せめて夢だと言ってください
これは夢なのだろうか。それとも、現実?
夢か現かはひとまず置いておき、これが現実で行われたドッキリではないことは把握した。いや、ドッキリじゃないのは考えたくなかったけど分かっていたんだ。私なんかにこんな盛大なドッキリを仕掛ける理由がないのだから。
でも、まさかここまでとは思わないよ。性転換とか、どこの二次創作……。
おさげのかわい子ちゃんが小さかったんじゃない。私が大きくなっていたんだね……。
なんやかんやと何も理解できないまま、勇者(私のことらしい)の住んでいた家まで連れてこられた。
仕方ないじゃない。あのおさげのかわい子ちゃんに満面の笑みで手を引かれたら付いて行くしかないって。しかも、二度も吐いた私を心配してって理由だし。
「勇者様が魔王に殺されたと聞いて、もう私たちは苦しまずに逝けるよう願うのみだと思っていました。でも、勇者様は生き返ってくださいました。紛うことなき神様に選ばれたお方だったのですね」
涙を浮かべて微笑むかわい子ちゃん。
とても可愛い。漫画のキャラクター並みに可愛い。
でも、私は勇者ではない。いくら勇者と呼ばれようが勇者らしいことは何も出来ないし、したくないし、何よりきっとまた先程のように吐く。そんな未来しか見えない。
魔王討伐とか無理。あり得ない。
『俺が戻ってきたからには安心してくれ。もう、お前たちに不安な思いはさせない!』
だぁかぁらぁ! なんで言いたいことと違う言葉がすらすらと出てくるのかなあ、この口! さすがにもう吐きたくないんだけど!
「ああ! 勇者様、ありがとうございます!」
『それが俺の使命だからな!』
……よくもまあ思ってもないことがぺらぺらと出てくるよね。
上がってきた胃液をごくんと飲み込んで、歪な笑みを浮かべておく。
とはいえ、なぜ言葉だけが言うことを聞かないのだろう。口を動かすだけならば、問題なく私の意思で動くというのに。
最近流行りの成り代わりとか憑依なら、言葉だけが言うことを聞かないのは不自然だと思う。
頬をつねったらちゃんと痛かったから、一番そうあってほしかった夢でもなさそうだ。
鏡で自分の顔を見ていないため一概には言い切れないが、異世界転生して更に私が男体化したという可能性も少ないと思う。男体化したというだけで言葉の自由が無くなることはないはずだから。
なんにせよこれが夢だろうが現実だろうが、言われたとおりに私が魔王討伐に行く理由はどこにもない。かわい子ちゃんには悪いけど。
それにしても、かわい子ちゃんはなんで私が魔王討伐に行くと当たり前のように思っているのだろうか。勇者は一回死んでいるらしいのに。可愛い顔をして随分と酷いことを言う。
まあ、この口が勝手に話す言葉からして、勇者だというこの体の持ち主もきっとそれが当たり前だと思っていたんだろうけど。
……勇者なんて、馬鹿がすることだ。
死ぬかもしれないのに馬鹿みたいに命を這る。どうせ「俺なら大丈夫」とか根拠のない自信を持っていたのだろう。そして、実際にこの体の勇者は死んだ。
つまり全く大丈夫ではなかったということだ。
それなのにわざわざ自分から魔王討伐に向かうなんてホントに馬鹿みたい。魔物に襲われたらそれまで。そういう運命だったと諦めて、来たる死期まで慎ましく村で楽しく暮らしていけばいいのに。
実際、他の村人はそうしているはずだ。なのに、なぜ一人だけ勇者だなんて祭り上げられて危険に身を投じなくてはいけないのか。理不尽だ。それなのに、それを当たり前に、義務として、疑問も持たず行動していくだなんて。
ホントに、だから、主人公は嫌いなんだ……。
「あの、勇者様はいつ頃魔王討伐に向かわれるのですか?」
かけられた声に、はっとしてかわい子ちゃんに視線を移す。まだ隣にいたのを忘れていた。
そんな可愛い顔でおねだりされても、行きたくないものは行きたくないんだよ。
