撃を仕掛けなくちゃいけないのだろうか。弱い物いじめ感がすごくない……?
「スライムが仲間になりたそうにこちらを見ている」
「えっ」
「嘘だ。早く倒せ」
……この悪魔がっ!
余計にやりにくくなったのに、悪魔は早くしろとせっついてくる。
……ここで立ち止まっていても仕方がない。これは自分のため。これはこの世界のみんながやっていること……。
深く息をして、スライムへ木刀を振りおろした。
ぐちゅり――……。
スライムが潰れる、嫌な感触が木刀越しでも分かった。
その瞬間、
ぞわりと、鳥肌が立った。
あ、れ……。
いま、私は、命をひとつ、消した……?
ひゅっ、と喉が鳴った。
ちがう。仕方ないこと。
ごめんなさい。
わたしのせいじゃない。
ごめんなさい。
みんなやってる。私は悪くない。
ごめんなさい。
だって、やらなければ。
ワタシが、アクマにヤラレテ……。
「初モンスター退治、オメデトウ」
悪魔の、笑いを含んだ声にハッとした。
一瞬意識が飛んでいた。
のろのろと悪魔に視線を向ける。むかつくぐらいニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
文句を言ってやりたいのに口から洩れるのは息だけ。
震える手元に視線を戻せば、スライムがいたはずの場所には、コインが数枚落ちているだけだった。
「一度やってしまえば大丈夫だろ。人間が食うために豚や鶏を殺すのと同じだ。お前が生きるためにモンスターを殺すんだ」
悪魔の言っていることは、分かる。理解はできる。でも、それとこれとは別なんだ。
「……う、お、うぇ……っ」
ああ、私……この世界に来て何回吐けばいいんだろう……。
悪魔の笑い声をBGMに、ゲロまみれのコインを見つめることしかできなかった。
◆
あれから数日。悪魔の言った通り、あっという間にモンスター退治に慣れてしまった。慣れるしかなかったというべきか。
「微々たるもんだがレベルも上がってるぞ。確認するか?」
「いや、まだいい」
微々たるもん、なんて言われてるものを見てもモチベーションは下がるだけだ。こんなに苦労してるのに、なんて思ってしまいそう……。
モンスターを退治すればするほど、この体の動かし方にも大分慣れてきたと感じる。最初の頃は手足の長さや身長が目測と合わず、何度もいろんな物にぶつかっていたのだ。
父親も男兄弟もいなかった私にとって、男の体は浅い関係で終わった昔の彼氏たちのしか知らないけど、今では立ちションにすらも慣れてしまった。
男になって実感した。男の体って便利だね。川で体を洗っても隠すのは下半身だけでいいし。なにより今後、生理が来ないのが嬉しかった。
野宿にも少し慣れてきた。女の身だったらあったはずの心配もなく、モンスターからの奇襲のみを警戒していれば問題なかった。
と、いうより、村を出てからモンスター以外には誰とも遭遇しなかったのだ。盗賊のようなものに襲われる覚悟はしていたのに、商人とすらすれ違っていない。
それだけ勇者がいた村が田舎なのかもしれないし、私としては喜ばしいことだけど、なんだか拍子抜けした。
モンスター退治という実践練習と並行して、筋トレと体力作りもしっかりと行なっていた。この勇者、体力も筋力も他のステータス同様低すぎたのだ。
少しモンスターと戦えば息が切れるし、木刀振りまわすのにもあちこちが筋肉痛になる。このままではお金が溜まって他の強い武器が買えたとしても、扱えない。
本来なら体作りをしてから実践へと踏み出すのだろうが、それではいつ強いモンスターに襲われるか分からないため、並行して行うことにしたのだ。まだ数日だけど、徐々に息切れせずに連続してモンスターを倒せるようになってきていて、ちょっと嬉しかったりする。
さて、私が倒せるのはまだスライムなどの弱いモンスターだけだ。レベル的にも、技術的にも……気持ち的にも。それでも着実にコインや素材などは溜まってきていた。
「村で準備してきた食料も残り少ないし、そろそろ次の村を目指した方がいいかな」
物の相場が分からないのでこのコインが何日分の食料に換えられるかは分からないけど、村に行かないと知ることもできない。
勇者の家から拝借した地図を広げてみる。勇者が住んでいた村がどこかは、まだ村にいた時に悪魔に教えてもらっていた。
勇者の住んでいた村――プロートン村というらしい――は、ここ。太陽の位置から方角を確認して、私は東に向かって進んでいたみたいだから……今はこの辺りの草原。そうすると、ここから一番近い村は……。
「トルポ村……」
地図を見る限り、村の規模はプロートン村と同程度のようだ。そうなると満足いくほどの食料調達は期待出来ないだろうけど、またすぐ近くに別の村もある。
ひとまずトルポ村に向かうとしよう。
「そろそろちゃんとお風呂にも入りたいしなあ……」
野宿には多少慣れたといっても、野宿を良しとしているわけではない。物理的に難しいからと妥協しているだけで、現代日本人として衣食住に困ったことがない身としては、今の状況は非常につらいのだ。
勇者の家と同じくプロートン村の人たちの家の中にも風呂場はないようで、村に大浴場のようなものはあった。だけど他の男の体を見る勇気がなくて入らなかったのだ。
そろそろ諦めがついた、というよりお風呂に入りたい欲の方が強すぎて、他の男の裸体とか気にしていられない。
口から出た大きなため息に、悪魔は不思議そうな顔で首を傾げた。
「人間は不便なんだなー」
「悪魔にお風呂の気持ちよさを教えてあげようか?」
「へえ! 愉しみにしてる」
ニヤリと笑った悪魔に、余計なことを言うんじゃなかったかなと少し後悔した。
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