『俺もまだ生き返ったばかりだ。しばらくは体の調子を整えるよ。でも、準備が整い次第魔王の元に向かうから安心してくれ!』
「はい……! 旅立つのに何か入用でしたらすぐに仰ってくださいね!」
『ありがとう!』
…………。
もうここまできたらいっそ清々しい。むしろ私に勇者様(笑)が乗り移ってんじゃないの? って言いたいぐらいの言葉の数々。
かわい子ちゃんの前でもう粗相は出来ないって強い意志でなんとか吐かずにいられたけど。ああ、辛すぎる。
かわい子ちゃんは私の気持ちなんて露ほど知らず、喜色満面の笑みで勇者の家から帰って行った。
目が覚めてから大した時間は経っていないはずなのに、ひどく疲れてしまった。本当ならこのまま引きこもってしまいたい。ベッドにダイブしてぬくぬくのお布団に包まれて寝てしまいたい。
だけど、私がなぜこうなったのかを知る必要はある。最近よく見る異世界転生系は結局理由なんてない物が多いから答えなんてあるかは分からないが、この家にヒントでも隠れていないだろうか。
勇者の家の扉を開け、中に足を踏み入れる。さあ家探しだと家の扉を閉めた時だった。
「わざわざ探さなくても教えてやるよ」
「うわおおおおっ!?」
な、なんか出た……!?
突然背後から聞こえた声に驚き慌てて振りかえれば、そこにはゲームでよく見る手のひらサイズの妖精みたいな何かがふよふよと浮いていた。
妖精……にしては、全身が真っ黒だ。
「そりゃ俺様は妖精じゃないからな! 聞いて驚け! 悪魔様だ!」
ドヤァ、と擬態語が後ろに見えそうなほどの見事なドヤ顔を決めた自称悪魔様。
なるほど、なるほど。
「つまり、全部、てめえの仕業かああああ!」
「はっはー! 愉しいだろ?」
「アンタだけでしょ! って、言いたいことが言えてる……?」
自称悪魔様の首でも絞めてやろうかとして、はたと気が付いた。思ったことが、言いたいことがそのまま口からこぼれている。
「ああ、それは俺様の能力でお前の言葉を主人公言葉に変換していたからな」
「…………は?」
主人公、言葉……?
「つまりあれか? 私の嫌いなポジティブで努力すれば何とかなると思ってる主人公の根拠の少ない言葉がお前のせいでこの私の口から垂れ流されていくという事か……?」
「散々な言いようだけどそういうことだ」
「今すぐ私を殺してくれ」
「それは無理だな! 俺様が愉しむためにお前を異世界から喚んだんだ。簡単に逃がしはしねーよ」
なんだそれ……!
良い顔で笑う自称悪魔に絶望しかない。いや、違う。こんな無慈悲なことができるなんて、こいつは正真正銘の悪魔なんだ……っ!
「いやだああああ! せっかく異世界に飛ばされたんならこのまま引きこもりニートになりたいよおおお!」
「うるせえな。……俺様が言うのもなんだけどよ、悪魔とか異世界とか、受け入れるの早くないか?」
「オタク舐めんな……いつかこうやってトリップしてイケメンや美少女を舐め回すように見つめるストーカーモブになりたいってずっと思ってたんだよ……」
「お前想像以上にやべーな」
「面白さのために人一人トリップさせた悪魔に言われたくない」
にやにやと楽しそうに笑う悪魔を見れば、どう足掻いたところで私の現状が覆ることはないと認識せざるを得ない。
そんな私の諦めの雰囲気を感じ取ったのか、悪魔はよしよしと頷いた。
「まあまあ、とりあえず座ろうぜ? 話はそれからだ」
「家主みたいに言うな」
ここは勇者の家であって私も家主ではないけど。
しかし、このまま立って話し続けるつもりは毛頭ない。近くにあった、ゲームでよく見る木でできた簡素な椅子に座る。悪魔は同じく木でできたテーブルの上にちょこんと座った。
……ちょっと可愛いなとか思ってないんだからね!
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